120話
店で話を聞いていた時点から予想はしていたが、その通りだった。先の時点でランベールは見抜いていた。
「あぁ、やはりというべきか、新品によくあるキースティックだ。すぐ直る」
キープライヤーという、ブッシングクロスを柔らかくするためだけに存在するペンチのような道具。何度か試し、確認、試し、確認を繰り返すと。ほんの少しだけあった違和感も消える。
今までにも調律師の仕事は見てきたラシッドだが、手際のよさは熟練にヒケを取らないんじゃないか、とご満悦。簡単な作業とはいえ、悩むことなく進む様には、込み上げてくるものがある。
「調律師の仕事の八割は音の出ない作業、と聞いてる」
今のブッシングクロスの調整も、カチャカチャ、という程度の静けさ。ユニゾンを、という調律に比べて地味であることはランベールも同感。
「まぁ、間違ってはいない。調律師というものを想像した時、だいたいは鍵盤を叩きながらハンマーで弦の張りを調整する、あの作業を思い浮かべるからな。あれよりも整調、こういった内部の清掃や鍵盤の沈み調整なんかのほうが、遥かに時間がかかる」
「演奏とは全く違う知識と技術だからね。だからこそ、こんなに早くひとり立ちしてるのが驚きだよ。どうやって調律は覚えたんだい?」
調律師というものは、資格そのものはなくてもできることは、ラシッドも知っている。だが、こんなに早く案件を任されているとは。いや、普通の期間とかはわからないけど。今日も上司と同伴を予想していた。
過去を回想するランベール。あまり思い出したくないけど。
「ウチは慢性的な人手不足だからな。座学なんてほとんど知らない。ピアノの腕前も役に立たん。ひたすら最初は社長について訪問先のピアノをいじらせてもらった。見本なんてほとんど見せてもらったことがない」
だが、なにかをやらかしてしまっても、社長のせいにもできた。ある意味では開き直れていたのかもしれない。
そんなスパルタ教育だとは恐れ入るが、ラシッドも納得はできる。
「なるほどね、失敗を繰り返すしかないわけか。度胸もつくね」
練習、という言葉自体ないのだろう。全て本番。気に入ったので、ピアノ教育にも取り込める部分はあるだろうか、と勉強になる。
そう。勉強するしかないのだ。
もう、自分のピアニズムの継承者をなくさないためにも。




