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溢れる想い

 日もすっかり落ち、輝き始めた月が夕闇を照らしている。


 倉庫の周りでは、まだ学園に残っていた大勢の生徒がリセ達の行く末を見守っていた。


 クルトに連れられて倉庫の中から出てきたのは、彼の世話役……間もなく婚約者になる予定であったリセ。そしてその友人、セリオン。

 リセとセリオン、二人きりで倉庫にいたという事実は、皆に知られることとなってしまった。




「リセさん、セリオンとの甘いひと時はいかがだったかしら」 


 クルトを追ってきたであろうシルエラは、わざわざ皆に誤解させるよう言い放った。

 冷たく澄んだ空気に、シルエラの声は良く通った。彼女の言葉で、取り囲むように集まっていた生徒達がざわつき始める。


「二人きりで、一体何をされていたのかしらね」


 シルエラがそう言うと、取り巻き達は可笑しそうにくすくすと笑う。

 つい先程までクルトの魔法に恐れをなし固まっていたシルエラであったが、クルトが落ち着いたことにより本来の目的を思い出したようだった。その振る舞いは、すっかり高慢なものに戻っている。




「……何もしていません。私達はただ、寒い倉庫に閉じ込められただけです」

「クルト殿下の手前、セリオンと何をしていたかなんて言えませんわね。意地悪なことを聞いてしまったかしら」

「仰っている意味が分かりません……」


 なんて馬鹿馬鹿しい。セリオンと間違いを起こすなんて、そんなはずないじゃないか。

 そう思うのに、リセは不安で仕方がなかった。

 もし、皆が信じ込んでしまったら。もし……クルトからも、疑われてしまったら。


「リセさんがセリオンと二人になりたいって言うから、閉じ込めてあげたのに。何を仰るのかしら」

「私! そんなこと言っておりません」


 なんてことだろう。シルエラは皆の前でデタラメを広げ始めた。さも、リセから頼み込んできたかのように。

 リセは思わずクルトを見上げた。彼もリセを見下ろし、細くため息をついている。


「私、何もやましい事はありません……本当です」


 リセは、必死に無実を訴えた。

 あさましいだろうか。でも、クルトには、クルトにだけは……どうしても疑われたくなかった。

 そんなリセをなだめるように、クルトはやさしく微笑んで。


「大丈夫だ」

 クルトはリセを我が身に抱え込むと、シルエラに向かい合った。




「リセとセリオンを閉じ込めたのはお前か」


 シルエラを見るクルトの目は、それはそれは冷たくて。彼の腕に抱え込まれているというのに、思わず身震いをしてしまうほど。


「……リセさんがセリオンと二人になりたいと仰ったから。私は二人にして差し上げただけですわ」

「リセはそのようなことを言っていないようだが」

「私が嘘をついているとでも? 何を証拠に」

「リセはそのようなことを言わない」

「な、何を」

「リセが言うはずがない」




 リセは、腕の中からクルトを見上げた。

 断固としてシルエラに靡かないクルト。

 リセだけを、絶対的に信頼するクルト。


 この人はなぜ、こんなにも……


「口だけならなんとでも言えますわ。けれど、二人きりでいた事実は覆りませんのよ」

「リセとセリオンは、何も無かった。この倉庫で何があったか明らかにすることなど、魔法を使えば容易いが。まだ言うか?」

「え……?」


 自信たっぷりに糾弾していたシルエラは、予想外の言葉に思わず怯んだ。クルトが言う魔法とは、記憶を共有する魔法のようだ。まさかディアマンテの魔法とは、そのようなことまで出来てしまうなんて。


「お前が醜い嘘をついていることも、リセが真実を口にしていることも……全てこの場で明るみになるが。まだやるか」


 ついにシルエラが口を噤んだ。彼女は悔しそうに顔を歪めている。形勢が逆転した途端、シルエラの取り巻き達はそろそろと後ずさった。彼女達が相手にしているのは、リセではなくディアマンテの王子なのだ。もう、逃げ出してしまいたいのだろう。


「ディアマンテは……なんて恐ろしい国なのかしら。そのような魔法まで使うなんて」


 引くに引けないシルエラは、苦し紛れに言い捨てた。悔しさのあまり気づいていないのだろうか……王子相手に、彼の国を蔑む発言をしてしまっていることに。


「人を貶めるために、平気で嘘をつく……俺はお前達の方がよっぽど恐ろしいと思うが」


 それだけ言うと、クルトはリセの肩を引き寄せた。


「ク、クルト様!」

「もう行くぞ」




 クルトが歩き出すと、生徒達でできた人垣が左右に割れる。その中を、彼はリセを抱いたまま悠然と進んだ。


 今、当たり前のようにクルトの隣を歩いている。その場所が、リセにとってどれだけかけがえのないものなのか────

 このままずっと、彼の隣にいられたら。リセは自覚したばかりのその思いを、じわりと噛み締めたのだった。






 翌日。


 リセは案の定、風邪を引いてしまっていた。

 あの寒すぎる倉庫の中でコートを脱ぐなど、やはり無謀だったのだ。せめてセリオンは無事だといいが……


「なぜセリオンにコートを貸した」

「だってあのままではセリオンが風邪を引きそうだったので」


 放課後になって、クルトが見舞いに来てくれた。そしてセリオンにコートを貸したリセは今、怒られているのである。


「セリオンは今日も憎たらしい程に元気そうだったが」

「良かった、セリオンは無事で」

「良くない。結局、リセが風邪を引いてしまっているだろう」


 クルトは軽くため息をついた。

 リセは思わず身を小さくして俯く。


「もっと自分を優先しろ」

「え?」

「リセは、ひとのことばかり考え過ぎだ」


 クルトはそう言うけれど。

 リセはいつだって好き勝手なことばかり考えている。昔も、今も。


「私は……自分のやりたいようにやっているだけですよ」


 昨日だって、そうだった。

 セリオンに風邪を引いて欲しくなかったから無理矢理コートを羽織らせたし、醜聞が怖かったから、寒い倉庫に居座った。挙句、取り乱したリセは倉庫を破壊しようとしていたのだ。最終的には、クルトが扉を破壊してしまったが……




「クルト様。昨日はありがとうございました」


 リセが礼を言うと、クルトがゆっくりとこちらを向いた。泣きぼくろが美しい、真っ直ぐな瞳だ。いつだって、その曇りない瞳でそのままのリセを見ていてくれる。


「嬉しかったのです。私を、信じて下さって」

「リセが嘘をつくはずないだろう」


 彼は、リセを信用し過ぎだと思うのだ。

 食べ物も、言葉も、学園生活も……すべてリセごと受け入れる。

 こんな人が、他にいるだろうか。好き勝手に動くリセを、このように受け止めてくれる人が────


 フッとクルトが微笑むと、それだけでリセの胸は満たされてしまって。これが恋かと、視界が色付く。




「私、クルト様が好きです」


 リセは、溢れる想いをクルトにぶつけた。

 

「昨日気付きました。クルト様のお傍に居たいと。心から」

「ああ」


 クルトはリセをやさしく見つめたまま。


「……信じて下さいますか」

「リセが嘘をつくはずないだろう」


 髪を撫でられるのは、これで何度目だろうか。クルトの指先がリセの髪にさらりと触れた。


 手と手は重なり、次第に二人の距離が無くなってゆく。

 十七歳のリセとクルトは、やさしいキスを覚えた。

 

 覚えてしまえば、それは何度も欲しくなる。

 二人はどちらともなく顔を寄せ合い、互いを求める幸福感に包まれたのだった。






 

 

 

次回、完結予定です。

更新にお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!

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