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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-3 狐仙妃と、蝶の耳飾りに宿るもの
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16 耳飾りの怨霊の正体

 後宮に帰りついた時には、わずかに残照が空の端を染めるばかりで、すでに一番星が瞬き始めていた。

 花籃宮の内院はもうすっかり暗くなっていて、いくつかの吊り灯籠に火が入っている。正房の裏手にある厨房からは煮炊きの煙が上がっていたけれど、とても静かだ。

 魅音は白狐から元の自分の姿に戻ると、すぐに回廊に駆け上がった。青霞の部屋の戸を叩く。

「青霞、いる? ちょっといい?」

 しかし、返事はない。

「開けるわよ」

 一応断ってから、魅音は戸を引いた。中を覗き込む。

「……!」

 青霞は、灯りも点さず、一人静かに椅子に腰かけていた。

 その手に、小刀が握られている。魅音が開けた戸から入った灯籠の灯りが、きらり、とそれに反射した。

 そのまま、青霞は小刀を自分の首に――

「待ったー!」

 駆け寄った魅音は、バシッ、と青霞の手首を横にひっぱたいた。小刀が手を離れ、部屋の隅まで飛んでいく。

 魅音は、懐から霊符に包んだ耳飾りを取り出すと、青霞の額に叩きつけた。

「元の身体に戻れ!」

 いきなり、甲高い悲鳴が響いた。

 耳飾りから靄が吹き出し、青霞の背後で人の姿になった。影のようなその姿もまた、青霞の姿をしている。まるで、そこに青霞が二人いるように見えた。

(やっぱり!)

 影の青霞はしばらく身もだえしていたけれど、やがてまた靄になり、椅子に座っている青霞の身体に吸い込まれていった。

「青霞! 青霞、起きて」

 魅音は彼女の頬を軽く叩く。

 すると、青霞がうっすらと目を開いた。

「……翠蘭……?」

 彼女は瞬き、そしてあたりを見回す。

「私……あれ? 今、誰か……痛た、いったぁ、おでこ……」

「青霞、よく聞いて」

 魅音は噛んで含めるように言い聞かせた。

「耳飾りのことなんだけどね? 文晶妃の怨念なんて、憑いてなかったの」

「え? だって魅音が、耳飾りに文晶様の怨霊が、って」

「ごめん、全然違ったわ」

 魅音はスパッと謝り、続ける。

「たった今、はっきりわかった。夜に彷徨っていた青霞は、あなたが覚えている、傷ついていた時の文晶妃。過去の文晶妃の姿を、あなたが再現していたの」

「……どういうこと?」

「耳飾りを見るたび、あなたは当時の文晶妃の様子を思い出して、後悔してたんでしょ?」

「ええ……そう、そうね」

「そのあなたの念が生霊になって、自分を罰してたんだよ。牡丹宮で二度目の盗みを働いたのも、その生霊だったんじゃないかな」

「私が、自分で……⁉」

 青霞は目を見開いた。しかし、すぐにうつむく。

「……そうだとしても、文晶様が傷ついたことに変わりはないわ。今もお辛い思いを……」

「あっ、ハイこれ」

 魅音は懐から、手紙を取り出す。

「えーと、ちょうど文晶様から後宮に届いてたものでーす」

 さすがに、今日一日で尼寺に行って書いてもらってきた、とは言えない。

「へ? ちょうど手紙が来た……って?」

 さすがに混乱しつつも、青霞はとにかくそれを受け取り、開いた。

 手紙には、文晶が侍女たちに向けて書いた、詫びと感謝が綴られている。今、寺で穏やかに、子どもたちと暮らしていることも。

「ああ、文晶様……!」

 手紙を抱きしめた青霞の表情が、ふわり、と柔らかくなった。

 同時に、薄暗い部屋の中、青霞の身体が一瞬内側から光を放ち、そしてゆっくりと消えた。

(あ。今、生霊が完全に、青霞の身体に戻った)

 ホッとした魅音は思わず、青霞の膝にすがるようにして床に座り込み、大きなため息をついた。

「あーーーー、よかった」

「わ、翠蘭、大丈夫? あの、あなた、結局今日は何をしていたの? 耳飾りを預かると言ったきり、姿が見えなくて」

「えっ、あっ、何にも? ちょっとその辺をぶらぶらしてただけ。耳飾りありがとうね、お祓いしないとね」

 へへっ、と魅音が笑ってごまかしていると、戸をトントンと叩く音がした。

「青霞様、お食事のお時間です。……あら?」

 戸が開いて、雨桐が顔を出し、魅音に気づいて目を丸くする。

「翠蘭様、こちらにいらっしゃったんですか⁉ お戻りになられたなら声をかけて下されば」

「あ、ごめんごめん! ご飯? 私のご飯もあるよね? 部屋に戻るからちょうだい、もうめちゃくちゃ腹ペコでお腹と背中がくっつきそう! 卵焼きもつけてね!」

 魅音は元気よく立ち上がり、「じゃあね青霞!」と手を振って部屋を出た。

 自室に戻り、長椅子にぐったりと座り込む。

「あー、疲れたぁー」

 そしてふと、思った。

(……それにしても。青霞はずーっと後悔していたんだろうに、どうして今? 一昨日の夜になってから、何をきっかけに、生霊があんなふうに動き出したんだろう?)


 しばらくして、魅音が戻ったと聞きつけた昴宇がやってきた。

 食後のお茶を飲みながら、魅音は今日の顛末を話して聞かせる。すると昴宇は、疑問が晴れた、といったすっきりした表情になった。

「道理で、耳飾りから感じる念が弱いと思っていたら。他者への害を引き起こす怨霊ではなかったわけですか」

「うん、びっくりだよね。噂話以外で初めて怪異が起こったと思ったら、生霊よ生霊」

「いや、あの、怪異は初めてではありませんからね? 鬼火が出てますからね?」

「人が死んだ場所で鬼火が出るのなんか、当たり前すぎて」

 数に数えていない魅音に、昴宇は少々呆れた。

「いい度胸してますね」

「褒めるな褒めるな」

「褒めてません。とにかく、他にも不幸な目に遭った妃はおいでですし、その周辺をちょっと調べてみた方がいいかもしれませんね」

「そうね。ところで、蝶の耳飾りはどうしたらいい? 青霞が盗んだみたいになっちゃってるけど、誰も気づいてないし」

 結局持ってきてしまった耳飾りを見せると、昴宇はすぐに答えた。

「今になって後宮内で見つかった、ということにして、太常寺に保管しましょう。他の縁起が悪い品と一緒にね。陛下にも、そういうことで各所に話をつけてもらいます」

(へぇ?)

 ふと、魅音は思う。

(陛下って結構、昴宇の言うことなら何でも聞いてくれるのかな。そんな言い回しだったよね。ずいぶん気に入られてるんだな)

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