Step1 家から出て学校に向かいましょう
「イィーヤァーー!」
よく晴れた午後の王宮。こんな日には草原でのんびりと昼寝がしたい。
「外、行きたく、ないぃーー!」
このヘタレ皇子が泣き叫んでいなければ。
「コラ! 一度外に出るって決めたなら出なさい! 竜帝を目指すんでしょう!?」
「出るって、言ったし、目指すって、言った、けどぉぉ!」
そう。この皇子、一度は次期竜帝になる事を決意したのだ。だと言うのに、国外に出ると知った途端にこのザマ。外に出るなら竜帝は目指したくない、などと言い出した。
そもそも、何故この皇子がこんな決断をしたのかは一時間半ほど遡る。
私が竜帝マツグから第三皇子であるサキ皇子の教育を依頼され、遠い目をしていた時のこと。
「センセェー……王サマ、なるの、イヤだよぉ……」
喉の奥からキュゥーンと自身なさげな鳴き声を漏らしつつ、皇子が言う。何というか、こんなにも嫌がっているなら、無理に王位につけなくてもいいのではないか?
「どうでしょう、マツグ陛下?」
「えっ!? どうでしょうって?」
「ああ、いえ。権能持ちとはいえ、サキ皇子は第三皇子。無理に王位につける必要は無いのでは、と」
私が進言すると、陛下は困った様な笑みを浮かべて言った。
「そうなんだがねぇ。第一皇子は身体が弱くて王位に就けない。第二皇子は神殿島の神様方から拒否されたのだよ。第一皇子が王位を継げないなら権能持ちに王位を譲れ、と」
「オニーサマ、言ってたよ。ローガイって、言うんでしょ」
「サキ皇子、その様な言葉遣いをしてはいけません。しかし、神殿島と言うと、この世界の最北端にあるという?」
「そうそう。あの老害ども、世俗から離れ過ぎて未だに権能が普通の世の中だと思い込んでいてなぁ……」
「陛下……」
なるほど、それは世知辛いな。そして陛下も、皇子を叱ったばかりなのに、王にあるまじき発言を……。
しかし、竜帝は世界の中でも、強力な権力を持つと聞くが……
「陛下。竜帝は強大な権力を持つと聞きます。そのコネと権力で神々に今の世の中を知らせる事は……」
「いや。今の王は、私も含めて、権能持ちが居ないせいで聞く耳も持た無い」
そうか……これは正しく皇子の言うように老害だな。だからこそ、権能のあるサキ皇子を、か。
「皇子。貴方は、お兄様の助けになりたいですか?」
「オニーサマの? うん、オニーサマ、助けたい!」
「でしたら、貴方には竜帝になる必要があるのです。王位、目指してみます?」
「うん! 王サマに、なって、ローガイを、ぶっ飛ばす!」
騙したとか言ってはいけない。私は、私の憶測を述べたのだ。
権能持ちが各国の王に居ないから神は聞く耳を持たない。それなら、権能を持つ皇子が竜帝になれば、耳を傾けてくれる確率は上がるかもしれない。
そして、皇子はすっかりやる気になって、羽をしきりに動かしている。
「では、サキの気持ちも決まった所で、頼みましたぞ、ツキカゲ殿」
「ええ。皇子を必ずや、立派に育てて見せましょう」
マツグ陛下と力強く握手を交わして、意気揚々と王宮から出立した。のだが……
「イヤだぁーー! 外、出たくないぃーー! お家で、お花、育てるのぉーー!」
冒頭の叫びに戻るのだ。
このままでは日が暮れる。なんとかして今日中に教育機関のある学園諸島に向かいたいのだが……どうしたものか。
……いや待て。
「皇子は、花がお好きですか?」
「うん……グスッ……お花、好き……」
「では、空を飛ぶ事は?」
「……好き……ズビッ……ズズッ……ボク、兄弟で、一番速く、飛べるよ」
食いついた! 好きな物の話題になったからか、皇子の表情が明るくなった。心なしか、尻尾もユラユラと揺れている。
「皇子。外の国には、皇子の知らない様な花や、皇子よりも速く飛べる生き物があるかもしれませんよ」
「ホント? ボクの、知らないモノ、沢山、ある?」
よしよし、あと一息だ。好きな事から、外の世界に興味を持ってもらうぞ。
「もちろん。この世界には、まだまだ謎が沢山ありますよ」
「そう、なの!?」
「それでは、まずは学園諸島へ行ってみませんか? 竜の国から、そう時間はかかりませんよ」
「うん! 行って、みたい!」
……乗ってくれたのはいいが、少し単純すぎやしないか? 素直なのはいいが、こうも単純だとな……。これも後々、教育していかないと。
「センセェー! まだぁ?」
「ああ。今、行きますよ!」
皇子の教育方針を考えていたら、既に行く気満々らしい皇子が私を呼ぶ。
華やかで、それでいてどこか懐かしい花の匂いに別れを告げて、皇子と、ワイバーンに乗った私は竜の国から飛び立った。
皇子は自慢するだけあって、飛行速度が予想以上に速い。私の乗るワイバーンや、近くを飛ぶ野良のユニコーンが驚いている。
晴れ渡った青空の下を、風を切って飛んで行く。学園諸島はもう、すぐそこ。皇子を立派なドラゴンに育てねば、と気合を入れる為に軽く両頬を叩いた。
到着してすぐに、学園諸島の長から、更に難しい依頼を任されるとも知らずに。