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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-1 狐仙妃、後宮の結界に囚われる
3/71

3 下女、身代わりになる

 翌日、魅音は願い出て、県令夫妻と翠蘭に話を聞いてもらった。

「申し訳ありません、昨日のお話が、耳に入ってしまいました」

「ああ……いや、あれだけ大きな声で話していたのだから仕方ない」

 県令は鷹揚に許したが、魅音はさらに言う。

「それで、あの……誰かが行かなくてはならないのであれば、私が、お嬢さんの身代わりになるのは、どうかと思うのですが」

「魅音が? 身代わりに?」

 県令の妻は、戸惑っているようだ。

「何を言ってるの、聞いていたのでしょう? 後宮に行ったら恐ろしい目に遭うかもしれないと、そういう話をしていたのですよ。あなたはそれでも行きたいと?」

「まさか、魅音」

 翠蘭は眉を顰める。

「そんなに、うちでの暮らしが不満なの? 後宮で一発逆転、陛下の目に止まるかも……って夢みるくらいに?」

「ち、違います、逆です!」

 魅音は急いで言う。

「身よりのない私を引き取っていただき、お嬢さんにも優しくしていただき、心から感謝しておりました。いつか恩返しをしたいと思っていたので、身代わりになりたいのです。もちろん、救っていただいた命を粗末にするつもりはございません。仮病を、使ったらどうかと」

「仮病?」

「はい。私がお嬢さんのフリをして後宮に入り、そして時期を見計らって、もうとにかくすっごく体調が悪いフリをするんです。そうしたら、(さと)に返されるでしょう? 私、ここに戻って来れます。それまでの間くらいなら、何か恐ろしいことがあっても我慢します。私、お嬢さんほど賢くないですけど、すぐに体調を崩せばごまかせると思いますし」

 県令は眉を顰める。

「しかし仮病などと、後宮の医官に見抜かれるのでは」

「何でもしますっ。寝ないとか、食べないとかしていれば本当に体調は崩れるでしょうし、わざと吐くくらいできますし」

 熱意を込めて、魅音は続けた。

「いったん郷に帰されれば、もう呼ばれることはないと思うのです。そして、病気が治ったことにすれば、本物のお嬢さんはお婿様を迎えることができます」

 そして引き続き、翠蘭も、翠蘭の子も老師から学ぶだろうから、魅音も学び続けられる、という寸法である。

 魅音は上目遣いで聞いた。

「いかがでしょうか?」

 県令夫妻は顔を見合わせ、そして話し合いを始めた。

 その間に、翠蘭が魅音に近寄ってきた。ぼそっ、とささやく。

「……悪かったわ。ホントに、私のために申し出てくれたのね。私は魅音とずっと一緒のつもりだったから、行っちゃうって思ったら何だか……寂しくて」

「ちょっとの間だけです、ちゃんとお嬢さんのところに帰ってきます! だいたい、私が陛下の目に止まるなんてあり得ませんから」

 魅音は笑い交じりに言い切ったけれど、翠蘭はツンとそっぽを向きながらつぶやく。

「バカね、自分じゃわからないのかしら。魅音って結構……可愛いのに」

(あら、私のこと、そんなふうに)

 翠蘭のこういうところが、魅音はますます可愛いと思うのだ。


 そしてついに、県令夫妻は魅音を、翠蘭の身代わりとして後宮に送ることに決めたのだった。


 出発の日。

 魅音は翠蘭の襦裙(じゅくん)を身にまとい、良家の娘っぽく化粧をする。元々、翠蘭はタレ目、魅音は吊り目というところ以外、二人は背格好が似ているのだ。しかも、後宮に翠蘭の顔を知っている人物などいないので、狐仙の力で翠蘭に化けるまでもない。

「なんか、化粧、うまいのね」

 翠蘭に感心されて、魅音はちょっと焦りつつ「み、見よう見まねです」とごまかした。

(二百年の年の功ってやつよ! 人間の観察だってしてたもの!)

 翠蘭は心配そうに言った。

「魅音、本当にまずそうだったら、時期を見計らって……なんて悠長なことしてないで、すぐに病気のフリをして帰ってくるのよ。絶対よ」

「お嬢さん……そんなに心配して下さるなんて」

「べ、別にあなただけのことじゃなくてっ、『陶翠蘭』が呪い殺されたら本物の私が困るでしょ! いいから気をつけなさい!」

 しかし、魅音には絶対にうまく行くという自信があった。

 にっこりと、笑ってみせる。

「はい。とにかく、私もここに絶対に戻ってきたいので、頑張りますね。行って参ります!」


 魅音の暮らしていた県は、照帝国の都・天昌から馬車で数日の距離だ。後宮入りは公の職務なので、旅には街道沿いの駅を利用できる。無料で宿泊したり、食事をしたりできるのだ。

 その途中、後宮にまつわる噂を聞いた。

「後宮は、死んだ妃たちの幽鬼や鬼火がちょいちょい現れるんだってな」

「いや、陛下が大々的な鎮魂の儀式を行ってからは、落ち着いたらしい」

「我が国の方術士たちは、死者にはとりわけ手厚いからな」

 魅音は聞くともなしに聞きながら、思う。

(ふーん、鎮魂の儀式をやったのか。対症療法で終わらなければいいけどね。ま、行ってみればわかるか)


 駅を辿って旅をし、明日は天昌に到着するという日の夜。

 魅音は一人、宿の裏庭に出た。

 早春の冷たい空気の中、ほんのりと梅の香が漂う。見上げれば、夜空は星屑の海だ。北斗七星がくっきりと、空に描かれている。

 魅音は胸の前で、握った拳を交差させると、両手の人差し指と中指を揃えて伸ばした。

「北斗星君の名の下に。我が身よ、偽りの姿を宿せ!」

 ふわっ、と、風が身体を取り巻いて、すぐに消えた。

 魅音は手を開くと、そっと胸元を開いてみる。

 左の胸に、青緑色のアザができていた。これは今、彼女が望んで現れるようにしたものだ。このくらいの変身なら簡単である。

(仮病がばれるんじゃないかって県令夫妻は心配していたけど、こうやって病人に変身すればいいんだから、簡単、簡単。わざわざ具合が悪そうなフリをしなくても、これで十分でしょ。だって、こんな肌をした妃なんて、皇帝陛下は手をつけないでしょうし)

 翠蘭に「陛下の目に留まることなどない」と言い切ることができたのも、この術を使うつもりだったからだ。

 胸元を直しながら、魅音はほくそ笑む。

(妃の一人として行くんだから、きっと宮女が私の世話をしてくれるはず。うまく機会を作って、宮女にこのアザを目撃させよう。医官を呼んで調べさせても、原因はわかりっこない。アザは、日を追うごとにじわじわと増やしていこう!)

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