274話
それについてルノーは聞いたことはないが、なんとなく予想はできる。流れからしても。一瞬脳内で反芻してみたが、たぶんこんな感じだろうというもの。
「まぁ……インテリアとしてピアノを買う人、自分を指名してくる人、とっくに調律が狂ってるのに『まだ狂ってない』とか言う人」
この少女はピアノは愛しているが、ピアニストは愛していない。というかどうでもいいとさえ思っている。たまたま必要とされるだけの能力、それを神が与える人物を間違えたという話。
それどころか。目的さえ達成してしまえば、その力さえなくなっていいとまで考えていることも知っている。あっさりと手放す覚悟。だからこその強さ?
不満げにサロメは肯定する。
「それもだけど。水圧の弱いシャワー、オチの読める映画、子供」
「自分もまだ子供」
アルコール度数の高い酒が飲めるようになってからが大人、とルノーは考えている。そういった意味では、まだこの子はそこに達していない。
「あーもう、うっさ。生意気そうな子供は特に。あたしの勘が言ってんのよ。今回はやめとけって」
自分も充分に生意気なのはさておき、なんだかんだと理由をつけてサロメは断ろうとする。たしかに様々なピアノを見学することは、自身の目的に僅かでも近づくことにはなる。だが、それはそれ。これはこれ。無理してやるものではない。ノンと言える国民性。
わかってはいたが、頑固なヤツ。そもそもが一応は雇い主のルノー。なんとかしてやる気を出させるのも仕事のうち。
「将来ピアニストになろう、とかって子ではない。ゆくゆくはピアノスタジオを継ぎたいっていう子だ。ピアノの未来を考える、いい子だと思うがね」
自身が上手くなりたい、というよりも、手助けがしたいと将来を見据えている人物。ピアノの未来、という点では調律師と近いものがある。
そういうのには。積極的ではないが、サロメとしても協力したい、とは思う。だが、それでもやる気が湧いてこないものは湧いてこない。
「立派な心がけですこと。あたし以外に手伝ってもらったらいいわ。応援してるって伝えておいて」
手を振って見送る。別に自分である必要性がない。もちろん、自分が担当すればより良い買い物になるだろうけども。そこは譲らないけども。




