182話
ごくっ、とブランシュは喉を鳴らす。
「……弾ける、んですか?」
だが、その問いの答えではなく、キックカーから降りたベアトリスはひとつ約束させる。
「これから見ること、聴くことは忘れろ。口外するな。面倒なヤツがいるからな」
自分で聴いていけと先ほど。
「面倒……?」
言っていることの意味がよくわからず、飲み込めないままブランシュの頭の中でそれが反芻する。誰のことを言っている……?
小難しく言いすぎたか、と反省しつつベアトリスはシンプルにまとめる。
「……とにかく。忘れろ」
モヤモヤしたものを抱えつつも、深く考えても答えは出なさそうなので、ブランシュもそれに応じる。しかない。
「……わかりました」
「なーにコソコソやってんの。こっちはオッケー。今なら泣いて謝れば許してあげるけど?」
調律を終えたにも関わらず、疲れの見えないサロメ。今から生意気な少女の泣く姿が見えると思うと、些細なことなどどうでもよくなる。むしろ元気が出てきた。
はぁ、と大きく嘆息するベアトリス。そのままギャラクシーの前へ。
「許してもらうつもりもない。このあとお前は泣いて謝ることになる」
これは決定事項。一番難しいピアノ曲、というのに個人差はあれど、必ず挙がるであろう幻想曲。そう、これは幻。私はここにはいなかった。
ブランシュの見据えるもの。特殊とはいえ、最高のピアノに最高の調律。そして、今ここにいるこの女性は——。
「……」
今から、なにかが起きる。そんな予感。
「さて」
イスに座るベアトリス。右手を鍵盤に置き、左手はそれに対し直角に近い。『イスラメイ』の始まりの配置。そして——。




