273話
アーロンソン兄弟というアメリカ出身の双子のピアニスト。現在フランスやベルギーなどヨーロッパツアー中。彼らの使用するピアノはアトリエにあるものを使用することになっている。こういった貸出も仕事のうち。重要な収入源。
そのツアーの調律にランベールは同行しているため、色々と忙しい。サロメにも声はかかっていたが、拒否したことと、双子の勧めもあり、専属の調律師として派遣している。
調律の難しいピアノ。パリとは異なる環境。まだ見習いという位置にいるため、ルノーとしては心配が勝つが、楽しみもある。
「どれだけ成長して帰ってくるかね。私かアレクシス氏か。誰かつけたいところだったが」
いずれはこのアトリエを背負っていくであろう、と期待している。独立するかもしれないけど。まぁそれはそれで。とりあえず無事に終えられたら。
「で? 依頼者はどんな人? できれば静かで文句を言わない人がいいんだけど」
一応聞いてみるサロメ。聞くだけ。承諾する気はさらさらないが、少しは考慮に入れてみますよ、というフリ。すると。
「子供だ」
「はぁ?」
思いもよらないルノーの回答にサロメは呆れた声を上げる。子供……子供?
微細ながらも食いつきをルノーは確信。あまりいい食いつき方ではなさそうだけども。
「スタジオを経営している人の子供だ。好きなピアノにしたい、とのことなので、お姉さんとして優しくレクチャーしてやれ」
当然、こいつにそんなことができるわけもないが、ピアノを購入する際は調律師に相談するのが、実は一番賢い買い方になる。希望に合ったピアノを見繕ってくれるのはもちろん、場合によっては値段も大幅に抑えることができたりとプラスしかない。
それはサロメも同意見ではあるが。だがだからといって彼女のモチベーションに変化などあるはずもなく。
「……あたしの嫌いなもの、三つ知ってる?」
ホントはもっとあるけど。ピックアップして。




