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嫉妬

学園中が喧騒に包まれる昼下がり。


「クルト殿下、囲まれてるね」


 ひと気の無い壁際で佇むリセのそばに、同級生のセリオンがやって来た。中性的な彼は、リセが気を許せる数少ない友人。昔からの幼なじみだ。


 そんな彼が視線を向けるテニスコートには、テニスを教えるクルトと周りに群がる女生徒達。彼がラケットを振るたびに、息ぴったりの黄色い歓声が聞こえてくる。

 



 クルトの留学生活もようやく一ヶ月が経とうとしている。

 彼にもリセ以外の生徒達と交流を持つ時間が増えてきて、リセがつきっきり……というわけでも無くなった。ただ、世話役のリセはクルトのそばを離れるわけにもいかず、でもあのご令嬢達に近づくことも憚られて……結局、少し離れた場所からその光景を見守るしか無い。

 そんな時はこうして、今までリセに近づくのを遠慮していた友人達が、話しかけてくれるようになったのだ。


「俺、クルト殿下のお顔覚えてるよ。昔お茶会に参加されていたね? リセがべったりくっついていた、赤髪の」

「私も、王子様だなんて知らなかったのよ」


 セリオンも同い年の伯爵令息。十年前のお茶会にはもちろん参加していた。彼は王子の側近候補にはなれなかったものの、あの場でとても可愛らしいご令嬢と出会った。そして早々に婚約した、とてもちゃっかりした男だった。


「さっきから殿下、あの女子達にべたべた触られてるよ。いいの?」


 リセも見ている。クルトの周りを取り囲むご令嬢方が、テニスを言い訳にして彼に触れている場面を、それは沢山。


「いいも何も……私が口を出すことじゃ無いでしょ」

「お世話役なのに?」

「お世話役は、ただお世話するだけよ」

「そうは見えないけどなあ」


 リセは正直、彼女達に圧倒されていた。十年前のお茶会で見た小さな令嬢達を思い出す。狙いを定める目、完璧な笑顔、流れるような話術。それは鍛え抜かれた『ご令嬢』の為せる技。それが今も遺憾無く発揮されている。


「まあ、まさかだよね。十年後会ってみれば、眉目秀麗、完全無欠の王子様に変身しているなんて。リセってば凄いなあ、これ以上無い玉の輿じゃないか」

「失礼な事を言わないで。私はただのお世話役だって言ってるでしょ」

「もしも『ただのお世話役』なら、きっとリセよりも遥かにしっかりした人が選ばれているよ」


 ……微妙に失礼な事を言われている気がする。セリオンはこういう男だ。気を遣わない。その分、こちらも楽なのだけれど。




 父の書斎で話を受けたあの日から、リセも分かっている。エスメラルダ王家からは『ただのお世話役』などと思われていないことは。


 十年前、クルトにしつこくお節介をやいたリセ。その結果、悪目立ちした七歳のリセは『ディアマンテ王国の王子から気に入られた者』として、エスメラルダ王家からマークされてしまった。そして今回の留学に合わせて、世話役に抜擢されてしまったわけだ。


 エスメラルダ王家も父も……きっと『世話役』以上の働きをリセに期待している。クルトの真意など分からないというのに。


「ああ、あの子! よろけたフリして殿下に抱きついたよ」

「すごいわ……積極的ね」


 もしあのお茶会で、リセがクルトをもっと自由にしていたら。リセがクルトの隣を陣取ったりしなければ。

 彼には違う令嬢が『世話役』として立っていたかもしれない。今、彼の周りに集う彼女達のような、美しいご令嬢が。そしてそのご令嬢なら、エスメラルダ王家からの『期待』にも応えられるかもしれない。


 そう思って、クルトに他生徒との交流を勧めたはずだった。なのに、このモヤモヤとした気持ちはなんだろう。


「リセも積極的になればいいのに」

「私が?」

「リセには、もうクルト殿下以外の選択肢が無いじゃない」


 皆おかしい。エスメラルダ王家も、父も、セリオンも。なぜそんなことが言えるのか。




「私がクルト殿下と釣り合うはずが無いでしょ」


 リセ自身、その言葉にした事は初めてだった。やっと口にすることができた。一番の不安を。


 だって、クルトもエスメラルダ王家も、さも当たり前のようにリセの居場所を用意するから。クルトの隣に居ていいと。


「リセってば、本っ当に失礼な奴だね」

「な、なんで」

「クルト殿下はこんなに態度に出しているのに、『釣り合わない』の一言で済ますなんて」

「え?」

「ほら、俺のことずっと睨んでる」


 セリオンが笑いを堪えながら言うものだから、リセは思わずクルトを見た。依然として女子達に囲まれたまま、やっぱり睨んでいるようには見えない。


「……セリオンの気のせいじゃない?」

「何言ってるの。殿下はずっとこちらを気にしているよ」

「ずっと、あの娘達にテニスを教えているじゃない」

「俺は分かるの。リセは鈍いね」


 鈍いと言われてしまった。つくづく酷い言われ様である。だって、どこからどう見ても普通のクルトで……


「鈍過ぎるリセ。分かり易くしてあげようか」

「どうするの?」

「こうする」

 そう言ってセリオンはニヤリと笑い……


 大袈裟にリセの手を取った。






 その瞬間。


 リセのスカートは勢いよく翻り、セリオンの髪が派手になびく。

 それはリセとセリオンの間を突き抜けた、鋭い風によって。




 制服が切り裂かれるのではないのかと思うほどの風だった。思わず、リセとセリオンの手も離される。


「……ほらね。クルト殿下を見てごらん」

 セリオンは、怖々と手を仕舞う。

 あまりの勢いに固まっていたリセは、ゆっくりとクルトに目を向けた。


 先程まで女子達にテニスを教えていたはずのクルトが、鋭い目でこちらを睨んでいるではないか。

 では、もしかしなくとも……今の突風はクルトが。


「手を握るだけでここまでされるとはね。リセに近づこうなんて無謀な男は今後も現れないだろうね」

「そ、そんなの困る。私どうすれば」

「だから、クルト殿下を選ぶしかないんじゃない」


 じゃあリセ頑張って。と、セリオンは逃げるように去って行く。なんて男なのだろう。この状態でリセ一人取り残すとは。

 困ってしまった。鋭い目をしたクルトが、一歩一歩こちらに近づいてくる。




「リセ」


 そんな怖い顔はやめて欲しい。セリオンとはただ手を握っただけなのに。


「あいつは誰だ」

「セリオンと申しまして……私の幼なじみなのです」

「手を握るほどの仲なのか」

「いえ、本当にただの幼なじみでして」

「リセはただの幼なじみと手を握るのか」


 これは、嫉妬……されているのだろうか。しかしなぜこんなにも問い詰められなければならないのだろう。

 クルトも男女問わず皆と手を握っている。ついさきほどまで女子達に囲まれて黄色い歓声を受けて、挙句抱きつかれていたじゃないか……


「クルト様だって……」




 そこまで思考が及んで、気が付いた。

 リセだって、あからさまに嫉妬していることに。


 セリオンには「釣り合うはずが無い」と言っておきながら。

 自分では力不足だと自覚していて、ほかのご令嬢の方がクルトにはお似合いだと……交流を勧めたのは他でもない自分なのに。


 自分の気持ちさえも、リセを取り残したまま先へ行ってしまう。目の前でこちらを見下ろす、この人に。


「リセ?」


 突如として言葉を無くしたリセを案じてか、クルトは彼女の顔を覗き込んだ。

 目の前に現れたクルトの顔に、我を取り戻したリセは後ずさった。

 だめだ、こんなに近くにいられたら。




「し、失礼いたしました!」


 世話役のはずのリセは、走って逃げた。

 呆然とするクルトと、自分の気持ちを置き去りにして────







誤字報告、ありがとうございました!

しかも以前教えて下さった部分(>_<;)なんという間抜けなミス……

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