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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-3 狐仙妃と、蝶の耳飾りに宿るもの
13/71

13 月夜に現れた女

 その夜。

 魅音が眠りについて、まもなくの頃だった。

(……ん?)

 何か聞こえた気がして、魅音はふわっと眠りの淵から浮上した。

(人の声……?)

 女の声のようだ。ぼそぼそと、外から聞こえてくる。時折、すすり泣きが混じった。

(もー。夜中に独り言とか迷惑ー、やめてよね)

 そう思いながら寝直そうとして、あ、と目を開き起き上がる。

(いかんいかん、幽鬼かもしれないのか。確かめないと)

 人ならざるものに慣れ過ぎているのも考えものである。

 寝台から降りた魅音は、布のくつに足を入れた。寝間着のまま静かに戸を押し開けると、外廊下に出てみる。

 内院には月明りが射し込み、ぼんやりと明るい。

 その内院を、ゆらゆら、ふらふらと横切っていく人影がある。

 やはり寝間着姿のそれば、青霞だった。おぼつかない足取りで、よく見れば裸足だ。冷たい石畳の上を、ぺた、ぺたと歩いていく。

(寝ぼけてるの……?)

 確かめようと見つめる魅音の前で、青霞は口を開く。

『私はやってない……嫌よ、後宮を出たくない』

 魅音は眉を顰めた。

(青霞の声じゃ、ない)

 青霞の口から、青霞よりも高い女の声が、つらつらと漏れ出す。

『盗んでなど……おりません……本当です……私にはお役目が。子を産むお役目が。どうかお情けを……嫌、追い出さないで、私は何もしてない、まだ何も、何も、何も』

 魅音は外廊下から内院に降りると、スタスタと青霞に近づいた。彼女の前に回り込む。

「はい、こっち見て」

『…………』

 ゆっくりと、彼女は顔を上げた。その顔からは、表情が抜け落ちてしまっている。

『……なに?』

 そう言った青霞の耳元で、何かが揺れた。

 耳飾りだ。昼間、青霞が落としてすぐにしまいこんだ蝶の耳飾りが、片方だけ彼女の耳で揺れている。

 魅音はゆっくりと聞き返した。

「あなたは、誰なの?」

『私は……文晶。高文晶』

 つぶやいた青霞は、微笑む。

『私、妃として、陛下のお子を産むの』

「そう。その蝶の耳飾りは、あなたの?」

『……みみ、かざり』

 しゃっくりのような音が喉から漏れた直後、青霞の声が割れ始めた。

『違う違う違うっ、私のじゃない、私じゃない!』

 いきなり青霞は、自分の顔の左側を両手で掴むような勢いで触った。耳飾りを探り当てると、必死で外そうとする。

『盗んでなんかいない、私じゃないのに、ひどいわ、どうして、誰が』

 魅音は手を伸ばし、青霞の両手を押さえた。

「そんなに力任せにしたら、耳がちぎれてしまう。待ちなさい、外してあげるから」

『……あ……』

 青霞はボーッとした目で魅音を見つめ――

 ――ふっ、と身体から力が抜けたかと思うと、倒れかかって来た。魅音は素早く彼女を支え、一緒にしゃがみ込むようにして石畳に座らせる。

 その拍子に、耳飾りが魅音の胸元に触れた。

(あ。触ってやっとわかった、この耳飾りって何か憑いてる)

 魅音の目が赤く光り、にょき、と頭に狐の耳が生えた。口からはチラリと牙が覗く。本性を垣間見せて、威嚇したのだ。

 ぼんやり光っていた耳飾りは、チリチリッと震え、そしてフッと光が消えておとなしくなった。

(やれやれ)

 魅音も耳を引っ込め、耳飾りを青霞の耳の穴からそっと抜く。

 すると、うっすらと青霞が目を開いた。

「……あ……」

「目が覚めた?」

 魅音は言いながら、さりげなく耳飾りを自分の懐に隠す。

「え……翠蘭? あれ、やだ、何で外?」

 魅音にもたれていた青霞は、慌てた様子で身体を立て直した。その声は、元の青霞のものだ。

「嘘、私ったら寝ぼけたの? 恥ずかしい、ごめんなさい、あの、ありがとう……!」

「いいのいいの。なんか気配がするなと思ったら内院にいるから、びっくりしたけどね。もうすぐ陛下に会うから緊張したんじゃない? それとも、昼間の鍼が効きすぎたかな?」

「そうなのかしら、ああもう嫌だぁ」

 恥じ入った様子の青霞を助け起こし、魅音は彼女を寝室まで送った。寝台に座らせ、尋ねる。

「何か飲む?」

「大丈夫、ありがとう」

 青霞はようやく微笑んだけれど、まだ不安そうだ。

「また寝ぼけたらどうしよう……」

「寝室の戸に、外から箒でも立てかけておこうか。戸が開いたら倒れて音がするでしょ、誰かしら気づくと思う」

 そして、魅音はさりげなく続けた。

「そういえば、寝つきが悪いんだったっけ。ずっとなの?」

「え、あぁ」

 青霞はハッとしたように目を逸らした。

「ずっとなんてことはないわ! うん、ほら、季節の変わり目だからじゃないかしら? そのうち落ち着くと思う」

「あー、それはあるかもね。さーて、私は戻ろうかなー」

「ええ、ありがとう翠蘭。おやすみなさい」

「おやすみ、青霞」

 魅音はにっこりと微笑みかけると、青霞の寝室を出た。そして、正房(おもや)の裏手にある物置から箒を持ってくると、青霞の寝室の戸に外から立てかける。

 自分の寝室に戻り、寝台に腰かけると、魅音は懐から耳飾りを取り出した。

 手のひらの上で月光を反射して、翡翠の蝶は妖艶なまでに美しい。今にも羽ばたきそうに見える。

(高文晶、と言ったっけ。あれは誰? 一体、この耳飾りは何なんだろう?)

 その夜は、魅音の寝台にある棚に耳飾りを置いて寝たが、何事も起こらなかった。


 翌日、昴宇に頼んで調べてもらった結果、わかったことがあった。

 高文晶は先帝時代に『嬪』だった妃で、青霞は侍女だったころ、彼女に仕えていたようだ。

「そっか、青霞の(あるじ)だったんだ。結構前に、後宮を生きて出たって聞いたわ」

 魅音が聞くと、昴宇が淡々と答える。

「はい、昨年の秋に。記録を読んでみたところ、皇后の耳飾りを盗んだそうです」

「…………はい?」

「いや、だから、高文晶は、先帝の皇后だった愛寧殿の耳飾りを盗んだんです。それがバレて罰せられ、後宮を追い出されて尼寺に行った、と」

「えぇぇ⁉」

 びっくりして魅音は聞き返す。

「なんかこう、心の病で……みたいなフワッとした理由は聞いてたけど、本当はそれが原因だったの⁉」

「よりにもよって皇后のものを盗むなんて、まともな神経ではできませんから、心の病といえばそうなのかもしれませんね」

「ええと、その耳飾りって、もしかして蝶の形をした翡翠の?」

 指で蝶の形を宙に描きながら確かめると、昴宇が軽く目を見開く。

「……? よく知ってますね、そうです」

 魅音の耳に、昨夜の叫びが蘇った。

『違う違う違うっ、私じゃない、私じゃない!』

『盗んでなんかいない、私じゃないのに、ひどいわ、どうして、誰が』

(その心残りが怨念となって、耳飾りに残っている……? 妃として子を産む、ってはっきり言ってたもんね。濡れ衣を着せられるだけじゃなく後宮を追い出されて、役目が果たせなくなって。……でも)

 彼女は、懐に隠した耳飾りに上から触れた。

(どうして、文晶妃が盗んだ耳飾りを、青霞が持ってたの? 犯行が発覚した後、皇后に戻されたのではなく?)

 怪異を調べている最中にこんなことを知ってしまったら、文晶妃と青霞に起こったことも調べないわけにはいかない。

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