表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Réglage 【レグラージュ】  作者: じゅん
シンメル『グラスホワイト』
185/317

185話

 その様子には露ほども反応せず、険しい表情でサロメはピアノとヴァイオリンの少女達を見つめる。


「……」


 納得いかない。そう目で告げている。それはなぜか。この二人は。この二人は自分の常識の枠を飛び越えてくる。面白くない。


(……認めたくないけど。すごーく言いたくないし、嫌だけど。このベアトリスって人——)


 軽く舌打ち。


(ヴェロニカ・ミューエよりも上かもね)


 音だけは正直。病に蝕まれていたとはいえ、チャイコフスキーコンクール優勝者よりも。心に響く音を持つ。少なくとも、自分には。なんでこいつらは無名なんだ?


 そんな様々な思案を吹き飛ばすように。開幕を告げる音をベアトリスが鳴らす。それはまるで——。


「……『ジョーズ』?」


 聴き覚えのある音に、リュカはつい映画の名前が口から出た。徐々に緊迫感が増す。これはサメが人間に襲いかかる時にかかる、あのBGMだと。


 しかし、クラシックを嗜んでいる者であればすぐに気づく。『あの曲だ』と。レダが手で制する。


「いえ、もう少し聴いてみると……」


 おどろおどろしい始まりから、華やかに変化していくピアノ。力強く、キレのある音が支配しだしたところでリュカもハッとしだした。


「……待って、聴いたことある。これってたしか——」


「ドヴォルザーク作曲、交響曲第9番ホ短調。別名『新世界より』。その第四楽章」


 依然、曲名を明かすサロメの顔つきは厳しい。まだ始まったばかりだが、すでに技量が見えてくる。打鍵のタッチを一音ごとに微妙に変えて、より絢爛さが増すように。


 そういうタイトルだったのか、とリュカはひとつ知識を得る。


「新世界より……」


 もう一度。タイトルも身に染み入るようで。


 今回はピアノの試弾、ということをブランシュは忘れていない。本来、自身の作った香水はヴァイオリンをメインとしたもの。だが、あえてそちらを譲るようにセカンドヴァイオリンへ。


(……クリスタル。木とは音そのものが違います。よりクリアというのもわかる内容です。それにしても——)


 まだ始まったばかり。だが、まず特筆すべきは調律。ユニゾン。まるでこの曲が弾かれることがわかっていたかのよう。ベーゼンドルファーのような音の伸びをしつつも、シンメルらしいバランスのいい艶のある音色。果てしない新世界を前にしたかのように広がり続ける。


 小さいが、大きく開くためギリギリ九度まで届くベアトリスの手。その手でまるでリシッツァのように、鍵盤を撫でるだけで粒だった音が放たれている。だが、力強く踏み締めるところは最高のフォルテを。その振り幅が鋭く、緩急のあるひとつの物語として紡がれていく。


(……流石にいい調律だ。連打がしやすい。バックチェックを少しいじってあるか。より滑らかに移行できる)


 パワーのロスもなく、欲しい反応が返ってくる。なんだかんだで信頼はできる調律師。それと——サロメ、とかいうヤツ。こいつのもあまり褒めたくはないが、特殊な響き方をするピアノで、ここしかない一点で止めてくる。つまらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ