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国のためにも

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします!



「なぜお前がここにいる」

「そんな怖い顔しないで下さいよ」




 昼休憩の食堂。


 今日選んだメニューはポテトと玉子のグラタンで。リセとクルトが二人、いつものように確保しておいた席へと戻ってみれば、なんと隣にはセリオンが座っていた。彼の前にも、湯気を立てるグラタンがひとつ。

 

「グラタンですね! 俺も今日はグラタンにしたんです。奇遇だな」

「ちょっと、セリオン……あなた、ここで何してるの」

「リセ、酷いな。俺はクルト殿下へ謝りに来たのに」


 セリオンは相変わらず良く分からない笑みを浮かべたまま、グラタンの玉子をトロリと割った。

 どうやら席を立つ気は無い様子だ。リセとクルトも、諦めて席へと着いた。


「どういうことだ」

「俺は殿下を挑発するような真似をしましたから」


 彼が謝ろうとしているのは、リセの手を握ったり肩を抱いたりしてクルトを刺激したことだろう。セリオンにも一応、謝罪すべきことをしたという自覚はあったのか……リセは逆に驚いた。


 クルトの鋭い目はずっとセリオンを睨みつけたまま。この視線を受けながらも平然とグラタンを頬張るセリオン。やっぱり彼のことは到底理解出来そうにない。




 グラタンをごくりと飲み込むと、セリオンはクルトへ向き合った。そして大袈裟に頭を下げる。


「クルト殿下、申し訳ありませんでした。もう、俺がリセに触れることは無いでしょう」

「本当か」

「はい。さすがにリセ本人も、その他ご令嬢方も、殿下のご意向に気付いたでしょうから」


 突然、本人を前にしてなんてことを言うのだセリオンは。

 思わずクルトを見てみると、真顔の彼と目が合った。みるみるうちに頬が熱くなってゆく。


「俺、殿下とリセには恩があるんですよ。ぜひ二人には幸せになって貰わないと」

「……恩とは?」

「俺が好きな子と婚約できたのは、二人のおかげですから」






 セリオンの婚約者……それは、とても可愛らしいご令嬢。そう、彼らも、十年前のあのお茶会で出会った。


 幼いセリオンは、一目で恋に落ちた。

 しかしその可愛らしいご令嬢は、とても控えめな性格だった。隣に座っても何も話せない、目も合わせることが出来ない。

 セリオンは困った。これは彼女に近付く以前の問題だと。


 そんな時、セリオンの目に入ったのがクルトとリセの二人。

 しばらく観察していると、どうもクルトは子供ながらにして魔法の使い手のようで。彼の小さな風魔法に感動したリセが、何やらもっともっとと頼み込んでいる。


「お、俺たちも見に行ってみない?」

「えっ……」


 セリオンは思い切って彼女の手を取った。

 彼女は驚きつつも、その後をついて歩く。


「あっ。セリオン達! 見て、クルトの竜巻!」

 お茶会の片隅で。

 リセはいそいそと落ちていた花びらをかき集めた。そしてクルトに向かって大きく合図を送ると、クルトは軽く頷き、指を鳴らす。


 すると……すぐそこにくるくると立ち上る小さな竜巻。

 風に吸い取られ舞い上がった色とりどりの花びらが、幼い彼らを釘付けにした。


「す、すごい……」

 セリオンは、彼女の笑顔を初めて見た。

 舞い落ちる花びらを、楽しそうに見上げる彼女。頭に降った花びらをセリオンが取り除くと、やっと二人は目が合った。目と目が合うと、お互い自然と笑い合って。

 そこからだ、セリオンと彼女の関係が始まったのは……






「あれはお前だったのか」

「そうです。お陰様で彼女とは無事婚約できまして」

「それは良かったな」


 セリオンの動機を聞いて、やっとクルトの表情が柔らかいものになった。

 和やかになった空気に安心したリセは、束の間、忘れていた。セリオンがとんでもない人間だったということを────




「殿下とリセのご婚約はいつ頃でしょう?」


 再び、食堂に緊張が走った。

 セリオンの声は図ったように大きくて。リセは思わず、あたりを見回した。周りの生徒達は皆、こちらから視線を外してはいるが……きっと聞き耳を立てているに決まっている。


「セリオン! 何を言ってるの」

「早くしませんと、リセも年頃ですから誰かに奪われてしまうかも」

「セリオン、黙って!」


 リセが制すも、セリオンには黙る気配が無い。こんな雑然とした場所で、クルト相手になんて失礼なことを。

 青くなったり赤くなったりと忙しいリセをよそに、クルトはフッと微笑んだ。




「分かっている」


 肯定とも取れるクルトの言葉は、きっと皆の耳に吸い込まれていったに違いない。それはリセの耳にも。

 面白そうに笑うセリオンと、クルトの意味深な眼差し。

 リセは大好きなグラタンの存在も忘れて、ただただ言葉を失った。






 その日のリセは、使い物にならなかった。


 何をしても、何を聞いても、全く頭に入ってこない。クルトの、あの言葉が頭にこびりついていて。

 そんなリセを気遣ってか、クルトも無闇に話しかけたりはしなかった。

 ただ二人、傍にいるだけ────




 帰りの馬車で、珍しくクルトが口を開いた。


「リセはどう思う」


 リセは、クルトの言葉で我に返った。顔を上げれば、彼の視線がリセを射抜く。

「ぼうっとしていて申し訳ありません……どう、とは?」

「俺との、婚約について」


 彼の口から、ずばり告げられた。

 セリオンの余計なお世話は大きな引き金となり、リセの『お世話役』という建前の立場にヒビを入れる。

「気づいているだろう。エスメラルダと俺が、リセを囲い込もうとしている事に」


『婚約』について、面と向かって意見を求められたのは初めてで。心臓が、固く跳ねた。


「リセ、俺と婚約しないか」

「私……」

「エスメラルダと、ディアマンテのためにも」


 クルトにまで、そう言われるなんて。

 なぜか胸がズキリと痛んだ。彼が自分に向ける感情は、決して国のためだけでは無いと分かっているはずなのに。


『望まれたら応じなさい。エスメラルダ王国のためにも』


 父の言葉が頭に響いて。彼との婚約が『国のため』だなんて、そんなこと……


 しかし、これまで何の縁談も無かったリセ。これはリセにとって待ちに待った縁談で、相手はあのクルトだ。これ以上無い素晴らしいお相手ではないか。なによりも、これは国と国とを結ぶ、この上無く大切な縁談だ。




「……謹んで、お受け致します」


 ディアマンテ王国王子であるクルトからの婚約申込みを、断るなどという選択肢はなかった。

 肩にのしかかる婚約の重みを感じながら、リセはただただ頭を下げたのだった────






 

いつも読んで下さりありがとうございます!

そして恒例となってしまっている誤字報告、本当に大感謝です……!いつもすみません!

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