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おせっかいな少女②



 エスメラルダ城ではその後も二度目・三度目と、数回に渡ってお茶会が開催された。

 テラスは毎回、満員御礼であった。グラナード王子の周りでは相変わらず、令嬢達がずらりと壁を作っている。


 リセも相変わらずグラナード王子の囲みに参加することも無く、いつ見ても一人、城のハイレベルなお茶菓子を吟味していた。


「クルト!」

「リセ」

「また会えたわね。元気だった?」


 リセとの再会も叶って。

 クルトは再会に向けて、エスメラルダ語を猛勉強した。少しでも彼女の言葉を理解するために。勉強の甲斐もあり、リセのエスメラルダ語を随分と聞き取れるまでになっていた。

 

「今日はこのチョコレートケーキが素晴らしいの。食べてみて」

「ああ」

「あっちにあったレモンパイもレベルが高かったわ」

「ああ」

「甘いものばかりだと飽きちゃうから、こっちにハムとチーズのクラッカーもあるの」

「ああ」


 お茶会の会を重ねる毎に、リセのお茶菓子への知識もぐんぐん上がっていった。彼女が勧めるものは、やはりどれも美味しくて。リセによって厳選されたお茶菓子を二人で数種類食べ尽くすとたちまち食欲は満たされ、今度は「どこか行ってみよう」という話になる。


 城の庭を探索し、木陰を見つけ、噴水を見つけ、鳥の巣を見つけ……

 リセとの探索は、発見の連続であった。なんでもないようなことでも、リセが大袈裟に喜ぶから。こちらも大発見をしたような気になって……




 あれは、何度目のお茶会であっただろうか。


「裏庭へ行ってみない? 楽しそう」

 そう言って、クルトの返事も待たずに駆け出すリセが、不意につまずきそうになった。

 地面は土。リセが着ているのは淡いグリーンのドレス。

 リセが怪我をしてしまう。ドレスだって汚れてしまう────


「リセ!」

 咄嗟のことに、クルトは魔法を使ってしまった。リセを浮かそうと、風魔法を。




 しかし。


「いったあ……」

 リセを浮かべて助けることは叶わなかった。クルトの魔力はまったく足りず……転んだリセのそばで小さな竜巻が巻き起こっただけ。

 当然、彼女のドレスは泥だらけ。それでも、リセは汚れたドレスそっちのけで目を輝かせた。


「今の竜巻、もしかしてクルトが?」

「……そうだ」

「すごい! ねえ、もう一度試してみて」

「え?」

「私、浮かび上がるかな?」


 ……リセは魔法が怖くないのだろうか。魔法を使うクルトから逃げないのだろうか。クルトの心配をよそに、目の前の彼女は嬉々として先程の魔法を待っている。


 幸いにも、ここはテラスから死角になる場所であった。クルトは、試しにリセの足元に向かって魔法を飛ばしてみる。やはりリセは浮かぶことなく、竜巻によって周りに落ちていた葉が舞い上がるだけ。


「……すまない、無理のようだ」

「ねえ、クルト! 私いいこと思いついた」


 リセはそう言うと、庭園に落ちていた花びらを集め始めた。両手に乗る程の花びらが集まると、彼女はそれを地面へそっと置く。


「クルト、この上に竜巻飛ばしてみて!」


 リセがあまりにも期待を込めた視線を寄越すから……クルトは花びらの山へ魔法をかけた。


 


「わあ……!」


 クルトの魔法で、空へと舞い上がる花びら。

 それを見上げるリセの眩しい笑顔。

 

『決して、魔法を使ってはなりませんよ』


 一瞬、傍付きの言葉が脳裏をよぎった。

 なぜ、魔法を使ってはならないのだろう。

 こんなにも鮮やかな景色を見せることができるのに。


 クルトはリセに求められるがまま、何度も花びらを舞い上がらせた。

 そのうちセリオン達が寄ってきて、暇を持て余していた子供達も集まって……ついにはグラナード王子までもが見物しにやって来た。


 子供達は皆で、舞い上がる花びらを見上げた。

 青空の下、城のテラスは、鮮やかな花びらと子供達の歓声で包まれたのだった。




「クルト殿下、魔法を使われましたね」


 帰りの馬車にて。

 傍付きの者から魔法を使ったことについて咎められると思っていたら、そうではなくて。


「クルト殿下の魔法のお陰で、殺伐としたお茶会が和んだと。エスメラルダの方々が大変喜ばれておりましたよ」


 あの魔法のあと、クルトの元にグラナード王子が歩み寄った。念願であったグラナード王子との挨拶も果たすことができ、結果としてクルトの魔法は良い効果ばかりをもたらしたのである。


「俺のお陰ではない。リセのお陰だ」

「あの少女にも、感謝しなければなりませんね」


 リセがいなければ、クルトがこのお茶会に二度三度と参加する事はなかった。リセの笑顔が無ければ、クルトがあの魔法を見せることも無かった。


「こうして、魔法への偏見も無くなってゆくのかもしれませんね……」


 言葉が通じなくても、魔法を目の当たりにしても……楽しそうにクルトへ寄り添い続けるリセ。

 彼女と、もっと会いたい。ずっと一緒にいることが出来たなら……

 クルトはリセに心を掴まれたまま、エスメラルダでのお茶会を心待ちにする日々が続いた。






 しかし、そんな日々にも終わりがやってくる。ついにグラナード王子の婚約者が選ばれたのだ。


 元々このエスメラルダでのお茶会は、グラナード王子の婚約者を決めるためのもの。その婚約者が決まったとなれば、もうこのお茶会もお開きである。


「リセ、必ずまた会おう」


 最後になってしまったお茶会の日、クルトはリセに伝えた。これがリセとの最後では無いことを、約束したつもりだった。


「うん、またね!」

 リセは変わらぬ笑顔でクルトの手を握った。

 

 クルトの手を包む、しっとりとした小さな手。

 この手で、これからもリセは優しさを振りまくのだろう。リセの優しさを享受する者達へ、思わず嫉妬してしまう。


 手を離すことの出来ないクルトに手を握られたまま、リセは微笑んだ。


「また、素敵な魔法を見せてね」と────






 その後、クルトはエスメラルダだけでは無く諸外国についても学ぶ必要があった為、なかなかに忙しい日々を送った。グラナード王子とは手紙での親交が続いたものの、エスメラルダへ行くことは叶わなかった。


 ただ、グラナード王子とのやり取りで明らかになっていった。リセがフォルクローレ伯爵家の次女であること。クルトと同じ歳であったこと。婚約者はいないこと……

 グラナード王子の手紙からはリセの気配を感じ取ることができて。彼女と会うことは無くても、恋しさは募るばかり。リセのあの笑顔を忘れることは無かった。




 そして十年が経ったある日。

 またグラナード王子から手紙が届いたのだ。


『留学にいらっしゃいませんか。

 よろしければ、リセ嬢に会いにいらっしゃいませんか』と────



 

あと一話、クルト視点が続きます。

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