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狐仙さまにはお見通し-かりそめ後宮異聞譚-  作者: 遊森謡子
1-2 狐仙妃、後宮の人間関係に悩まされる
10/71

10 皇帝と狐が過ごす夜

『では、申し上げます』

 魅音は狐姿のまま、願い出る。

『そろそろ、妃の品階と称号をお決め下さい』

「称号を?」

『後宮内での上下関係がはっきりしないと、女同士で腹を割って話すことができないんです。情報収集に支障をきたします』

 まあ、具体的には美朱だけに支障をきたしているのだが。

「なるほど。では、お前を新たな貴妃にするか」

 俊輝はあっけらかんと言った。

「後宮を掌握する立場にいれば、調査に色々と便利だろう」

『ばっ……』

 うっかり『バカ』と言いそうになって、魅音はとっさにごまかす。

『ば、ばっさり決めすぎです! いくら人がいないからって、私程度の者が貴妃になったりしたら、逆に反感をかってしまいます!』

 四夫人の中でも貴妃といえば、皇后がいない時に代理を務めるほどの立場なのだ。

(男性官吏だとどうなのか知らないけど、後宮で、皇帝の寵愛も受けていない、県令の娘程度がそんな高い称号、もらっていいわけないのよっ。って言うと何だか翠蘭お嬢さんをバカにしてるみたいで申し訳ない! ごめんなさい!)

 心の中で謝っていると、俊輝は「そうか」とすぐに納得する。

「調査の間くらい、と思ったが、逆に調査が滞るなら意味がないな」

『そうです。だから逆に、他の妃よりも、私の位は低いくらいがいいんじゃないかと。新人宦官の昴宇をつけているのも自然になるし。……そういえば』

 魅音は美朱の、矜持の高そうな態度を思い出した。

『美朱様って、どういった方なんですか?』

「ああ……中級貴族の娘だ」

 思い出したかのように、俊輝は顎を撫でた。

「先帝におもねっていた貴族連中を俺が一掃した後に、棚ぼたで戸部尚書という重職に就いたのが美朱の父親、という流れだな。まあ、先帝時代に堕落しなかった気骨は評価できる。その父親が、美朱を送り込んできた」

(なるほど。数少ない貴重な人材の、その娘なのね)

 魅音が思っていると、俊輝はさらに少し考えてから、言った。

「では、美朱には『賢妃』の位を与えよう」

 四夫人の中では一番下だが、今の時点では最も高い位になる。とっくに賢妃の宮に住んでいるのだから、美朱も納得するだろう。

「魅音はそこから下で好きに選べ」

『はい⁉ 好きに、と言われましても、他にも二人いるんですが!』

「じゃあ、その二人の分も決めろ」

(陛下って、後宮のことは本っ当にどうでもいいんだな……! お嬢さん、こんなとこ来なくて正解!)

 心の中で翠蘭に報告しつつも、魅音は考えを巡らせた。妃が少ないといっても、そこそこ格好がつくように決めなければならない。

『それなら、江青霞と白天雪は『嬪』に、私……というか陶翠蘭様は、その下の『婦』にして下さい』

 上から美朱、青霞、天雪、そして魅音だ。誰が何位だろうが、序列さえ決まれば魅音には十分である。

「わかった。では、江青霞は嬪一位、白天雪は嬪二位。()魅音は婦一位、だな」

『私は陶翠蘭ですってば!』

 念を押すと、陛下はフーンとうなる。

「別人の名前で呼ぶのは抵抗があるな。まあ、そのあたりは何とかしよう」

(何をどう何とかするって?)

 不思議には思ったけれど、魅音の用はこれで済んだ。

『では、それぞれに正式に下知をお願いします』

「わかったわかった。ああ、それなら」

 俊輝はふと、宙に視線を遊ばせる。

「そろそろ俺もいい加減に、後宮に行くか」

『あら、ついにその気になられましたか』

 茶化すようにしっぽを揺らしてみせると、陛下は腕を組んだ。

「昴宇がいる間はコトには及ばんと言っただろう。称号の授与と顔合わせを、まとめて済ませようと思ったまでだ」

『ああ、なるほど……私は今聞いたので、省略しちゃって下さい』

「いや、一人一人の宮を回るのは面倒だし、今はそんな時間もない。全員で授与式をし、全員で宴を催して飯でも食おう」

(飲み会かっ!)

 魅音は呆れたけれど、さすがにこれ以上は口出しする気にならなかった。俊輝の好きにしてもらおう。

『では、私はこれで』

 窓を開けてもらおうと思って窓の下まで行くと、「魅音」と呼び止められた。

 俊輝は立ち上がりながら、面白そうに彼女を見る。

「初めて会った時も思ったが、お前は本当に動じないな。……皇帝の前では誰もが緊張し、声を強ばらせる。視線すら合わせない。お前みたいに真っ直ぐな態度の者は、久しぶりに見た」

『ご気分を害されたなら、申し訳ありません。普通の人間ではないからかもしれません』

「不思議なだけだ。永安宮の俺の部屋まで迷わずに来たようだしな。皇城の大体の様子を知っているのか……」

 じっ、と黒い瞳が、魅音を見つめる。

「狐仙、だったんだよな。それがなぜ、皇城に詳しい? なぜ、今は人間でいる? 狐仙であることを誇りにしているお前にとっては、人間でいるなど、降格処分ではないのか?」

(……鋭いところをお突きになる)

 魅音は思いながら、ツンと鼻面を上げてそっぽを向いた。

『前世で、皇城に来たことがあるんですよ。その時に歩き回って、色々と覚えました。今が人間なのは、まあ、前世でちょっとしたしくじりをした罰ってところです。全くもう、言わせないで下さいよっ』

 俊輝は笑う。

「何をやらかしたのやら」

『陛下も、大きなことを成したばかりですよね。恐ろしくありませんでしたか? 皇帝を討つ、なんて』

 仕返しとばかりに魅音が聞いてみると、俊輝は少し考えてから、答える。

「陰界(あの世)も陽界(この世)と同じように、玉皇大帝を頂点とする神仙が官僚のような機構を作って治めていると聞く。もし、その玉皇大帝が、陰界を治める理由に『正義』を掲げたら、お前は納得できるか? 自分が正しく、それ以外は間違っているから、自分は全てを支配するに相応しいのだと。そんな理由で支配されたら?」

『絶対嫌ですね。何が正しいかなんて、立場によって違うじゃないですか』

「つまり、そういうことだ。俺は死ぬほど嫌だったんだよ、先帝の『正義』がな。……さあ、見つからないように帰れよ」

 カタン、と窓が開かれる。

『……失礼します』

 魅音は白狐の姿のまま、両前足を重ねて礼をすると、ひとっ跳びで窓から出た。

 そして、そのまま走って俊輝の寝所を離れた。


(そっか。陛下は、支配したいから先帝を討ったんじゃなくて、支配されたくないから先帝を討ったのか)

 狐の姿で闇を駆けながら、魅音は考える。

(死ぬほど嫌なら、そりゃ、決起するよね。私だってそうするかも。自分の尊厳を守るためだもん。……あー、それにしても、昔のことを思い出させるのは勘弁してほしいなぁ! 恥ずかしい)

 魅音は口元をもにゅもにゅさせた。

(狐仙になったばかりの頃は、得意絶頂でイキってたからなー。私も若かった)

 狐仙が妖怪と決定的に違うのは、神の恩恵を受けられる、つまり神の世界と通じてそこから受け取った力を使えることだ。いわゆる、神通力である。

 その力を世のため人のために使うことこそ、神の望みであり、そしてさらに神の世界に近づく手段でもあった。

 もちろん、神の世界の住人になりたいかどうかは自由である。しかし、神の存在を感じられるようになってくると、その存在の大きさに惹かれてしまう。抗えないほどの強さで。

 また、帝国の各地には狐仙堂と呼ばれる祠があって、人間たちが拝んでくれる。天昌にもある。狐仙堂を通じて願いを感じ取れば、魅音のようなタイプは人間の願いに応えたくなるのだ。

 それで、魅音も狐仙になってからは何人かの人間の願いを叶えてきたのだけれど、めでたしめでたしで終わったものもあれば、大失敗に終わったものもあったわけで。

(もう、失敗はしたくない。人間としての天寿を全うするまでに、もう少しちゃんと知ろう。人間のこと)

 魅音はそう、心に誓っていた。

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