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事の始まり

 晴れ渡った空の下を、空中のタクシーであるドラゴンのワイバーンに乗って目的地へと進んでいる。

 私が向かう場所は全ての生き物の理想郷と言われる最後の楽園・竜の国。本来なら国民からの招待が無ければ辿り着くことすらできない場所に何故、私が居るかと言うと……


「失礼、ドラゴン調教師のツキカゲという。マツグ国王陛下の依頼で来た者だが」

「ああ、貴女が。お話は聞いております。どうぞこちらへ」


 竜の国の王である竜帝マツグから第三皇子の調教を依頼されたからだ。




 ワイバーンから馬車に乗り換えて王宮へのメインストリートを走る。

 澄んだ風が吹き抜け、花が舞う。全ての生き物の理想郷を謳うだけあって、どこか懐かしげで自然豊かな国だ。

 しかし、あの竜帝の手を煩わせる第三皇子とは、どれほど暴れ放題をして来たのやら……。


 馬車で一時間ほど走ると、山の頂上にある竜の国の王宮が見えて来た。

 純血のドラゴンが好むと言う洞窟に似せたデザインの王宮は、威厳を感じさせつつも暖かみのある不思議な雰囲気だ。


『――っ……――、――――』


 廊下を歩いていると、ふと、王宮の奥から子どものドラゴンが親に助けを求める時に発する独特な鳴き声が聞こえてきた。声色的には、何かに怯えている……?


「そこのドラゴン! 大丈夫か!?」

『わわっ、ニンゲン!? ニンゲンって初めて見た! あぅ、そうじゃないや……ニンゲンさん! 犬に触ろうとしたら、犬が怒りだしちゃった! 助けて〜っ!』


 駆けつけた先では、竜種にしては随分と小柄な、体長二メートルほどのドラゴンが、チワワから逃げ回っていた。


「あー、その、すまないが私は、ドラゴンの心は解るが言葉までは解らん。が、状況から見るに、チワワに怯えているのだな」


 小型犬に怯えるドラゴンとか聞いた事も見た事もないが、目の前に居るのだからドラゴンも小型犬を恐れる事もあるのだろう。

 そも、ドラゴンはこの世界で上位の生き物なのだから小型犬如きに怯えるなと言いたい。それでもまぁ、今回くらいは追い払ってやるか。


「おい犬。あっち行け! シッシッ!」

『うわぁ〜ん! ありがとぉ! ねぇねぇ、ニンゲンさん。ボク、お礼がしたいんだ! 何しよっか?』

「うわっ!? オイ、のし掛かるんじゃない! 重い!」


 コイツ、力加減がわかってないな……! 全力でのし掛かってきたぞ! 今時、野良のドラゴンでも力加減がわかるのに、どんな箱入りなんだ。

 押し潰されるんじゃないかと思った時に、声がかけられた。私の依頼人である竜帝・マツグだ。


「こらサキ、彼女はお前の先生になるツキカゲ殿だ。ご挨拶をしなさい。公用語は教えただろう?」

「うん。えっと、助けてくれて、ありがとう! ボクは、竜の国、第三皇子、サキ。よろしく、ツキカゲ、先生!」


 箱入りヘタレドラゴンの正体は件の第三皇子だった。そういうことか。竜の国には、加減が必要なほど弱い種は居ない。だから、サキ皇子は力加減がわかっていなかったのか。見たところ、弱い種の居る国外に出た事も無さげだし。


「貴方がサキ皇子ですか。私はドラゴン専門の調教師であるツキカゲと申します。マツグ陛下も、よろしくお願いします」

「ツキカゲ、先生! お父様! ボク、ツキカゲ、先生、宝物に、したい! とっても、カッコいいんだ!」


 サキ皇子が辿々しい口調で、しかし興奮して様子で私を宝物にしようとする。ドラゴンの宝物って、そんなガバガバな基準で選ぶものではないのだが? 困惑する私を他所に、マツグ陛下は話を進める。


「サキ。人間は物ではないから宝物にはできないよ。それにしても、二人の相性が良さそうで安心だよ。ツキカゲ殿、改めて依頼の内容を告げたい」

「はい、わかりました」


 そこで陛下は言葉を切ると、満足気に頷いて言った。


「ツキカゲ殿。我が息子を、サキを、次期竜帝に相応しいドラゴンに教育して頂きたい」

「……はい?」

『ぅええっ!? あの話、冗談じゃなかったの!?』


 陛下の放った衝撃的な言葉に、私とサキ皇子の驚く言葉が重なった。皇子に至っては、ドラゴンの言語に戻っている。


「いや、な? 私とて、気の弱いサキに跡を継がせるのは、どうかと思ったのだ。しかし、サキには権能があるからなぁ……」

「権能が、ですか」


 権能のある存在は、種族を問わず珍しい。

 大昔――それこそ、世界の始まりの時にまで遡る――に神によって与えられた超常的な能力を権能と呼ぶ。が、時代と共に廃れ、権能を持つ者はごく一部になっていた。また、権能は分かり易い力の示し方でもあるから、王族の間では、王位継承の証としても使われる。

 そんな貴重な権能を、このヘタレ皇子が……? 世の中、何が起こるのかわかったモンじゃない。依頼は受けるし、達成もしてみせる。が、なんか、コイツを立派な竜帝にって、今までで一番の難問な気がする。


「ねぇーー、お父様ぁーー! ツキカゲ、先生と、一緒は、嬉しいけど、王サマは、なりたく、ないぃぃーー!」

「サキ、ワガママを言うでない! ではツキカゲ殿、頼みましたぞ。期限は決まっていないから、のんびりと教育してやってくだされ」

「は、はぁ……」


 なんと言うか、かなり押しの強い竜帝だ。まるでRPGゲームで主人公を勇者に任命する王様みたい……。いや、このドラゴンは王様だ。


「センセェー……王サマ、なるの、イヤだよぉ……」


 前途多難な依頼になるな、確実に。嗚呼、今の私はきっと、遠い目をしているはずだ。私は調教師であって、保育士ではないんだがなぁ……。

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