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召喚されたから、取り敢えず嘘ついた

作者: 狂騒の猫

元々長編の予定で書いていたものです。

主に主人公以外の視点をまるっと削ったので、想像で補いつつお楽しみください。

一応あとがきに捕捉があります。




「おねがいします、かみさま、かみさま…!たすけて、くださいっ」

「わーお」


さて、諸君。ちょっとした質問だ。

なぁに難しく考える必要はない。

混乱を極めている私の為だと思って答えて欲しい。


もし、もしもだ。

"明日の論文発表やだー!「不勉強で恐縮ですが」とか言ってくる教授なんて皆ハゲちまえ!!"

とか何とか隈を拵えながら騒いだのを最後に寝落ちしたとする。


で、憂鬱な朝がやって来ちまったぜと思いながら次に目を開いた時…目の前にボロッボロのめちゃカワショタがいたらどうするだろうか?

あ、まって、解散しないでお願いします本当に困ってるんです。


ふざけた感じに語った私が悪いのは認める。

けれど、現実逃避したくなっても仕方がないと思うのだ。


辺りを見渡すと住み慣れたアパートは影も形も壁もなく、どこだかさっぱりわからない路地にショタと二人きり。

色々な物が散らばったそこはしかし、都会のゴミだまりとはどうも様子が違う。

見慣れない風景はビルの隙間というよりも映像で見るスラムのような印象を受けた。


あっという間に疫病が広がりそうな…言っちゃ悪いが、そんな淀んだ空間。

少なくとも住んでいる地域の周辺…どころか、現代日本ですらないんじゃないかと思う。


いや、そうだとしたら…私はどうやってこんなところに来た?

ふと目についた足元に転がる酒瓶。

そのラベルには見たこともない文字が綴られ、嫌な予感というものがじわりじわりと現実を蝕んでいく。

頭上で黒い鳥がガギャアと鳴いた。

きったない声だなぁ…ははっ。


現時点で既に頭が痛い。

けれど何よりも問題なのは足元をうろちょろするデカいネズミ…ではなく、目の前で膝をつきながら私を見上げる子供である。


擦り切れた服を纏ったその子供はいかにも栄養が足りていない痩けた頬に煤やら泥をつけ、ハイライトがお留守な目をじっとこちらに向けていた。それはもう、穴が空きそうなくらい。


枝のような腕。夥しい痣。

折れそうな首。痛々しい傷。

落ち窪んだ目。乾いた涙痕。


可哀想だと偽善者ぶることが出来るのはこれがテレビの向こうだった時だけである。

きっと、現実的に考えると覚悟も無しに手を差し出していい案件じゃない。


だがしかし…私は…


「かみさま、ほんとうにかみさまが、きてくれたんだ…!()()()()だ!!ぼくは、かみさまを()()()んだ…!」


出会い頭にそんな言葉を聞いてしまったからには、関わらない訳にはいかないんだよなぁ~!!呼べたってなぁに~!?


「かみさま?かみさま、かみさま…」

「えーっと…聞いていい?」

「…っ!はい!!かみさま!」


跪いたままにしゃんと背を伸ばす姿はなんとも素直で、思わず表情が緩みそうだったじゃないか。なんだこの少年天使か?


いやいや、そうじゃなくて!落ち着け私。

どうやら言葉は通じるらしい。

それならば、私より訳知りだろう彼に話を聞くのが早いだろう。悩んでてもらちが明かない。


「取り敢えず、状況の説明をしてほしいんだけど」

「じょう、きょ?」

「難しかったか…じゃあ、そうだなぁ…ここはどこ?」


少年はパチリと瞬いてむぐと唇をむずつかせる。

答えが見付からなくて困ってるって感じだ。


この質問もダメか…と、そっと吐いた息に少しばかり落胆が滲む。

それを察してしまったのか、少年は慌てた様子で口を開いた。


「あ、あの…!ここ、おうこくでいちばんおおきいまち、だとおもいます…!その、えっと…なまえは、わからない…けど」

「あー…うん、分かった。大丈夫。ありがとう」

「い…いえ!もとはといえば…あの、ぼくが…よんだから…こまらせてる、ですよね…」


眉を下げて目を潤ませる少年に心をぐりっと抉られながら、私は拾った言葉を反芻する。


「先程から言ってる"呼んだ"、とはどういうことかな」

「え…?」


再び少年の大きな瞳が瞬いた。先程とは違い、今度はさぞ不思議そうに。


「えっと、あの…まえにこのあたりにいたおじさんから、きいた、です。へんならくがきとくもつ?で…かみさま、きてくれるって。ちがう…ですか?」

「うーーーーーん???」


頭が理解を拒否してるのが分かる。

いやだってさ、それってあれじゃん?

召喚の儀式的な何かじゃん??


あー…オーケー。もう降参だ。

分かった。理解した。諦めよう。

これはたぶんあれだ、異世界飛んじゃったぜ☆系のハプニングだ。


はは…そうだよね、地球じゃないよね…

だって…足元をずっとうろちょろしてる目が三つあるネズミ(?)も、裂けた口を広げて汚く鳴くカラス(?)も、生身の人間を呼び寄せる術も、なにより…こんな鮮やかな琥珀色の瞳も見たことないし。


転生、トリップ、成り代わりetc.…私もいくつか作品を齧ったことはある。

それらの主人公達がよく使う文言を使うなら、まさか自分が体験するとは思わなかったってとこだね。


「あの…かみさま、ぼく…たすけてほしく、て…かみさま、よんだ、です」

「…助けてほしい、ね」


私が助けてほしいんだけどという台詞を飲み込んで、一生懸命話そうとする少年に何故?と先を促した。

それどころじゃないのはわかってるけど、自分がこんな体験をするに至った原因くらいは知りたい。


「きのう…いもうと、しにました。そのまえは、やさしくしてくれた…おじさん。もっとまえには…ぱんをわけてくれたおんなのこ…」

「それは…」

「わかって、ます…ここでは、ふつうのこと…だから」


胃がぐるりとかき回されたような不快感が襲い来る。

普通と言うにはあまりにも悲惨な現実を、悲惨と言える己の幸福を改めて知った気分だ。

もしかしたら明日の話をする事さえ…彼らには夢物語なのかもしれないな。


「ぼくは、もう…ひとり。きっとつぎにしぬのは…ぼく。それが、とても…こわ、い…っ!」


怖くて当然だ。

そんなの、きっと…誰だって怖い。

己を守るように抱き締めて震える少年に、私は思わず手を伸ばそうとして…慌てて引っ込めた。


シリアス壊すようで悪いんだけどさ…なんか、私の手透けてなかった??

気のせい?気のせいだよね。うん。


「だから、だから…かみさまに、おねがいしようと、おもった、です。きれいなふくのひとたち、いってた…かみさまは、たすけてくれるって」


一通り話を聞き、少年の語りが止まったところで頭の中を整理する。


えっと、綺麗な服の人達…これはおそらく司祭的な立場の人間だろう。

多少の違いはあるだろうけど、"信じよさらば救われん"ってことでしょ?

宗教ってのは世界が違っても似たり寄ったりなのかもね。


で、孤独と恐怖に押し潰されそうになった少年はどこかで聞いたその甘言にすがった訳だ。

しかーし!ここで致命的なミスが起こる。

少年の教養というか常識の欠落が祟って、神様お願い!を"祈り"という形ではなく"直接"実行しようとしてしまった事だ。


結果、聞きかじりの召喚術からは神様ではなく論文発表を控えた私がハローワールドした、と。以上、検証終了。


なんてこったい。そりゃずっと私の事を神様、神様と呼ぶわけだ。いたたまれない。


「かみさま…?」

「あのさ、悪いんだけど…私、キミの言う神様じゃなくて…普通の人間、なんだよね」


この健気な子供を、ひた向きな瞳を踏みにじりたくはないけど…現実問題私は彼の求める存在ではない。

異世界のお決まり的に自分のステータスが見れたけど、種族はちゃんと《人間?》だ。

ハテナマークが大変気になるところではあるがそこは見ないフリ見ないフリ…


というか、こんな子供に神様って呼ばれるのは背徳感がヤバい。

これ以上は新しい扉を跳び蹴りでぶち開ける危険があるぞ。お巡りさん私です。


だから期待には応えられない。

そう続けようとして、けれど…私の口は間抜けに半開きにしたまま音も出せずに固まった。


「かみさまじゃ、ない…?しっぱい…?そんな…」


絶望で琥珀の瞳を暗く染め、今にもこぼれ落ちそうな程の涙をためていく。

その姿に、心を抉られるどころか心臓が握り潰されたような苦痛が私を襲った


騙すのは良くない。真実は正しく伝えるべき。

嘘ついちゃダメよと幼い頃から母に言われ続け、それをなるべく守ってきた私の常識は間違ってはいない筈だ。


だかしかし…私は…私は…


「ぼくは、どう…したら…っ」

「ん"!!」


私は…子供にめっぽう弱いのだ!!!!


ぽろりとこぼれ落ちた透明な宝石に、私の理性が弾け飛ぶ。

決めた。将来は公務員じゃなくて、神様になろう。


「…こほん!ごめ…いや、すまぬ。言葉を間違えたな。我は確かに神だ」


先程までとはくるりと手の平を返し、私はそれっぽく尊大な態度で腕を組む。

ただし、内心では神様ってどんなよ?と冷静…冷静か?とりあえず比較的まともな私が首を捻っていたが。


「でも、いま…ふつうのにんげんって」


急に様子が変わったせいか、少年は少し猜疑的な色を表情に宿す。さすが子供は敏感だ。

…と、感心してる場合ではない。

何とか設定を捻り出さねば。

私は今変人と神様の間に立っているのだから(自業自得)。


「正しくは…普通の人間程度の力しかない、だ。情けなくて言いたくなかったのだが」

「どうして?」


どうして?私が聞きたい!!


「あー、うん、あれだ、信仰が足りぬのだ」

「しんこー?」


それっぽい設定を継ぎ接ぎして、私は私なりに"神"とやらを即興で形作っていく。

大丈夫。昔とった杵柄というか、インプロは演劇でさんざんやらされていたから。なんとかなる…たぶん。


「さよう。我を崇める者…"神様だ!凄い!"と褒めてくれる者がおらぬ。故に力が出ぬのだ」

「…?みんな、かみさまに…ありがとうって…いって、ます。めがみきょう…いっぱいいる、です」

「は!我は先程"貴様の言う神じゃない"と言っただろう。あいにく、我は十把一絡げが信仰する女神とやらではない」

「めがみさま、じゃない…かみさま?そんなの、しりません…」


ふむふむ、この世界にはすでに女神様がいるらしい。

だとすると同じものを名乗ったら絶対ばちが当たるだろう。


しかし他の神がいないなら朗報だ。

豊穣の神でも酒の神でも草の神でも何でも好きに名乗れる。さてどうしようか…?


「時に、少年。貴様は何をもって我を呼び出した?」

「え?あの…しんだ、いもうと…です」


おおっと、聞かなきゃ良かったな~!?

リアリティー出すために供物に沿った神様にしようと思っただけなのに、覗いちゃいけない深淵を覗いてしまった。


変に聞いたおかげで今さら豊穣神ですとか美の神ですとか言えなくなっちゃったぞ!!どうする私!!

死の神とでも言えと?死に怯える少年に追い討ちしてどうする??


…ん?深淵を、覗く…?あ、閃いた!"アレ"があるじゃないか!!


「くっ、くっ、くっ…成る程だからか」

「えっと、なにが…ですか?」

「悲しみ、苦しみ、無念、そして死…貴様は負の感情を媒介に神を呼んだ。故に我が呼ばれたのだ。あぁ、無知とはなんとも愚かで…まこと可愛いものだ!」

「どう、いう…ヒッ!!」


役が固まって完全にスイッチオンした私に、膝をついていた少年が初めて姿勢を崩す。

尻餅をつき、ずりずりと後ずさる彼の恐怖で開ききった瞳孔には…我ながら狂気的な表情を浮かべた私が映っていた。


「聞け!!我は、邪神である!!ひれ伏せ、矮小なる者よ!!」

「…ぁ……あぁ…っ…じゃ、しん…?」

「貴様にも分かりやすく言えば…悪ぅい神様さ」


…と、いうことにした。

頭に過るは某有名なTRPGの神々。今日からよろしくお願いします師匠達!!

理不尽にまみれてるどヤバい存在だけどちゃんと信者とかいるし、確か"自分を崇拝する人間に対しては寛容"ってタイプもいた筈だ。


「ぼくを、ころす…の?」

「否、貴様は大切な召喚主だ。殺すなど勿体ない」


こんな将来有望な少年を殺すわけないでしょうが!!世界の損失だぞ!!

しっかし…壁に逃げ道を塞がれ、震え怯える可愛い少年かぁ。じゅるり。

おっといけない。倫理観という錠前に塞がれたいけない扉を開けそうになった。


「じゃあ…じゃあ、どう…する…です、か?」

「何を言う。貴様が願ったのだろう?」


私はなるべく怖がらせないようゆっくり少年に近付き、血の気が引いて真っ白になった頬を両手で包む。

あ、やっぱり透けてる…いや、今は置いておこう。これでもちゃんと触れるし。


さぁ、大勝負だ私。


「我が貴様を救ってやろう。深き混沌から貴様を愛してやろう。貴様の神様になってやろう」

「…っ!」


キスが出来そうなくらい顔を近付け、少年の浅い呼吸に甘く言葉をを絡ませた。

自分を世界一優しい存在なのだと思い込みながら、君の味方だよと繰り返し告げる。

ゆっくり蜜をパンに染み込ませるように。

とろりと小さな耳を犯すように。


「…ほん、と…に?」

「あぁ、本当だとも」


自慢じゃないが、かつて悪女役の演技によって講師含めた演劇部全員を赤面させた伝説を持つ私だ。

愛に不慣れな子供くらい…容易く堕とせる。

ほら、白かった肌が今は真っ赤だ。

あぁ、もう、可愛い。


「我は貴様が気に入った。貴様は実に…愛おしい」


怖くないアピールも込めてそっと抱き締めれば、一瞬体を固くしたものの拒絶はされなかった。

互いの心音を交換する。

少年の緊張はゆっくりほどけて…やがてすがるように私の服を握ってきた。ガッツポーズである。勿論脳内で。


「小さき者よ。我に貴様の信仰を寄越すがよい」


喚ばれてしまったなら仕方ない。こういうの(異世界系)はやることやったら勝手に帰れるものなんだ。私知ってる。

だからせめて、お帰りの時間になるまでは…一人で立てるよう生きるための知識を与えて、このスペシャルキュートな子供を守ってあげよう。

邪神と名乗ってしまったのが中々に障害になるけど…咄嗟のテンションだったからね。仕方ないね。頑張ろう。

人間極限状態だと思考がバグるんだよ。うん。


「…ぼ…くの、かみ…さ、ま…」

「ああ」

「かみさま、かみさま…すくい…かみさま…ぼくの…」


あれ?やりすぎた?

体を離し、譫言のようにかみさまかみさまと繰り返す少年の顎を掴んで無理やり視線を合わせる。


「返事は?」

「…ぁ…っ…は、い…」

「良い子だ 」


熱に浮かされたような顔で、今眠りから覚めたように茫然と、それでも確かに彼は小さく笑って私を求めた。


スゥ…ひゃっほーい!勝ったぜ!!私!!!

将来有望な少年の神様ポジションゲットだぜ!

今後どうするか考えただけで頭が痛いけど、こりゃ目出度い!!

あと、何故か透けてた手が元に戻った!!

よくわからないけどたぶんこれも目出度い!


脳内はファンファーレ。お祭り騒ぎ。

しかし表には出さない私。この残念な面を隠す為に演劇を学んだのだから当然だ。


「かみさま、ぼくのかみさま、あの…おねがいが、あります」

「早速か?欲深いな。良い、許す。我は信者には寛大なのだ」

「…!ありがとう、ございます!ぼく、あの、なまえが…ほしいです」


いくらでもあげます。むしろありがとうございます。ついでに振込先はどこですか。

しかし名前か…ネーミングセンス自信無いんだけど…まぁ頑張りますか。


「我の可愛い信徒よ、最初の福音だ。貴様の名を刻んでやろう。貴様は…」


私はミジンコ程度にも予想していなかった。

この馬鹿馬鹿しいウソが、世界を巻き込んだとんでもない結果に繋がるなんて。



そこからの日々は、実に愉快かつ狂っていた。


そう例えば…信者を増やそうという話になった時。


「我の力を戻すために信仰を増やしたい?」

「はい!どうすれば、いいですか?」


出会ってから数ヶ月。少年にあれこれと知識を与えつつ、漸く細々とした生活が安定してきた頃のこと。

生きるのに余裕が出てきたからか、彼は頻りに私の力について気にするようになっていた。その場凌ぎの嘘が時間差で牙を剥いてきたのだ。


正直どうやっても私は現状がマックスである。何せ本当はただの一般人だからな!

しかし…いらない、それより優先すべきことがある、困ってないなどなど断りの言葉も段々尽きてきて、ある日やむ無くそれっぽい案を出すことにした。


「かみさま!きょうこそはおしえてください!ぼくはかみさまのおやくにたちたいのです!!」

「仕方ないな…良かろう。貴様の献身に免じて教えてやる。そうさな…簡単に言えば…」


簡単に言えば、なんだ?待って、邪神ってどうやって信仰増やすの??教えて師匠達!!

ええと、私が見たことある感じだと…偉大さにひれ伏したとか狂ってばんざーい!系だったような?風評被害だったらすみません師匠達。

つまり、だ。信仰…つまり信者獲得の為にすべきことは…


「…堕とす」

「…おとす?」

「さよう。我という存在に堕としてやるのだ。いかに偉大であり、いかに理不尽であり、いかに恐ろしいのかを刻み込み、魂を我に縛り付けてしまえばよい。常識を謳う正気(女神への信仰)狂気に突き堕とす(黒く塗りつぶす)のだ」

「おお…!!」

「我は邪神。求めるは混沌、与えるは狂気。ならば常識を脱ぎ去り、平穏から逸脱し、絶望を笑い、地獄で我にダンスを捧げられるほど狂った(堕ちた)者こそ信者に相応しいと言えよう!」

「っ!!」


役に入りすぎてテンションがおかしかった自覚はある。後半何言ってんのか自分でも分からない。

いやだって、少年がめっちゃキラキラした顔してくれるからつい…

後から思い出すとイタタタ…(黒歴史)な演説をして、そのまま邪神のノリでちょっとよろしくない知識を与えてしまったりした。


少しして冷静になった時、羞恥と子供になんて話してんだという罪悪感で転げ回ったのはいい思い出である。全身複雑骨折でもしたかのような心地だったね。


ただ、私はこの時事態を甘く見ていた。

子供の行動力をなめていたと言ってもいい。


だってさ、思わないでしょ?

まさか少年が私の謎テンションを鵜呑みにして…本当に信者という名の駒を作り上げてしまうだなんて。


ある者は私の教えた話術とマインドコントロールの手法で狂気に沈め、ある者は鏡の自分に暗示をかけるアレで自我を壊した後に都合よく再構築、ある者は恐怖で屈服させた後に甘い飴として私の偉大さを売り込み…

いやこっわ…教えた私が悪いけど、才能ありすぎじゃない??


で、最後は自分が行ったすべての手柄を私の意思だ思し召しだと当たり前のように押し付け、堕とした連中のヤベェ矢印をこっちに向けた。

嘘だろお前…


さすがぼくのかみさま!…じゃないんだよな~??はにかんだ顔が可愛いかったから許したけど。



あとは、そうそう強い戦士が欲しいと言われた時もあったな…


あれは信者が信者を生み、かなりの人数が邪神教 (いつの間にか出来てた)の狂気に引きずり込まれた頃のこと。


「邪神様、邪神様。相談があります」

「よい、許す。申してみよ」


かれこれ数年程が経過して、舌っ足らずだった少年の幼い声は声変わりこそまだ先ながら、ハッキリした発音によって凛と響くようになっていた。

そして私もすっかり邪神の演技が板につき、思考はまだしも言葉遣いは意識せずとも出てくるように…いやこれあまり嬉しい変化じゃないな。


黒歴史が常に更新されてるようなものだよ?風呂敷が畳めないどころかどんどん広がってく一方だ。これ仮に元の世界に戻ったとして私は普通に戻れるのだろうか…我、邪神なり!とか言っちゃったらどうしよう。


と、そんな私の葛藤など勿論知る由もなく、発言を赦された(いや願われなくてもウェルカムなんだけどね)少年は嬉しそうに表情を溶かす。こういうところはちゃんと年相応で可愛い。


「そろそろ僕達には武力が必要だと思うのです」

「ほう?何故だ?」

「はい!僕達の活動に勘づいたのか、近頃汚染街(ルトゥ)に出入りする衛兵が増えております。更に噂では同盟国から聖騎士が派遣されたとか…」


汚染街(ルトゥ)とは所謂スラム地域のことであり、王都の影と言える貧困街を指す。

私と少年が初めて出会った場所でもある。


元々治安維持の名目で衛兵の出入りや見回りはあったけど…それの強化と聖騎士(女神教の犬)が出張ってくるのは確かに厄介だね。

何せ、ほとんどの信徒はこの地域の者…つまり汚染街は邪神教の本拠地と化しているのだから。


「僕たちはもはや隠し通せる規模ではありません。あちらに屈しないためにも牙が必要なのです」


あぁ、あの可愛い可愛い子供がこんなに立派になって…!って、いやしっかりしすぎやろがい!まだ君一桁でしょうが!私より頭いいじゃん!!


素直に逃げようよと平和主義な私としては言いたいところだけど、あいにく邪神としての立場がそれを許してくれない。

尻尾巻いて逃げる邪神、解釈違いです!


「成る程。話は理解した。して?当てはあるのか?」

「それは、その…お恥ずかしながら。なので、是非助言をいただけたら、と。…ダメですか?」


ダメじゃないです。上目遣いありがとうございます。振り込み先はどこですか。


しっかし武力ときたか…困ったな。

正直、この地域の者をいくら数揃えて鍛えても正規の兵士には敵うわけないんだよね。

ましてや聖騎士なんか女神教の最強戦力って言われてるし…生半可な武力じゃ備えるだけ無駄だ。


「絶対的な"1"を用意するしかないな。相手への牽制になり得る"1"を」

「確かに…しかし、そのような者おりましたでしょうか?」

「いないなら作れば良い」

「え…?ど、どうやってですか?」


ふと閃いた。邪神とはちょっとそれるけど、強い一個体をつくるヤバイ方法があったはずだ。呪術的な危ないやつ…まぁ所詮アドバイスだしいいよね。

私はこの時過去のやらかしをバッチリ忘れていた。


「簡単なこと。大人数を一ヶ所に閉じ込め、こう言えば良い。最後まで勝ち続けた者だけを外に出す、とな」


にやりと邪神っぽい顔を忘れずに添える。

どうだ、中々にイカれててそれっぽいだろ!

なんだっけ、あれだ…蠱毒ってやつ!


「そ、れは…」

「なんてな。冗談だ」


少年の顔色が変わったのを見て、私はすぐさま言葉を棄却(なかったことに)した。たぶん怒らせたっぽい。

ワタシ、キラワレタクナイ。

さすがにただのアドバイスとはいえ非人道的過ぎたか…反省。邪神って難しいね、師匠達…


私は気付いていなかった。少年の顔色が変わった(紅潮した)のは、怒りではなく…陶酔であったことに。


この後どうなったか?簡単に言うと、気付けば邪神教になんかヤベェ化け物が生まれてた。一騎当千を地でいくやつね。

新しい信者ですと少年が連れてきたそいつは、その日のうちに大量の衛兵と女神の加護を持つ聖騎士をさっくり刈り取った。こんにちは、では死ね…的に。


嘘だろ…挨拶として最低過ぎるよ。通り魔じゃん

ボール取ってきた犬みたいにキラキラした目 (ただし無表情)で首を持ってきた黒い騎士と後方彼氏面でそれを見守っていた少年に天を仰いだよね。

ヤッベ…私いつか女神のバチ当たるわ。


おかげで私達は危険視され、表通りに繋がる道が全て閉鎖された。もはや封印の域だったねあれは。



他には…そうそう、私の信者達と少年がうっかり国の異端審問官に捕まった時とかも大変だった。


化け物オギャア事件から更に月日は過ぎ、可愛いかった少年がどえれぇ美青年に足を踏み入れた頃のこと。

封印 (笑)されて尚邪神教は女神教を食い荒らしていき、王都に限らず勢力を順調に拡大。

結果、いつの間にか陰と陽を分けたように国は二分されていたんだよね。私何もしてないのに…不思議。


さて、この頃になって漸く自分の姿が信者以外の人間には見えないらしいことに気付いた私は、少年達に内緒で街をぶらつく…つまるところ散歩にはまっていた。

素晴らしい事に地図を思い浮かべるだけで転移も出来るんだよね。ぱっ、と。

ひゃっほい、異世界たのちい!と心の幼女がはしゃぎまくってたよ。


そうそう、散歩ついでに人助けもしてた。

分かったのは少年の神になって少しした頃だったが、私には召喚特典と思われる《驍ェ逾槭?諱オ縺ソ》とかいう謎の文字化けスキルがある。

気持ち悪い黒いぶよぶよを生み出す見た目最悪なものなのだが、意外な事にこれ…回復スキルっぽいのだ。


「もう神でも邪神でも誰でもいい、どうか息子を助けて!」と咽び泣くおばさん。

「この身をどこまで落としたって良い!俺は…生きたいっ」と消えかけの声で絞り出したひどい怪我人。

「あぁお願いだ…女神にすら見捨てられたこの老いぼれに、どうか愛しい妻の姿を最後に一目見させてくれ…」と静かに涙を溢した盲目の老人。

「女神様!どうか、どうか…!村を呪う病を退けてください!!」と必死に祈る疫病を患った娘。


…などなど、困ってるっぽい人に使うとたちまち皆回復するんだよね。いやぁ善行って気持ちいい!何故かたまに発狂する人いたけど。最後の人とかそうだった。


まぁこれ、ただの回復スキルではないんだろうね。

この前うっかり広場の女神像に当てたら、磁石の同極でも近付けたみたいに反発して空高く吹っ飛ばしちゃったし。

当然大騒ぎになったよ…姿見えなくて心底良かった…


そんなこんなで毎度目的らしい目的もなくぶらついていたある日のこと。こんな会話を耳に挟んだのだ。


「異教徒どもとその長が捕まったらしい」


な、なんだってー!?

青天の霹靂とは正にこのことか。

異教徒…つまり邪神教の長とされているのは当然あの少年である。


どうしよう、と狼狽えたのは最初だけ。

すぐに腹のそこからごぽりと何かが湧き出した。それは海よりも更に深淵に在るナニカが地上へ至るようにゆっくり、重く、どす黒い。


許せない。許せないぞ。私の可愛い可愛いもはや我が子同然なミラクル美少年に何する気だ!!顔面国宝だぞ考えろ!!


ここで私は考えた。これは邪神でも怒って良いのでは?いいよね?だって私にとっての黒い仔山羊ちゃんが害されそうなんだから!!

これは正当防衛である!!へい!やったるぜ!


思考に決着がつき、私は鼻息を荒くしながら異端審問を行うらしい王都の大教会へと向かった。


「あぁ、なんと穢らわしい!!女神様の元に生まれておきながら、邪神などという下劣なものに信仰を寄せるとは!!貴様らはもはや人にあらず!!化け物だ!」

「「「化け物!化け物!!」」」


好き勝手言ってらぁ(怒)。


教会広場は某ロックフェスもかくやという沢山の人だかり(野次馬)

中心には臨時で組まれたのだろう台座と、そこにそびえるいくつもの柱。その一本一本には見知った顔がロープで乱雑に括り付けられていた。


「しかし女神様は寛大だ!この穢れた化け物でも死という魂の浄化でもって赦してくださるだろう!!」

「「「浄化を!浄化を!!」」」

「「「女神様万歳!女神様万歳!!」」」


民衆を煽りながら偉そうに腹を揺らすローブ姿の男が、項垂れる一人の髪を鷲掴み…顔を上げさせ…ぎゃあああああああ!!!おま、おまぁ!何しとんねん!!!


「では!これより処刑を…!」

「その小汚ない手を離せ、豚が」

「…は?」


ウチの花方イケメン(予定)のとぅるんとぅるんな御髪をそんな乱暴に扱うんじゃねぇぞコラァ!!!と内心でリーゼントヤンキーを召喚しながら乗り込む。

女神教の皆々様に声は届いても姿は見えないだろうから、足元には例のスキルをごぽごぽと発動させて。

ここにいるよ!ってね。

見栄えがアレなのはまぁ…仕方ない。


「な、なんだ、一体…」

「聞こえなかったか?我は手を離せと言ったのだがな。あぁ、すまぬ。豚に人語は難解だったか」

「ッ!!」


私のスキルが気持ち悪いのか、モーゼが海を割るかのように人が道を開けていく。はいはい、失礼しまーす!

おかげで台座まではすぐに辿り着くことができた。


「…さ、ま……?すみ…ま……せ…」


いやあぁぁぁぁ!近付いてよく見れば頬やら瞼が腫れてるぅぅぅぅ!!!

あ、あ、あっ、痛そう…!めっちゃ痛そう!!

ごめんよぉ…!散歩とか呑気なことしてる場合じゃなかったねぇぇぇぇ!!


「よい。我は信者には寛大だと再三言っただろう。まぁ、それ以外には…」

「ヒッ!」


少年と信者達には回復のためにスキルを浴びせ、異端審問官には威嚇の意味をこめてごぽんと目の前でスキルを弾けさせる。

短い悲鳴を上げたハゲ豚は彼の髪を離して尻餅をつき、民衆は水を打ったように静まり返っていた。


さぁて、てめぇら…顔面国宝に傷を付けた落とし前、どうつけるつもりだゴラァ!!

心のヤンキーがバキバキゴキゴキと指を鳴らす。私には武力なんて無いけどね!

けど、出来るなら…隕石でも落としたいくらいには怒ってるよ!ぷんすこ!


と、そんなことを考えたその瞬間。空を影が覆う。

一応言っとくが私は何もしてないぞ。

急に曇った訳でもない。では何かと言えば…


ゴシャア!!!!


空から目の前…つまり広場に巨大な"何か"が降ってきたのである。

え、唐突…というか落ちた場所ヤバくない??

だって、広場のど真ん中だよ?


それってつまり…


「きゃああああああ!!!?」

「な、何が…何が起きたんだよ!?」

「ママ!?ママぁぁぁ!!」


民衆はパニックになり、ただでさえへたり混んでいた異端審問官は完全に腰を抜かす。

皆が見つめる先は同じだった。皆、信じられないといった面持ちで…大勢の人間を潰した"ソレ"を見ていた。私もビックリである。


「なぜ、ですか…女神様…!!」


何せ、数多の民衆をプチッと潰したのは…そびえ立つ巨大な女神像だったのだから。

わぁ、なんて不運な…って、あれ?あの女神像どっかで見たような…気のせいかな?うん。


因みに私…というか、信者達と異端審問官を含めたこの台座は無傷である。咄嗟にスキルで包んで丸ごと転移してみたんだけど…出来ちゃったんだよね。このスキル本当に何なんだろ…いや、助かったけどさ。


えーと、どうしよう。皆を連れて帰って良い?

この場はもう処っ刑~☆なテンションじゃなくなっただろうし…


でもなぁ…何かすっっっっっっごく視線を感じるんだよなぁ…

チラリと彼らを見やる。

うん。とても期待の眼差しで私を見てる。


これはあれか、邪神ムーブを期待されてるのか?ここで?人の心ないの??いや、確かにマジもんの邪神だったらうっはうはでこの混沌を楽しみそうだけど(偏見)。


あぁもう!やるよ!やってやんよ!!任せとけ!!


「これはこれは可哀想に、女神とやらは貴様らを台座程度にしか思っておらんのだな?小さな蟻(我ら)を潰すために他大勢の犠牲も厭わないとは恐れ入る!ははは!!」


どうせ民衆に姿は見えないだろうけど、信者へのパフォーマンスの為に大仰な動きを付ける。

ざわめきが再びピタリと止み、女神像から私のいる方向へと視線が移った。やだ穴開きそう。


「き、さま…誰だ…誰なのだ…!?」

「ふん、この状況でそれを聞くか。実に愚かしいことだな。まあよい、許そう。我は今しがた見せてもらったショーに大変満足したからな。誇るが良い、矮小な者共よ!なんとも気持ち良い悲鳴だったぞ!!ははは!!」


あってる?ねぇ合ってる師匠達???

感謝の印に縞瑪瑙(オニキス)のメダルとかあげた方がいいの??


「さて、我が何者か…だったか?なに、大した者ではない。我はただ可愛い信徒を迎えにきただけの…邪神であるぞ」


息をのむ音が重なって、一瞬この場の酸素がごっそり無くなったかのような錯覚を覚えた。

え、大丈夫??いや大丈夫ではないな??何人か泡吹いて倒れたし…そんなに驚く?


「馬鹿な、神が出向く…だと?」

「愚か者はそちらだよ。憐れな女神の下僕共」


声も顔もひきつらせる異端審問官の呟きを、嘲るようなテノールが踏み潰す。

いつの間にか少年を始め信者達は自ら縄を解き、冷ややかな目で男を民衆を睥睨しているではないか。


取り敢えず私から一言。

君ら縄抜け出来るんかい!!私が出張る必要なかったじゃん!!


「我々の神はね、とてもお優しいんだ。崇拝する者にはその寛大な御心で施しをくださるし…何より、こうしてその尊き御身を我々の前に晒してくださるのだから」


饒舌に語る少年はだんだん表情をドロドロに蕩けさせていき、普段私の前にいるイケメンオブザイヤー殿堂入りも視野に入る顔面国宝に戻っていた。

今日もキャワカッコいいね!!目がヤバいけど!


「それで、女神だったか?貴様らの神は…一体貴様ら信者に何をしてくれるのかな?」


沈黙。え、少年皆の息の根止めた??いつの間にか君もあの黒騎士くんみたいによく分からない力に目覚めてたりする?

…まぁ、満足そうだし…いっか!!

この様子ならもう帰っても良さそうだし。


「さて、邪魔したな小さき者共。我は深き深淵に帰るとしよう。ただ…努々忘れるなよ?」


面倒事が終わるということでテンションが上がった私は、終止符を叩き込んだ(たぶん)少年へのサービスがてら例のスキルをコネコネして…蛸足に似た大量の触手を産み出した。

ぬちぬちと椅子のように折り重なるそれに腰掛け、いかにも神であるかのようにふんぞり返る。


「次このような事があれば…貴様ら全てを狂気と混沌に叩き落としてやろうぞ」


はー、良い仕事した!


その後どうなったか?国が滅んで国が建ったね。うん。

何言ってるか分からない?私だって分からんよ!!!

気付いたら内乱だかなんだか知らないけど民衆がクーデターを起こし、王族貴族がすっぱり首切りされてたんだから。民衆こっわ…



そんな色々と濃い日々を経て、気付けば私は召喚されてから十年を越える時を少年と共にしていた。

何故か全く姿の変わらない私と違って彼はすっかり"可愛い"を脱ぎ捨て、誰もが誰も見惚れるような美しい青年へと進化している。知ってた!


涼やかな目には人を惑わす怪しい狂気をはらんだ琥珀が煌めき、緩くまとめて肩に流された艶やかな黒髪とのコントラストが今日も素晴らしい。ちなみに少し癖っ毛なところは数少ない可愛いポイントである。これテストに出るよ?


すっと通った高めの鼻とやや彫りの深いかんばせは日本人な私から見たら美術館の彫刻のようで、何故彼が展示されていないのか不思議でならない。

この顔面国宝を守るために文化財保護法を早く実装した方がいい。


いやぁ、これが元々ボロ雑巾のような子供だったとは誰も思うまい。

まぁそれに関しては他の面々にも言えるんだけどね。何故か信者の皆って顔面偏差値高いんだよ。

実は邪神教って名前の高級クラブでも目指してる?たぶん東京某所の眠らぬ街でトップ狙えるよ!


さてさて、そんな冗談は置いといて。

始めましてから十数年経過した今、少年もとい青年と私は何をしているのかと言うと…


「法王陛下、こちら我が国で女神教を謳った愚か者のリストです」

「ふん、確認をとるまでもないよ。堕とすか殺せ。それでよろしいですか、我が尊き神よ」

「好きにせよ」

「御意」


なんかヤベー宗教国家のヤベー君主&神になっていた。あ、あのクーデターで滅んだ国の後釜ね。

正直に言おう。どうしてこうなった??

いや、全面的に私のせいなんだろうけど…


「救いの一つも与えぬクセに何が女神なのか。我らの、私の神以外の神など…この世には必要ないよ」

「まったくもってその通りで御座います」


いや、私宗教の多様性というか、その辺ゆるっゆるの国出身だから全然気にしないが??

そもそも偽物…なんてもう口が裂けても言えないところまで来てしまったなぁ…ははは。


供物として盛られた艶やかな果実を一つとり、シャクリと齧る。うーん、見た目は桃だったけど味はりんごだね。異世界って不思議。


「あぁ、今日も私の神は美しい…私の尊きカルディア様(心臓)


次の果実へと手を伸ばそうとしたところで、うっそりと呟かれた声が全身を撫でるように響いた。

おおぅ…毎度彼の声は腰にクる。


歓喜と陶酔と悦楽と盲愛と敬慕と…とにかく甘さと暖かさのある感情全てを混ぜて煮詰めたようなそれは、年々重さと威力を増していく一方なんだよね。

鈍感だとしても声変わりだけが理由じゃないのは丸わかりだ。

私、声で抱かれとるんか?と宇宙背負った事は両手じゃ足りない。


ただ、コレがいきすぎた敬愛なのかマジもんの愛なのか…たぶん向けてきてる本人も良く分かってなさそう。そのままでいいよ。私が色々持たない。


あ、ちなみに名前は彼が勝手に呼んでるだけね。さすがに邪神として日本の女子大学生の名前は名乗れなかったから…

好きにしろと言ったら好きにされた。意外と図太いんだよこの子。


重すぎる感情とどす黒い狂気渦巻く瞳からそっと目をそらし、私は長年演じ続けて己の一部となった邪神の顔で笑った。


「当然だろう?我が愛しき信徒…否、可愛い可愛いアステル(星辰)

「…っ!」


名前を呼ぶだけで絶頂でもしたかのような顔をする。君その顔あまり外でしないでね…

いや、ほとんどの信者が似たり寄ったりな反応するんだけど…やっぱり彼が一番過激だ。さすが王様!ってそれはちゃうやろ。


師匠達…邪神ってこんな感じですかね…

狂信者生産機になっちゃってるんですけど私…


と、その時。コンコンと扉を叩く音がした。


「陛下、我らが神よ。火急の報告が御座いますれば…御前に失礼させていただきたく存じます」


おや、黒騎士くんの声だ。アステルの瞳が私に意見を求めたので、ペロリと唇に残った果汁を舐めとってから口を開く。


「よい。許そう」

「は!失礼致します」


無駄なく、そう決められた機械のようにきっちりした動きで入室したのはやはり黒騎士くんだった。相変わらず感情が家出してる子である。


浅黒い肌に色の抜けた白髪。左目の下から左腕の先まで伸びる名状しがたい模様の刺青。

まだ甘さのある顔付きのアステルと違い相手に冷たさしか与えない細身の青年は、アステルによってブラーキ()という名前を付けられている。


ちなみにこの彼、普通のイケメンに見えて種族が人間じゃない。

いや正確には…人間じゃなくなった、と言った方が正しいかな。


はい。すみません。原因は言わずもがな…私が適当に提案しちゃった"アレ"です。もうホントにごめんねブラーキくん。元は髪も綺麗な青だったらしいんだけど…ホントにごめん。


種族名は《驍ェ逾槭?逵キ螻》。見ての通り文字化けしてて何だかさっぱり分からないナニカである。取り敢えず単騎で隣の軍国一つ落とせるナニカである。ちょっかいだした方が悪いね。


「何事かな、ブラーキ」

「それが…聖王国で勇者と聖女が召喚されたそうです」

「ほう、とうとう女神とやらが動き出したか」


この世界について知ってることは少ないけど、勇者と聖女が女神の力を与えられた御使いだという話は知ってる。

加護ではなく、力。その違いは比べるまでもない。


なんてこったい。今まで女神さんが何もアクション起こさないから好き勝手やってたけど…いよいよってことか。


やだなぁ…女神さんに怒られるのかなぁ…怒られるよなぁ…どうしよう。

私シバかれたくないし、ここは一つ平和的に話し合いで…


「いかが致します、法王陛下」

「消す」


済むわけないよねー知ってたー(血涙)!!

即答はないでしょ即答は!!

私が口を挟む余裕もなかったよ!!


「ふむ、研究所の連中が黒山羊達のエサを欲していたね…子供の肉は須くそいつらの供物にしてやろう。可愛い仔山羊を飢えさせるのは可哀想だからね。年寄りは…うん、せめてもの慈悲で狂海地域に送ろうか。夢の中で狂い果てることができるのだから幸せだよね。使えそうな連中は針の湖で洗脳でもして敵に返してあげれば…ふは、あぁ、美味しい混沌が生まれそうだ!歓びの悲鳴が今にも聞こえてきそうだよ!まぁそもそも、我らが崇高なる神を見ても正気でいられたらの話だけどね!」


あぁまったく、どこでやらかしたかなぁ…

彼…私がアステル(星辰)と名付けた可愛い子。

その精神は…どっかで大事なネジを落としたらしく完全にイカれてしまっていた。わぁ、かっぴらいたお目々が今日もぐるぐるだねぇ…こっわ…


ちなみに、国の乗っ取り以降私の姿は誰にでも見せられるようになったんだけど…どうしてか信者以外で私の姿を見た連中は泡吹いて白目剥いたり、よく分からない言葉を延々と喋り続けるようになったり、狂信者にすってんころりんしたり…取り敢えず人格というか精神が死ぬ。


いや、とっても邪神っぽいけどさ(偏見)…私実際はただの人間だし、そんな力あるわけがないのよ。

え、つまり私は精神崩壊起こすほど酷い面…ってことかい?わーお、お姉さん、ショックだぞ☆

…寝込みそう。


「何にせよ、勇者を呼んだ時点で聖王国は我々に剣を向けたことになる。あぁ、なんと嘆かわしい!しかし我が神よ、御安心くださいませ。我々が必ずやこの地を…あなた様の御前をお守り致します」


つまりは戦争、か。宗教戦争とでも言うのかな…普通に嫌だ。

再三言うが私は平和主義なのだ。

止めたい。何としてでも止めたい。


…けど、確執の根本が互いに譲れないものである以上、先伸ばしにしたところでいつか必ずぶつかってしまうんだろうな。難しすぎるぞこの問題は。


邪神教は…この国は、確かに強いのだと思う。周辺の国を尽く潰せるくらいにはね。

けれど、聖王国は大きさも軍事力もレベルが違う。ここが邪神のお膝元ならあちらは女神のお膝元…この世界の中心ともとれる国なのだ。


これまでの様にいくとは正直思えないよね。

当然心配に決まってる。国の行く末じゃなく信者達が、だ。

邪神らしくない?バカ言え、邪神にも母性があるんだぞ。そうだよね、師匠達。


でも私は…神に祈れないから。


「良いだろう。貴様の全てを赦してやる。その代わり、今の言葉…違えるでないぞ。もし忌々しい光りなぞにここを焼かれでもしたら…貴様ら全ての魂を深淵に引きずり込んでくれる」

「は!お任せください!」


彼らを信じることしか出来ないのだ。



まぁ、結局…上手くはいかないんだけどね。


争いが勃発したのはあれから程なくして。

聖王国がこちらへ攻め込んできたのがきっかけだ。


邪神教は元々汚染街の学が乏しい者達が集まった集団だ。

いくら後から知識を詰め込んだところで所詮は独学。


国の経営、軍の運用、補給物資、戦略、根回し、その他諸々…

それらをずっと繋いできた歴史ある大国には、さすがに届きはしなかった。


そりゃそうだよね。だって私達のコレは…ごっこ遊びの延長だったのだから。


でも、まぁ安心してほしい。激しい戦にも関わらず、これでも信者は一人も失われてない。

凄くない?私は今ちょっっっっとだけ自分を褒めたい気分だよ!グッジョブ私!!


何をしたかと言えば答えはシンプル。事前に信者達へスキルを使っといただけだ。

アレね、文字化けしてるブヨブヨのやつ。


あれを皆の体にこう、ちゅっと入れといた。

正直見た目的にちょっと…いやかなり抵抗あったけど、まぁ許せ☆

確実な発動の為に必要だったのだ。


十年以上付き合っていればさすがに、文字化けしてようとあのスキルがどんなものかはわかってくる。

あれってどうやら私や信者の願いにある程度添った結果をもたらしてくれるナニカみたいなんだよね。

方向性を指定できるゆびを○るとかパル○ンテみたいな感じ。


だから私はこう願っといた。

死に至る損傷があった場合、速やかに神殿地下深く…私の転移でしか行けないくらいの深淵に作った空間へ宿主を転送し、そのまま回復を行うべし、ってね


いやぁ、成功してるみたいで良かった。

これで後は…


「アステル!!!」

「…ぇ?」


勇者と切り結んでいた彼に迫った聖女の弓に気付いた私は、迷わずその立派に育った体を押し飛ばした。


体を貫く剣と弓矢。

うっわ、いっっっっっってぇ!!!

生理痛以上の痛みにはほとんど無縁な体はすぐに意識を飛ばしそうになったけど、視界の端で呆然としている彼を認識して何とか踏ん張る。


「かみ、さま…?」


あぁもう、そんな顔されると困るなぁ。

体はすっかり大きくなったくせに…君はまだまだ甘えん坊なんだからさ。


分かってたことなんだ。いつかは、って。

女神しかいなかったこの世界にこの争いを招いたのは私。

これは私が始めたウソが招いた末路だ。

この混沌は正しく私が生んでしまったものだ。

だから、だから…


私が、責任を取らなければいけない。


「アス、テル」

「かみさま、かみさま…かみさまかみさまかみさま、かみさまっ!?あ、ぁ、ああぁう、ぁ…っああ!!」

「我は、十分貴様に楽しませてもらった」

「そんな、いやだ、いやです、かみさま、ぼく、ぼくは、まだ…まだ、ねがいごと…っ!まだ、いやだ!」


召喚なんてわけわかめな事に巻き込まれたけど…彼と過ごした日々は、楽しかった。

ちょーーーーーーっと色々ありすぎなくらい濃かったけどね!


だから、ねぇ、聞いて。

"私"の、嘘じゃない本当の言葉。


「君のかみさまで、よかった」


戦火の中。

更に二つ、三つと光が私を貫いて、赤い血が舞って…


……値チェック、ファ……ル……


意識の最後に、彼の悲鳴と人のものとは思えないおぞましい声が重なって響いた。



「…ん?」


目を焼く朝日に意識を浮上させる。

けたたましく鳴るスマホの目覚ましがいやに懐かしい。

なんだっけ、この歌、どっかのアイドルの…


ん???


おかしくない?何で異世界にアイドルの歌…?海外どころかこっちまで進出してきた…?スゴイネ???

って、んなわけあるかぁぁぁ!!!は?というかスマホの目覚まし??スマホ!?


ガバッと立ち上がろうとして机をひっくり返す。打ち付けた膝の痛みが、私に現実を突きつけた。

その拍子に転がり落ちる四角いそれ。今だイケイケな音楽を吐き出すそれは、間違いなく私のスマホだった。画面割れてるのがチャームポイントだぞ☆


見慣れた、けれどとても懐かしい部屋。

私の部屋だ。地球の、日本の、私の部屋。


「か、えって…きた?」


体は…痛くない。いや、今盛大にぶつけた膝は痛いけどそうではなく。

剣や弓で貫かれた跡なんか当たり前に無くて、草臥れたジャージには血の一滴も滲んでない。


でも、過ごした月日は確かに記憶に存在している。夢なんかじゃなかった筈だ。

だって最後の剣と弓べらぼうに痛かったからな??あれが夢でたまるか!


「はー…異世界って…不思議」


すきま風のように過ぎる寂しさと、焼き付いて離れないアステルの絶望。

それらから目を背けるように軽口を呟いた。


彼はどうなっただろう。

私のスキルが生きていれば死だけは免れた筈だけど…

もしかしたらそれは、より辛い明日を与えてしまっただけだったかもしれない。


希望だなんだと歌う歌詞が今ばかりは鬱陶しくて、目覚ましを止めるべくスマホに手を伸ばす。

と、画面に張り付く日付に目が止まった。


「こっちの時間、もしやほとんど進んでない…?」


日付はあの、寝落ちした日と同じ。

あれ?それってつまり…


ピコンとメッセージアプリが鳴る。

誰だっけと一瞬考え、その送り主が友人だったことを思い出しながら開いてみれば…


〔おはー、論文終わった?〕

「いや、論文の内容なんて覚えてねーーーーーよ!!!!」


叩きつけたスマホは大破した。



ゆるさない。

ゆるさない。


狂った青年の叫びに呼応して、ナニカが世界に滲み出た。


よくも私の神を、

我らの末っ子を、


人々は正気の最後に理解する。

触れてはならないものに触れたのだ、と。


あぁはやくあの方を、

あぁはやくあの子を、


取り戻さなくては!!!



あれからどうなったか?

紆余曲折を経て大学を出た私は、当初の予定通り公務員として働いている。

あいにくこちらには神という職業はないからね。うん。あるとしたらヤベェ宗教団体か詐欺である。


今日も今日とて定時に上がり、まだ明るい事を言い訳に普段通らない道を探索してみる。

就職と共に越してきたこの街にはまだ慣れていないから、目に映る店がいちいち新鮮だ。


雰囲気の良さそうなバー。アダルトな気配漂うレンタルショップ。寂れた商店。ちょっと年齢層高そうな服屋。途中CMでみたことのある質屋とか見慣れたコンビニを見つけて、不思議な安心感を楽しむ。


あぁ、散歩は好きだ。

あの頃を思い出す。


何とか元の生活を取り戻した私だけど、未だにあちらでの思い出を引き摺っていた。

ん?具体的にはって?「すみません、あの…」と声をかけられて「よい、許す。我に何用だ」と返した私の黒歴史聞く??

危惧した通りだったよこんちくしょー!!


他にも桃齧ってリンゴ味じゃない!と叫んじゃったり、黒いぶよぶよスライム持ち歩いてたりetc.…


おかげで私は完全に不思議ちゃん…いや、ヤベェ奴だと思われる羽目になったよ。

デスクにそっと置かれてた精神科が有名な病院のパンフは破り捨てましたが、何か?

あれやったのだぁれ?まだ私は犯人探してるぞ☆


さぁて、そろそろ帰ろうかな。

明日も仕事だし…


「っと」

「わ、すみません!」


路地で彷徨く猫を見送っていると、不意に誰かにぶつかってしまった。いけない、余所見しちゃってたわ。

ぼうっとしてばっかでダメダメだな、私。


しかし、ぶつかっておいて何だがずいぶん体幹の強いお人だ。びくともしなかった。

この細身に見えるだぼだぼなローブの向こうにはさぞ立派なマッスルが隠されてるに違いない!なるほどこれが細マッチョ!!

いや、落ち着け私。変態か。


ところで、ぽーんと吹っ飛びかけた私を支えてくれたのはありがたいけど…いつまで掴んでいらっしゃる??離すどころかどんどん力強くなってない?

もしや貴様が変態か!?


「ミツケタ」

「え?」


軋むような声に顔を上げた私は、フードの奥に星空を見た。



うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


「っは!?え、うるさ!?!?」


地を突き上げるような歓声に飛び起きる。

スマホめ、なんちゅう目覚まし音で人を起こしやがる…!

朝っぱらからそんな暑苦しそうな音で起きる趣味はないぞ!!


未だに続くそれに頭を揺らされてるのか何なのか、安定しない意識の中でスマホのあんちくしょうを探す。

腕を突っ張ってふらつく体を起こし、いつもスマホを置いている辺りに頼りなく片手を彷徨わせたが…いない。


はて、いつぞやのように寝ながらどっか投げたか?それともローテーブルに置いたっけ?

昨日の夜、私はどこに…


はて?きのうの、よる?わたしは、たしか、しごとがえりに、さんぽして、それで…いつ、かえった?


ふわふわした頭が疑問に辿り着くと、急速に意識が覚醒していく。それに気をとられて体を支えていた腕からカクンと力が抜けた。

やべ、顔面から落ちるやつだ…!


「危ないですよ」


けれど私の危惧は真にならず、落ちかけた体は逞しい何かに抱き止められる。

うへぇ、何このどえれぇ安定感…私は羽だった??


「まだ本調子ではないでしょう。無理はなさらないでください」


本調子とは?確かに体は自分のか疑わしいくらい動かし難いけど…

私知らないうちに風邪とか引いてた?

まさか散歩の途中から記憶がぶっつり切れてるのは、ぶっ倒れたからか?


で、このイケボの主に拾われたと?は?そんな急展開ある??

いや、あったわ…もっと凄い急展開…


取り敢えずお礼を言わねば。

ついでに顔と職業と恋人の有無をチェックして…


って、ちょっと待て。冷静に考えるとこの声…私知ってるぞ?

忘れる筈もない。あれだけ抱かれた(語弊)からな!!

そうじゃなくとも忘れるものか。可愛い可愛い…あの子の声を。


「あ、す…てる…?」

「っ!!!」


おお、変わってないなぁその…名前を呼んだだけで絶頂したような顔するの。

うふふ、これは夢かしら~?とベタな想像をしようとして、ギシリと体が軋んだような痛みがそれを秒でぶち壊した。


「かみさま、かみさまかみさまかみさまかみさま!!」

「いだだだだだだだだ!!!ちょ、潰れる!!!」

「かみさまが僕の腕の中にいるかみさまがいるかみさまがかみさまが」

「えぇい!話を聞かんか愚か者!!!」


離れろ!と強く思い浮かべながら叫んだ瞬間、万力の如く私を締め上げていた彼の体が易々と吹っ飛ぶ。

え?は?何故に??今触ってもいないのにこう、ぶわっと…うーん??今の力なぁに~???


心の幼女が不思議ね~?と首をかしげている間に、すぐさま復活したアステルが戻ってきて跪く。


「申し訳ありません、つい、その、抑えきれなくて…」


ベッドではなく地べたにいるみたいだから、座った私と跪く彼では彼の頭の方が高い。

けれど必死に体を丸めて上目遣いをするその健気さはあの日初めて出会った時と変わらなくて…

あぁもう、混乱してるのに…可愛いこの子に言葉をあげなくてはという使命感が先に来る。


「よい、許す」

「ありがとうございます!」

「それはそれとして、状況の説明をせよ」

「は!我が神、この度は貴女様を…再召喚させていただきました」

「は???」

「今度は供物もきちんとしたものを用意して、()()()貴女様をお呼びしたのです」


"正式"に呼んだってなぁに~?

とか言ってる場合じゃねぇべ!ちょっと幼女は引っ込んでてお菓子あげるから!


今この子、再召喚って言った?言ったね?

いや目の前にアステルがいる時点でファイナルアンサーなんだろうけど、つまりここって…

ブリキ玩具よろしくギギギ…と首を回してみれば、いるわいるわ見知った信者達。


「邪神様がお目覚めになられたぞ!!」

「「「邪神様!邪神様!」」」

「あぁ!邪神様!!良かった!良かった!!」

「「「おかえりなさいませ!!!」」」

「「「邪神様万歳!邪神様万歳!」」」


なんだこれサバトか???ヤベェ集会なのは確かだ。

ついでにあの異世界なのも確かだ。

というか、目覚めの歓声はお前らかよ!!


「我が神よ、前回は無知な私めのせいで貴女様を中途半端に呼んでしまったのだと聞き及びました。だから女神ごときの力で強制帰還なさってしまったのだと…どれ程の言葉を尽くしてもこの後悔を表すには足りません」


中途半端…?あぁ、そういえば召喚された当初は私幽霊みたいに半透明だったっけ。

信者以外には姿が見えなかったのも私の存在が世界にとって曖昧だったからなのかな。

いると思えばいる(信じれば見える)いないと思えばいない(信じなければ見えない)的な。

だから影響力が増すにつれて多くの人に見えるようになっていった訳ね。把握。


って、問題はそこじゃない。


「…それを、誰に聞いた?」

「?貴女様の兄や従姉妹や祖父や師だと名乗る邪神様方からですが」


はぇ~?私に兄はいねぇなぁ~??

そもそも血縁に邪神やってる人なんていないのよ。当たり前だわ。

師、は…まぁ心当たりあるようなないような…いや、けど、そんなまさか…だって勝手にそう呼んでいただけであってだね…??


「我が神よ、本当に…本当に申し訳ありませんでした。貴女様に要らぬ苦痛を強いてしまったなど、信者失格です。追放でも首切りでも、如何様な罰でも甘んじて受ける覚悟でございます」


え、いや、そんな信者失格とか首切りとか重くない?

むしろ私…君にいなくなられたら困るんだけど。

出来るのならば己の心臓を握り潰しているだろうくらいに胸元の服をしわくちゃにしているアステルに焦りを覚える。


目が、ヤバい。

元々ヤバいけど…いつもの狂気とはなんか一味違う。一歩踏み間違えたら戻ってこなそうなレベルの危うさだ。

何てこった。邪神と呼ばれている私がダイスを振らなきゃいけないのかこれ。クソゲーかよ!


取り敢えず落ち着かせねば。

私はそっと気合いを入れながら、一度は脱ぎ捨てた邪神の皮をしっかりと被り直した。


「…よい。貴様は再び我を呼んだ。我を求めた。その信仰心と…そうさな、これからの献身をもって不問としてやる」

「そんな…!それでは私の気が済みません!」

「アステル、貴様はもう忘れたのか?我は我を崇める者には寛大なのだぞ」

「あ……そ、れは…覚えて、おります…当然。我らは、そんな貴女様に…救われたのですから」

「ふん、ならば話は終いだ。果てるまで我に尽くせ。それが罰だ」

「…っ拝命、いたしました…っ!ありがとう、ございます…っ、ありがとうございます!!」


成功!きっとクリティカル!私はやり遂げたよ師匠達!!


「時に、アステルよ。此度我を呼び出した供物とは何なのだ?」

「聖王国丸ごとと、勇者、聖女、女神の眷属に、おまけで邪神様の兄君が捻り切った女神の一部でございます」


…なんて?なんて!?

今盛大に自分の方でダイス失敗した気がするんだけど!!?


聖王国、勇者、聖女、眷属は百歩譲って目を瞑るとして、女神の一部ぅ!?

このお馬鹿!!なんちゅーどヤバいもの使ってやがる!特に最後!!供物に神様そのものを使うんじゃない!!おまけすんな!!!


ちょ、待てよ…それで呼ばれた私って一体…


嫌な予感をひしひしと感じながら自分のステータスに目を向けてみる。

種族…《邪神》!?

うっそやろマジもんにされとる!!!

この前までは《人間?》だったのに!!

ハテナついてても辛うじて人間だったのに!!


オラ、完っ全な邪神になっちまったぞ☆

とか言ってる場合か!!


「改めまして、お帰りなさいませ…私の最愛(かみさま)


あぁもう、お前…なんて顔をするんだ。

とうとう自分の感情自覚しやがったなちくしょうめ。


あれからこちらもいくらか時が過ぎたんだろう。すっかり大人の顔つきになったお前がそんな甘く蕩けた顔をしていたら…頑なに開かないようにしていた扉が開いちゃうじゃないか。


そもそもこんな顔面国宝にこんなもの(ゴリゴリの愛情)向けられたら、誰だって勝てやしないだろう!


私だって、私だってなぁ!お前のことが…!!


「…ただいま。我が信徒(最愛)


大好きだわばーか!!!

そうじゃなきゃあんな馬鹿げた嘘を突き通すものかってんだ!


もうどうにでもなーれ☆


尚、この後私はスキル植え付けたせいで信者達が皆人外化していたと知って白目剥いたし、兄弟を名乗るナニカによって魔神という種族を与えられていたらしいアステルにプロポーズされて倒れた。行動が早いんだよ殺す気か。


世界の皆様ごめんなさい。

私のウソは…この世にヤベェものを産み落としてしまったようです。


こうしてこの異世界も、数ある打倒魔王!を目指す系の物語の一舞台として想像と創作の海に浮かぶことになったのだ。

そのうちきっと、異世界転生とか来るんだろうね。私知ってる。


まぁその時はどうか、邪神の狂気と嘘に気を付けて!レッツエンジョイ!なんてね!



少しの捕捉


主人公の兄その他色々を名乗ってたのは結局ナニ?

→三千世界の邪神の皆様。

地球産もその他異世界産もいる。

人気がなくて数百年新しい邪神が産まれなかったところに主人公ちゃんが片足突っ込んできたので、末っ子を逃がしてなるものかと過保護になった。


戦はどうなったの?

→発狂したアステルくんと人外化した信者と激おこの邪神VS女神とその眷属色々による全面戦争になりました。神龍やら天使やら黒山羊やら猟犬やらが入り乱れた神話大戦でしたが、幸か不幸か主人公ちゃんがその真実を知ることはありません。


アステルくんはなんで魔神になったの?

→発狂でタガが外れた勢いと女神に勝利した高揚のまま妹さんをくださいと邪神ズにお願いしたら、よわっちい人間になんてあーげない!と言われたのでじゃあ人間辞めます!と種族変えてもらった。これでずっといっしょ!



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