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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-3 狐仙妃と、蝶の耳飾りに宿るもの
11/71

11 お目通りのための衣装

 その翌日、四人の妃たちそれぞれに、宦官を通じて知らせがあった。

「五日後、陛下が後宮にお渡りになられます。まずは称号の授与式、そしてお妃様方全員と、宴の席を設けたいとのことです」

 妃たちは──全員ではないが──とうとうやってきた皇帝との対面という一大事に色めき立った。

 そして、ソワソワしながらその日に備えて入念に肌を整え、衣装や装身具を真剣に選んだ。


「地味ですわねぇ」

 寝台の上に魅音の手持ちの衣装を広げ、確認した雨桐が考え込む。

「陶翠蘭様の身代わりとして、ここにいらしたんですよね? 翠蘭様がお召しになるようなお衣装は、調えていただけなかったんですか?」

 隣に立つ魅音は、軽く肩を縮める。

「陛下の目に留まるつもりがなかったんだから、仕方ないでしょ」

 これでも、それなりのものは持たせてもらったのだ。確かに地味だし、装身具も最低限しかないけれど。

「格好さえつけば、私は別に構わないよ」

 当然のように魅音は言ったが、雨桐は首を横に振る。

「こんなに地味では、逆に目立ちますよ。他のお妃様方は、もっと着飾っていらっしゃるでしょうから」

 そう言われても、ないものはない。

「仕方ないなー」

 身を翻した魅音は、部屋の隅に飾られた花瓶に近づいた。

 そこには雨桐の心づくしで、沈丁花の枝が何本か飾られている。赤紫がかった白い花が小さな毬のようにまとまって、えも言われぬ芳香を放っていた。

 魅音は、花の上に手をかざした。そのまま、空中を横へ滑らせ、雨桐が両手で広げていた(スカート)をさらりと撫でる。

「よっ」

「あっ!」

 目を見張る雨桐の前で、落ち着いた紫色の襦裙に、美しい沈丁花の刺繍が咲いた。

「アザと一緒で、服の表面にもこんな感じで映し出せるのよ。衣装はこれでいい?」

「は、はい。華やかになりました」

「でも、問題は装身具(アクセサリー)か。ねぇ、皇城なんだから宝物庫とかあるでしょ? そういうところから借りられないの?」

 魅音の質問に、雨桐は困り顔で答える。

「先帝時代に、珍貴妃がめぼしい装身具を自分の宮にお持ちになって行ってしまって。その後にあんなことになったので、一部は廟に封印され、残りは置いておいても縁起が悪いということで、陛下が国庫の足しに売り払われました。残っていないこともないですが、お妃様方が陛下の前で身に着けるような格のものはとても」

「ふーん。ちゃんとした品は、廟にあるんだ」

 何気ない様子で、彼女はつぶやく。

「ちょっと見てくるか」

「翠蘭様?」

 踏み出しかけた魅音の袖を、はっし、と雨桐がつかむ。

「封じられていると申し上げましたが? まさか借りてこようなんて」

「あ、ええと、しませんよもちろん? 一度くらい珍貴妃の廟を見ておかないとな、と思っただけでーす」

「あなた様の方がこういったことはお詳しいと、存じ上げてはおりますが、くれぐれも怨霊を刺激するようなことはなさらないで下さいましね!」

 雨桐にがっつりと念を押され、魅音はごまかし笑いをした。

「あはは、わかってますってー。ええっと、装身具だけど、いざとなったら本当に地味でいいと思う。だって陛下は節約中なんだから、私も節約しましたって言えばいいでしょ。ほら、私ってば妃の鏡!」

「まあ、言い訳は立ちますが……それにしたって品位というものが……」

 やはり、雨桐は気になるようだった。


 午後の陽が傾き始めた頃。

 雨桐が一番忙しくしている時間帯に、魅音は一人でフラッと花籃宮を出た。普通、妃は一人では出歩かないものだが、そこは魅音である。

 北へ北へと歩き、やがて木々が増えて、あたりは鬱蒼としてきた。普通の人間なら薄気味悪く感じるところだけれど、本性が人外である魅音には、暗がりを恐ろしく思う理由などない。

 木々の隙間から、建物が見えてきた。

「あれかな」

 六角形をした建物だ。三階建てで、各階ごとに立派な瓦屋根もついているが、壁はのっぺりとしていて窓が一つもない。ただ一階部分に、赤い両開きの戸があるだけだ。

 近づいてみると、その赤い戸の周囲の石枠に、ぐるりと呪文が彫り込まれている。

「あれ、これ私、入れないじゃん」

 魅音はつぶやいた。

 それは後宮の結界に似ていて、普通の人間、例えば僧や方術士などは用があれば出入りできるが、人ならざるものは出入りできないようになっていた。罪人のあれこれを封じてある場所なのだから、当たり前の措置である。強い恨みを残して死んだ者は、普通の弔いを行っても後々怨霊化してしまうことがあるので、こうして念を入れて封印し、いわば強制的に眠らせるわけだ。

「一応、周りも見ておくか」

 魅音は人の気配がないか確認してから、一瞬で白狐に姿を変えた。

 ぴょん、と飛び上がり、低い木の枝から廟の二階の屋根へ。屋根の上をぐるっと回ってから、さらに高い木の枝、三階の屋根、と飛び移っていく。

 建物全体を見たところ、どこにも方術のほころびはなく、廟は完璧に封印されていることが分かった。

(中を覗けないのは残念だけど、封印がしっかりしてるのは安心ね。照帝国の方術士って、きっちりしてるんだなー。ここに埋葬されたなら、もし珍貴妃の怨霊が存在していても何もできないでしょうね)

 魅音は納得して地上に降り、元の姿に戻ると、廟を後にした。


 翌日は、内文学館で授業がある日だった。青霞、天雪と内院で落ち合ってから、花籃宮を出る。

 天雪が話しかけてきた。

「翠蘭は、陛下の宴にどんな格好をしていくんですか?」

「うーん、そんなに盛らないよ。派手なのは好きじゃないし、かんざしとか耳飾りとかは手持ちもほとんどないし。でも、雨桐に地味すぎるって言われちゃった」

 宝物庫のものは珍貴妃が持って行ってしまったらしい、という話をすると、「そうそう」と青霞も話に混ざってくる。

「しかも自分では使ってなくて、お気に入りの侍女たちを着飾らせるのに使ってた。珍貴妃ご本人は、立派なのをたくさんお持ちだったもの。特に、先帝に贈られた孔雀の髪飾りはお気に入りで、いつもつけていたわ」

 それは頭の両脇につけるよう一対になった髪飾りで、右向きと左向きの孔雀を象っているものだそうだ。

「金細工に珍珠(しんじゅ)があしらってあって、すっごく豪華なのよ」

「へぇ、見てみたいなぁ」

「廟の中だけどね」

 死者の思い入れのあった品もまた、封印の対象である。

「で、翠蘭は華やかなのが必要なのね?」

 青霞が、瞳を煌めかせた。

「私の使わない予定のものなら何でも貸してあげる。授業が終わったら、私の部屋に選びに来て!」

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