272話
ピアノスタジオは誰でも一時間数ユーロでピアノの練習ができる場所を提供する。家に中々グランドピアノを置くことができない人も多く、こういった形でレッスンを行う場合や、レコーディングなどにも活用できるため、需要はそれなりにある。
〈ギャルリ・ドゥ・ピアノ〉はパリ四区にあり、小さな個室はピアノがギリギリ入る程度のものから、大きな個室はコンクール用の動画撮影まで可能となる。録音用のコンデンサーマイクや、天井から手元を撮影できるような天吊りのフィクサーも完備。調律も定期的に行なっているため、かなり評価は高い。
マンションなどに置くにはグランドピアノは大きすぎる。音の問題もある。だが、動画の配信などでピアノというものの需要自体は高まっている。となると、音楽院などに通っている人物など以外では、スタジオというものは重宝されるもので。
予算などを考えないのであれば、いくらでも『良い音』のメーカーがサロメの候補に上がってくる。十台ほど同じものを並べてもらい、その中から好みの音を選ぶ、という方法。
「あーそうですかー。ベーゼンドルファーのインペリアルなんかいいんじゃない? もしくはベヒシュタイン。普通に生活してたら弾けることそうそうないわよー。はい、決まり」
ウィーンとドイツの輝き。生産台数もヤマハやカワイと比べて多いとは言えないため、希少さとネームバリューとで人気は出るはず。特に一般人にとっては。
ここにさらにスタインウェイも加えて、世界三大メーカー。とりあえずこれを買っておけば文句のつけようはない。ただ、あまりにも演奏者の技術を反映させすぎるため、振り幅が大きく、先述のヤマハやカワイの高水準な安定感を求めるプロも多い。つまりなんだっていい。
言いたいことはルノーにもわかるし、全くもって間違っていない。だが、思いもよらなかったメーカーのピアノが、自分の琴線に触れること。それを発見する楽しみもある。
「じゃなくて、もう決まってる。本来ならランベールに行ってもらう予定だったんだが。ほら、誰かさんのせいで今いないから」
「別にあたしのせいじゃないわよ」
そこだけは強くキッパリと。サロメは否定させていただく。ランベール、アトリエで共に働く仲間。便利な彼は現在ここにはいない。




