プロローグ
「ボクの主人として君を認めるよ、宜しくね、異世界から来た聖女様」
聖龍の住まう北の森の思い出は、聖女の力を上手く使いこなせない私を心配したミュゼァ様が連れてきてくれた場所。
聖龍と出会い、主と認めてくれた事で、体の中を流れる魔力を上手く扱えるようになり、異世界から呼ばれた私が≪聖女≫として皆んなのそばにいることを自分自身で許せる理由になった。
召喚されて直ぐは、自分の居場所を確保するのに必死になっていたけど、気が付けば聖女として皆に必要とされていた。それが嬉しくて必死に聖遺物を生み出したり、王様の恋愛事情をフォローしたり邪気を払っていたりしたのに。
私に被害が及ぶのを心配した聖龍が身代わりになっているだなんて知らなかった。知っていたら私は全力でミュゼァ様に指導を仰ぎ、聖龍だけに負担をかける真似なんてしなかったのに。
《クルシイ、クルシイヨ、》
強大な邪気の塊を体の中に取り込んだ聖龍の姿は、白銀の姿とは正反対になっており、夜の闇よりも深い黒へと変貌していた。瞳の色だけは変わらず金のままで、体から漏れ出る邪悪さに足が震える。
今まで払ってきた邪気とは比べ物にならないくらい強大で、私がこの世界に呼ばれた理由。現地の人には払いきれない力を、異世界人は持っている。
次元を超える際に身につけるものらしく、先代の聖女が亡くなる時に強大な危機が迫っているから、聖女を召喚すべしと言い残していたらしい。
目の前で苦しんでいる、私の師匠で、大切な友達。
私が逃げたら、他に誰が世界を守ると言うの。聖龍が主人を選ぶことは滅多になくて、どうして私なんかを選んでくれたか教えてくれない。
目の前で世界を守ろうと邪気を取り込んでくれている聖龍を助け出すことができるのは、他でもない私。私が不甲斐なかったから、聖龍が全部自分で背負いこむことになっちゃった事実を認めなくない。
頭の中に直接彼の苦しむ声が聞こえてくる。
《オネエチャン、ボクモウ、イヤダヨ》
周囲に被害を与えないように必死にその場にしゃがみ込んでいる聖龍はそれでも我慢できなくて、尻尾だけはブンブン振り回している。
自分で作った聖遺物である魔法少女ステッキは、杖の先を三日月をモチーフにし、棒の部分は深い青にしていた。闇に浮かぶのをイメージしていて、魔法少女にも憧れていたから、折角なら自分の好きを最大限に詰め込んでみた。衣装もフリフリなものにしたかったけど、正装が決まっていなかったから今回は見送ることにした。
ステッキを握る手に力が入る。
「今、助けてあげるから」
私は羽織っていたコートをと脱ぎ去り、夏でも涼しいと言われている北の森で、胸元が大きく開き、お尻には可愛い尻尾が付いおり、頭にはウサギの耳のカチューシャ。絶対に着ないと駄々をこねて、渋々後ろの部分だけフリルのスカートをつけてもらった。
私が生まれ育った世界では、“バニーガール”と呼ばれた服が異世界召喚された世界では、聖女の正装。
冗談であって欲しかったのに、誰もが口を揃えて聖なる装いって言うの。
鼻の下を伸ばしている人が居ることくらい分かってるんだからね!
教育係も勤めていたミュゼァ様がその服でなければならない理由を教えてくれたけど、信じられなかった。
過去に聖女の力を使いこなせなかった人に、狭間から流れてきた「賢者」と呼ばれていた若い男性がこの衣装を着れば力が使いこなせる、って言って本当に使えるようになるとか、何の冗談なのよ。
自分が思った時に上手く聖女の力を操れていない私は、この衣装に頼らざるおえないんだけど、今後力が使えるようになったら絶対にこの正装を変えてあげる野望があった。
聖女の正装がバニーガールなのは、どの国の聖女も同じだと聞いている。どうして露出も多くて恥ずかしいものを、正装にしたのよ。
《クルシイヨ…》
魔力を自家製の魔法ステッキに集中させる。ステッキを作る必要はないのだけど、憧れと、自分の力を集中させる時に、媒体にするものがあったほうがいいかなって考えたから。バニーガールの服をきて、魔法ステッキを持っているとか、結構シュールじゃない?それでいて呼び名は聖女様だもの。
この世界を創造した神様に会う機会があったら、一言文句言ってあげる。
自分の作り出した世界を守る者の衣装がすごいことになっているのなら、止めなさいよ、と。
苦しそうに身を縮める聖龍に視線を戻す。
「今助けて、あげるから」
力の制御が上手くできなかったら、運が悪いと殺してしまう。今までは聖龍が力の使い方が下手な私のサポートをしてくれたから、邪気に取り憑かれていた人を助けるとき命を奪わずに済んだ。
《クルシ…イ、コロシテ》
「殺せるはずないじゃない」
私を救ってくれた存在を、そんな風に扱える訳がない。ミュゼァ様にも結界の外で待機してもらっている。万が一私に何かあった時に、この国の2番目の聖魔法の使い手である彼にまで、何かあっては困る。私に何かあったら他国の聖女に助けを申請する手筈になっている。
「大丈夫、絶対に助けるから」
私は聖龍に教えてもらった聖なる讃美歌の歌を口ずさみ始めた。