275話
そこに、パーテーションからひょっこりと顔を覗かせる人物。
「本当にダラダラとした人なんですね。これがパリでも随一の調律師というのは恥ずかしいです」
少女。客、というには辛辣な意見。目を細め、威嚇するような。
「……あんた誰?」
店内に人がいることはわかっていたサロメ。だが、開口一番に事実を突きつけられて、なんというかこう、むかつく。
ゆっくりと全身を見せる。モンフェルナ学園初等部の制服。無理に作り笑いをした少女は手を差し伸べる。握手。
「ハイディ・ゼナティ。あなたにピアノ購入の手伝いをしてほしくて来ました。よろしく」
悪意の漏れた言の葉。信用? していない。信頼? できるわけがない。そんな手のひら。
それをサロメは感じ取っている。つまらなそうに眉根が寄る。ぶっきらぼうに。
「社長さーん」
「なんだ?」
嫌な予感がするルノー。いや、落ち着け。冷静に冷静に。
まだ微笑みながら伸ばされている小さな手。それをじっと見つめながらサロメは少女を分析。
「いい子、って言ってたわよね」
分析完了。どう考えても物腰は柔らかでも強気で傲慢で勝気な。自分のことはさておき。一瞬想像した『いい子』像からは外れている。もっとこう、懐いてくる犬のような。なんかそういうのが感じられない。
実はルノーにとっても、ハイディがこう好戦的な性格であることに驚きを隠せない。深く息を吸う。
「……敵を欺くにはまず味方から、という孫子の兵法があってな」
苦しい言い訳。というか。別にまだいい子じゃないと決まったわけでもない。ちょっとこいつと反りが合わないだけで。
ソンシだかケンシだか知らないが、そんなことはサロメにはどうでもいい。
「欺いてどうすんのよ。ハイディ、って言ったっけ。あたしはね、高いのよ。子供のお小遣いでなんとかなると思ったら大間違いよ。適当にお菓子あげるから。さっさと帰んなさい」
値下げはするな、というのはこの店のスタンス。値段に合った仕事をする。自分の力量に自信はあるからこそ。




