表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピラニア  作者: あの肩
1/4

前編

書いちまったよ……。

 僕の名前は高松(たかまつ)隼太(はやた)、18歳。

 今年大学に入学したばかりのどこにでもいる普通の学生だ。


「あ、小説が更新されてる。昨日から気になってたけど、どうなったのかな」


 僕にはちょっとした趣味がある。

 それは、ウェブ小説を読むことだ。

 特に大学へと向かう電車の中で、ウェブ作家であるYUKIMO先生の作品をチェックするのが、ここ1ヵ月の日課になっていた。


(ふむふむ……次回ついに主人公が家を飛び出したヒロインと顔合わせか。ここからどうなるんだろう)


 作品名は『もう1度咲いたスズラン』。

 恋愛ジャンルで、1ヶ月前から1〜2日に1度の頻度で連載されている。


 物語の主人公は、身勝手な振る舞いから取り返しのつかない過ちを犯してしまった女子高生と、幼なじみである男子高校生。

 2人は戸惑いながらも昔の思い出を頼りに心を通わせあい、一緒になって周囲と向き合っていくという“やり直し”をテーマにしている。


 人は誰しも過ちを犯す。

 でも善いところも悪いところもあるのが人間だ。

 誰かを傷つけてしまった罪。傷付けられる痛み。

 両方知ったからこそ人の役に立てることもある、僕はそう信じている。

 だから『スズラン』がテーマにしている内容は、僕の心に響くものがあった。


 それと、僕が先生を応援したい理由はもう1つあって――


「高松くん、おはよう!」

「あ、おはようございます。最上先輩」


 キャンバスに入ってすぐ、横から声が掛けられる。

 立っていたのは大学の先輩、最上(もがみ)(ゆき)さん。

 僕より1つ年上で、高校時代の先輩でもある。

 生徒会で書記を務めていた僕は、副会長で面倒見の良い最上先輩によく仕事を手伝ってもらっていた。


「もう。いい加減、先輩はやめてって言ってるのに」

「ごめんなさい。くせが抜けなくて」

「ふふ、昔に戻った気分になれるから構わないけどね。これから山井教授の講義だよね? がんばってね」

「はい!」


 実は彼女こそ『スズラン』の作者YUKIMO先生。

 それを知ったのは本当に偶然だった。


 ある時、構内を歩いていた僕は、スマホがベンチに置き忘れられていたのを見つけた。

 最上先輩のスマホケースに似ていると思ったら、案の定スマホには最上先輩の学生証が挟まっていた。

 しかもスマホの画面がついたままになっていて、書きかけの小説が目に映ってしまった。

 先輩がウェブ小説家のYUKIMO先生だと知ったのはその時だ。


 それから興味を惹かれた僕は、先輩の書いた小説に目を通すようになった。

 もう4作品がアップされているけど、登場人物の描写がとても繊細で、最後は必ずハッピーエンドで終わる結末はどれも心温まる物語ばかりだった。


 もともと読書は好きなほうだし、僕はすぐに先生のファンになった。

 だけどそのことを最上先輩に言ったことはない。

 うっかり盗み見た、なんて言ったら気まずくなってしまうし、僕は一ファンとして先輩を応援できればそれで良かった。


 ただ、最近1つ気になることがある。


(あ……まただ)


『スズラン』の感想欄に目を通す。

 始めの頃は今後の展開に期待するコメントが多かったものの、最近は回が進むに連れて幼なじみのヒロインに天罰を望む内容の感想が増えていた。



 -------------------------------


 投稿者:ハリアー


 早くこのクソ幼なじみに生まれてきたことを後悔させるようなざまぁ希望。

 更生とか必要ないから主人公にはヒロインを盛大に切り捨てて絶望を与えて欲しい。


 -------------------------------


 投稿者:わいこ


 学校側のヒロインへの罰が厳重注意だけとか温すぎ。

 馬鹿は死ななきゃ治らない笑

 なんなら主人公が人生から退学させたって笑


 -------------------------------



(感じ悪いなぁ……)


『スズラン』はよくある悪人を断罪する系の話ではない。

 そのことはタグやあらすじ欄でしっかり説明しているし、断りも入れてある。

 それなのに、どこか見当違いな感想が定期的に書き込みされる。


 僕としては不愉快この上なかったけど、そんな人達にも先輩は「ご期待には答えられそうにありません」と丁寧に感想を返していた。


(執筆に集中して欲しいんだけどな)


 少し前にアカウントを取得した僕は、彼女を守るように感想を書く。



 -------------------------------


 投稿者:marumajiro


 更新お疲れ様です!

 いよいよ主人公の見せ場ですね。

 無事ヒロインの心を救ってあげられるかどうか……!

 次回を楽しみにしています!


 -------------------------------



 こんな感じで応援のコメントを残す。

 大学生として勉学に励む傍ら、趣味であっても一生懸命執筆しているのは、文体を見ればわかる。

 だからこそ僕は彼女の努力が報われてほしかった。

 彼女の紡いだ物語を読んで、みんなに心を温めてほしかった。

 僕の書き込んだ感想に『ありがとうございます! これからも2人の頑張りを見守ってあげて頂けると嬉しいです!』と返信が書き込まれたのは夕方のことだった。


 そして、2日後。


(あ、更新されてる!)


 ブックマークページを見ると、『スズラン』の最新話がアップされている。

 いてもたってもいられず、心臓をバクバクさせながら僕はスマホの画面をタップする。


(うん……うん……やっぱり主人公はヒロインに手を差し伸べたのか)


 誰も彼もに見放され、ズタボロになった彼女の前に現れた主人公。

 周りからは同じように冷たいで見られるかもしれないのに、それでもヒロインの手を握り締めた彼の姿に、僕は電車の中だというのに感極まって目が潤んでしまった。


 これから2人はどうなるんだろう。

 幸せになるといいな。





 -------------------------------


 投稿者:ハリアー


 こんな気持ち悪い女と顔を合わせられる主人公が一番気持ち悪い。

 1度やった奴は何度でもやるから更生は要らないって言ったじゃん。


 -------------------------------


 投稿者:ザルツミッツ


 顔面を踏みつけてざまぁして欲しかったのに。

 空気読め無さ過ぎて萎える。


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 感想欄で何度も忠告したのに、予見できた結果だった。

 反省とか口にしてもどうせまたやるんだから救済はいらない。

 もう読みません、さよなら。


 -------------------------------



(なんだよ、これ……)


 感想欄を見て、僕は胸が締め付けられた。

 ほとんどの感想がヒロインどころか主人公へのバッシング。

 それどころか批判は作者本人にまで飛び火していたのだ。



 -------------------------------


 投稿者:不日月


 ヒロインに微塵も同情できない。

 主人公はサイコパスなんか。


 -------------------------------



 自分たちの思い通りの展開にならないことへの不満を爆発させる読者。

 もちろん中には好意的な感想もあった。

 だけどそれらも次々に湧く批判コメントの圧力に沈んでいく。その中には僕のものもあった。


(大丈夫かな……あ、先輩)


 大学に到着した僕は廊下を歩く最上先輩を見つける。


「おはようございます、先輩」

「あ……おはよう、高松くん」


 心なしか先輩の顔色が悪い。

 SNSとはいえ、何人もの人間の悪意に晒されたのだ。

 誰だって気分が悪くなるのは当然だろう。


「……なにか用、かな」

「その……具合が悪そうですけど大丈夫ですか?」

「そ、そうかな。あはは、心配かけてごめん。ちょっとイヤなものを見ちゃってね。そのせいかも」

「……そうですか」


 イヤなもの。

 それが『スズラン』の感想欄であるのは明白だった。

 小説の登場人物は作者の映し身。

 主人公やヒロインを貶すことは作者を傷つけるのと同じこと。

 思いを込めて書いている人ほどその傷口は深くなる。


 落ち込んでいる先輩を励ましてあげたかった。

 感想なんて気にしないで伸び伸び書いてほしいと、今すぐそう言ってあげたかった。

 しかし面と向かって伝えても、僕がアカウントを知っていることのほうが問題になってしまい、先輩を混乱させてしまうだけだろう。

 仕方なく僕は小説サイトのメッセージ機能で励ましのコメントを送る。


 その日の夜。


『お気遣いありがとうございます。初めてのことで戸惑っていますが、連載は続けていきたいと思いますので、今後とも応援よろしくお願いします!』


 という返信がきた。


『スズラン』には、最終的に1日で30件近く感想が寄せられていたものの、たとえ中傷に近いコメントでも、先輩はその1つ1つに丁寧なコメントを返していた。


 そして翌日。


(あ……アップされてる)


 昨日の今日で、もしかしたらモチベーションを保てなくなっているのではと思っていたけど、『スズラン』は昨日と同じく朝には更新されていた。


 だけど……。


 -------------------------------


 投稿者:ハリアー


 ヒロインの心無い言葉で周りの人間はどれだけ傷ついたと思ってんの。

 精神的苦痛は物理的苦痛の上位互換。

 だって心の傷は一生治らないんだから。

 作者はそんなこともわからんの。


 -------------------------------


 投稿者:ニュート1820


 ヒロインが完全に糖質。

 こんなやべー女隔離するべきだろ。

 なんでこんな駄作がランキング入ってんのw


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 上の感想。


 >精神的苦痛は物理的苦痛の上位互換。


 ほんそれ。

 そんな傷を負わせたんだからヒロイン笑は一生地獄を見るべきでしょ。

 作者は無知。

 無知は罪、無知は害悪。


 -------------------------------


 投稿者:わいこ


 まだ書いてる……

 見てると不快なんでアップするの止めてください。

 ヒロインの精神的暴力を許してる時点で作者のモラルなしの助。


 -------------------------------



(ひどい……酷すぎる)


 不快なら読まなければいいだけなのに。

 だけどそれも、『ランキング上位に入っていてブロックしても目に留まるから作品自体を削除しろ』というコメントすらあった。



 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 まだ諦めてねーのか。

 これだけ読者を不快にさせられるのも才能だわ。

 作者をモデルにクズ役の追放系書けばもっとポイント増えるのに。


 -------------------------------




 その日。

 すれ違った先輩は終始俯いていて、普段の朗らかで落ち着いた表情はすっかり抜け落ちてしまっていた。

 感想欄への返信は1つなかった。


 それでも次の日、最新話が更新される。




 -------------------------------


 投稿者:rereqq


 まだ書いてんの

 懲りねーな


 -------------------------------


 投稿者:わいこ


 >「今まで本当にごめんなさい……!」

 >わたしは誠意を振り絞って彼女に頭を下げた。


 これで反省終わり笑

 作者の脳内お花畑苦笑

 悲劇のヒロインぶってんじゃねーよクソ女


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 つまんね

 これからPVガタ落ちだろうな


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 >わたしの後ろには、大切な彼のいてくれる。


 彼の✕ 彼が○


 ちゃんと推敲しろよ無能。


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 あああん


 -------------------------------


 投稿者:amigasa


 >昨日から目が回りそうことばかりだけど、


 そう✕ そうな○

 作者日本人じゃない説


 -------------------------------


 投稿者:ハリアー


 昨日の感想にもちゃんとコメ返せよ。

 批判が集まったら雑に扱うとか読者なめんな。


 -------------------------------



(もう止めてくれ……!)


 感想欄が荒らされているのは誰が見ても明らかだった。

 堪えきれなくなった僕は再三運営に通報したけど、彼らのアカウントが停止になることもコメントが削除されることもなかった。


(これだけ荒らされているのにも関わらず、中傷と受け取ってもらえないなんて……)


 夕方になって僕は先生にメッセージを送った。


『更新お疲れさまです。

 ここ最近、感想欄の荒れようが酷すぎます。

 この際、閉じてしまうことも考えたほうが良いのではないでしょうか。

 また、しばらく更新を停めて冷却期間を置けば荒らしも少しは離れていくかもしれません。

 いずれにしても先生の心労が気がかりなので、どうか無理をなさらないでください』


 1時間後。


『marumajiroさん、温かい言葉ありがとうございます。

 さすがに最近の流れは私もこたえています。

 ですが楽しみに待ってくれているmarumajiroさんのような方も大勢いらっしゃいますし、どうにか最後まで書き切りたいと思います。

 感想欄については、様子を見て受け付けを停止することも検討しています』


 どうやら先輩は応援してくれている僕らのために、最終話までペースを落とさず執筆を続けるつもりらしい。


 こんな状態では純粋に更新を待てるはずもなかったけど、『スズラン』も佳境に入っているのは間違いない。

 不安になりながらも、僕は彼女を見守り続ける決意を固めた。


 だけど、状況はさらに悪化する。



 -------------------------------


 投稿者:わいこ


 2年経っても文体が進歩してねーな。

 昔からこんな気持ち悪い小説書いてたのか笑


 -------------------------------



 荒らしによる攻撃が、先輩の過去作品にも波及し始めたのだ。

 好意的な感想で占められていた前半部分から一変、感想欄は心無い言葉で埋め尽くされた。


『この表現意味わからん』

『ちゃんと下調べしろよ』

『やめちまえ馬鹿』



 次の日。


『スズラン』が更新されることはなかった。


 次の日も、その次の日も。


 そして大学で最上先輩の姿を見ることもなくなった。


 そして週末。




 僕は最上先輩が自殺したことを知った。




 自宅のドアノブにロープを掛けて首を吊ったそうだ。


 遺書にはたった一言。


 “不快な思いをさせてごめんなさい”


 と書かれていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ