212話
「前回、前々回の優勝したピアニストが弾いていたピアノは無条件。で、あとは審査だっけ」
そういう年もあった、とレダがしみじみ噛み締める。それぞれ個性的で面白い。チャイコフスキーのように、審査員のノリで増えたりもする。数社あるのに、使用されるピアノに偏りが出たりもする。それも含めてコンクール。
同じくサロメもそういった自由な状況下は好き。知られていなくても素晴らしいピアノはたくさんある。
「それ。一発目ってことで全てのメーカーが挙手制で審査されるらしいわ。そしてその……アレクシス・デビラードとかいうのがメイソン&ハムリンの調律担当と」
上位四社がほぼ独占している昨今だが、そこに風穴を開けるように。老舗メーカーとしても、復権などを目論むことができる。ブリュートナーを使うあの親子にも伝えたほうがいいか……なんて悩みも出てきた。
様々な事情があるにせよ、メーカーからその全権を託される人物というのは、責任が伴うわけで。のらりくらりとしたレダには興味がなさそうでもある。
「ヴォイシングが認められているってことだね。つまり相当な実力を持っているということ。もしかしたらサロメちゃんよりも」
ヴォイシングとは整音のこと。メーカーとしては整調や調律は当然として、このヴォイシングを重要視するところも多い。そのメーカー特有の音というものを完全に理解していないとできない工程。それを認められているということは、メーカーにおいて最高の音を作れる人物の証明。
しかしそれをサロメは鼻で笑う。実力者?
「は。別に自分が世界一とかそんなもんどうでもいいっての。誰かと競い出したら調律師はそこで終わりよ。これ持論」
見るべきはピアニストとピアノ。他の調律師を意識することは余計な雑音を入れるということ。無駄以外の何ものでもない。そもそも。自分は上手くなりたくてなったわけではない。ならざるをえなかっただけ。人それぞれに事情がある。
だが社長であり、半分は育ての親のような立ち位置のルノーとしては、気兼ねなくのびのびとやってもらいたいところ。
「それで、本当に断るのか? いい機会だから学ばせてもらうといい。コンサートとは全く違う緊張感。サッカーやゴルフなんかでもそうだが、中東の参入というものは注目が集まる。主にお金で」
ピアニストとして名前を売ることも大事だが、お金というものも重要なわけで。そういった意味では糸目をつけないオイルマネーの金満主催者がいるかもしれない。




