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魔法の国のリセ



「エスメラルダは、ずっと君の気持ちを無視していたね。悪かった」


 グラナード王子はクルトとリセの仲を祝福したあと、彼女に向かって頭を下げた。


 エスメラルダ城の温室には、以前のようにグラナード王子とその婚約者ルーナ、そしてクルトが勢揃いしていて。リセは相変わらず緊張した面持ちでその席へと着いている。




 もうまもなく、クルトの留学期間も終わりを迎える。

 彼が無事に留学を終えることが出来るのは世話役の働きも大きいと、エスメラルダ王家はリセを評価した。そして世話役を受けてくれた礼がしたいからと、リセは再び城へと呼び寄せられたのだった。


「お、お止め下さいグラナード殿下。お陰様で、クルト様と再び会うことができたのですから」

「……そう言ってくれると救われるよ。ありがとう、リセ嬢」


 最初こそ、リセは戸惑った。自分が、気付かぬうちにエスメラルダにとっての『駒』のようになっていたことに。


 ただ、グラナードもエスメラルダの王子として……国のためにはなりふり構っていられなかったのだと。リセはもう、そう思うことにした。


「クルト殿下がお帰りになると、寂しくなるわね」

「リセ嬢はいつ留学予定なのかな?」

「はい……三ヶ月後の予定でございます」

 

 ちらりと隣を見ると、クルトが伏し目がちに黙り込んでいる。……リセには分かるのだ。彼は顔に出さないけれど、少し拗ねているということが。




 エスメラルダ王国から出たことのなかった、箱入り娘のリセ。

 そんなリセと早く婚約しようと躍起になっていたクルトだったが……実は、未だ婚約は成立していない。

 婚約成立まであと一歩というところになって、ディアマンテ王家から待ったをかけられたからなのだ。


 反対されている訳ではない。むしろクルトの言っていた通り、ディアマンテ王家からは歓迎されているようだった。ありがたいことに。

 逆にあちらから心配されているのだ。『本当に、ディアマンテへ嫁いで大丈夫か』と。


 クルトとリセは十七歳。まだまだ理想と現実のズレを知らぬ歳。

 そこで、リセもディアマンテへ留学する運びとなったのだ。実際にディアマンテの地へ訪れて、彼の国の魔法や言葉に触れて……それでもクルトとの婚約を望むのなら、その時はぜひ歓迎しようと。それがディアマンテからの返事であった。


「三ヶ月後など、やはり遅過ぎないか」

「仕方ありませんよ。私にもディアマンテ側にも、色々と準備が……」


 婚約の話が進まない上に三ヶ月間も会えないことに、クルトは拗ねていたのだった。リセだってクルトと会えなくなることは寂しいけれど、こればっかりは仕方がない。


「ふふ、リセさん。留学が楽しみね」

「今度はクルト王子がリセ嬢の世話役になればいいじゃないか。また一緒にいられるぞ」

 

 グラナード王子がとんでもないことを言うので、リセは思わず慌ててしまった。しかし隣を見てみれば、それは名案だと言わんばかりにクルトが目を輝かせている。


「リセ。ディアマンテでは、俺がリセの世話役を仰せつかろう」

「ええ?!」

「なんでもやろう。リセのためなら」


 先程までの塞ぎがちだった表情はどこへ行ったのだろうか。クルトは俄然やる気が湧いてきたようで、リセにはもう止められそうもなかった。

 王子に世話役を任せるなど、なんて非常識な……そう思うけれど。その一方で、クルトと一緒にいられると思うとリセも期待を隠しきれなかったのだった────






 眼下に広がるのは、色彩豊かな街だった。


 色とりどりの建物が広場を囲むように広がり、その中心にはとても立派な時計塔。そして大通りの向こうには白く輝く荘厳な城……ディアマンテ城が佇んでいる。


「わあ……」

「もうすぐ城へ着く。疲れたか」

「いいえ、まったく」


 あの日より、三ヶ月後。

 リセはディアマンテの飛行船に乗り、街の上空を飛んでいた。魔法の力で飛ぶこの飛行船が、なんとエスメラルダまでリセを迎えに来たのである。


「飛行船って、速いのですね。馬車よりもずっと」

「リセは飛行船も怖くないのか」

「楽しいです、街がこんなによく見えて」


 飛行船から見える景色はとても鮮やかで、気のせいか空の色さえも濃く感じる。街を歩く人々の髪の色も青、黄、緑と多彩であった。

 隣の国であるはずなのに、エスメラルダとこんなにも違う。


 飛行船の窓からディアマンテの街並みに目を奪われていると、ふいに手を握られた。

 突然のことに心臓が跳ねた。隣に座るクルトの顔を見上げると、彼は優しく目を細めてリセを見つめていた。


「やっと、こちらを見たな」

「……あ」


 三ヶ月ぶりのクルトは、眩しすぎて。リセは、まともに目を合わせることが出来ないでいたのだ。

 会えない間、想像していた彼の姿よりもずっと……目の前の彼は鮮やかで、美しくて。景色を見て誤魔化していたけれど、クルトにはそれを見抜かれてしまっている。




「会いたかった」


 触れ合った指先が絡められれば、みるみるうちにリセの思考は麻痺してゆく。無口な彼の甘い言葉は、胸の奥へと真っ直ぐに刺さって。


「……私も会いたかったです」


 リセの口からも、素直な言葉がこぼれ落ちた。そんな彼女に、クルトは満足そうに微笑んだ。


「学園には、俺がリセの世話役になると伝えておいた」

「あ……あれは本気だったのですか」

「本気だ」


 クルトは大真面目にそう答えた。

 それもそのはず。クルトはこの留学期間中、リセになんとしてもディアマンテの魅力を伝えなければならないのだ。彼女と婚約するためにも。


「俺なら、リセの通訳も出来る」

「ありがとうございます」

「リセが使う部屋も整えておいた」

「あ、ありがとうございます」

「ディアマンテの街も案内しよう」

「ク、クルト様、少し待って……」


 彼の手が、強くリセの手を握る。


「だからリセ、……ディアマンテを好きになってくれ」


 彼の声が、懇願するようにリセをさそう。


「そして、どうか俺と……婚約を」

「……はい、必ず」

「約束だ」


 リセには、もうクルトの隣を歩む未来以外を選ぶことは出来なかった。

 クルトがいない未来など……心がそれを許さない。




 リセがクルトの手を握り返すと、それが合図のように二人は顔を寄せ合った。

 久しぶりに重ねられた唇は、初めてのときよりも熱く、甘く。

 やっと会えた喜びは、何度も何度も繰り返されて。




 飛行船が時計塔の隣を過ぎていくのと同時に、大きな鐘の音が響いた。

 

 時計塔を通り過ぎれば、ディアマンテ城まではあと少し。城へ着いてしまえば、怒涛の留学生活がスタートする。


 リセは甘い二人きりの時間に身をゆだねながら、ディアマンテでの生活に想いを馳せた。

 

 この魔法の国で、彼と共に歩む未来を願いながら────


 

 



──完──

最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!


※誤字報告、ありがとうございました!

いつも申し訳ありません!

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