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クリスタ王国の恋愛模様

両想いではなく両片想いだった話

作者: サクモ明葉

深く考えずに楽しんでいただければ幸いです。

【思い込みの強いご令嬢の話】のニコラス視点になりますが、こちらだけでも読めるように書いてます。

「もう少しだよリリィ! しっかり掴まってて!」

「ふぇ……」

 すでにリリアナの声が小さくなっているが、しっかり紐でも結んであるので大丈夫だろう。

 レンガの小さなへこみに手や足をかけ、ようやく父の書斎のバルコニーの横までたどり着き――飛び移った。

「やった! できた!」

「――は?」

 突然バルコニーに現れた息子と彼に背負われたリリアナを見て、父がペンを落とした。

「父上! リリィを守りながら登り切りましたよ! 結婚認めてくれますよね!」


 ニコラスが満面の笑みでそう言ったのだが、次にやってきたのは父の拳骨である。

 リリアナはニコラスの背で目を回していた。






 ホールデン伯爵子息のニコラスには、小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染がいた。


 アドラム男爵令嬢、リリアナ。


 気づいた時には二人で遊んでいた。

 大人達の間ではアドラム男爵を派閥に入れるための画策が親世代から始まっていたらしいが、そのようなものはニコラスには関係無かった。

 ニコラスは、リリアナが大好きだった。

 何しろニコラスと一緒に遊んでいて最後までついてこれるのがリリアナだけだった。当時のニコラスは伯爵家の子というよりは野生児であった。

 屋敷の庭を駆け回るのは当然のことで、塀の上に登ったり、蔦植物でターザンをしたり、煙突の中の探検をしたり……「ニックが池の上を走った」とリリアナが言ったのも最初は大人達も信じなかったが、リリアナが嘘つき呼ばわりされるのを許せなかったニコラスが再現したので問題ない。別の意味で両親は頭を抱えたのだが。

 目を離したらどこに飛んでいくかわからないニコラスを、リリアナはいつも健気に追いかけていた。

 ニコラスが塀の上に居るときは下で同じ速度で歩き、ターザンの到着地点に先回りし、暖炉を特定して待機していた。

 一緒にやる? と尋ねたら勢いよく首を横に振ったので、ニコラスも無理強いはしなかった。

 それでもずっとついてきてくれるリリアナが、大好きだったのだ。


 ある時、父親に「リリアナ嬢と結婚したいなら、彼女を守れるような男にならないと駄目だ」と言われた。

 そこでニコラスは彼女を背負って屋敷の壁を登った――というのが、冒頭の話である。

 ……十歳にもならない子供が思いつく「リリアナを守れる方法」などたかが知れていた。

「悪い奴が来たり、屋敷が火事になってもこれでリリィを連れて逃げれるじゃないですか!」

「そういうことじゃないんだバカ息子」

 認められたのは気概だけだった。





 そんなニコラスに悲劇がやってきたのは、十歳になった頃だった。

 ずっとニック、と呼んでくれていたリリアナが突然、「ニコラス様」と呼んできたのだ。

「どうしたのリリィ!? ニックって呼んでよ!」

「ダメです!」

 それだけではなく、リリアナが屋敷に遊びに来る回数も減った。というより来なくなった。

 訳が分からない。あんなに傍にいたリリアナがいきなり遠くなったのだ。

 その頃のニコラスはリリアナに合わせることを覚え、使用人に教えてもらった花の指輪や冠を作ってリリアナにプレゼントした。「もう少し大人になったら、ちゃんとしたのをあげるから」と言い、リリアナも喜んでいた。


 なのに、どうして。


 嫌われてしまったのかと思い至った時は、この世の終わりが来たかと感じた。そしてニコラスは、荒れた。

 気づけば庭を転げまわっているし、屋敷の屋根に登ってアドラム男爵邸がある方向をじっと見ているし、降りてきなさいと怒られたらジャンプして降りてきた。見事な着地だった。地面はへこんだ。




 ――魔力が暴走しています、と診断されたのは、十一歳の時。王立学園の入学前面談でのことだった。

「ご子息は魔術師の才がございます。しかし魔力の放出が上手く出来ておられないのです。幼少の頃より駆け回っていたというのも、なんとか魔力を外に出そうとした結果でしょう。無理に止めていなくて良かった。下手をしたら暴発しておりましたな」

 ニコラスを見た初老の魔術師は、こぶし大ほどの魔石をニコラスに持たせながら言う。

「最近何かございましたかな? だいぶ体内の魔力が荒れておりますぞ」

「……リリィが全然、会ってくれないんだ」

「ふむ」

「嫌われたんだ、でもどうしてなのかわからないんだ」

 魔術師はちらりと両親を見たが、両親も首を振る。

「ニコラス殿。とにかく学園では魔術の勉強をなさいませ。魔術師になるかは伯爵様とご相談すれば良いが、今のままですとリリィ殿も危険ですよ」

「えっ」

「魔力を暴発させると周囲にも被害が出ます。万が一そのリリィ殿が傍にいた場合、彼女が怪我をする可能性が」

「そんなのダメだ!」

 リリアナを傷つけるなど、考えたくもなかった。

 迷うことなく、魔術師クラスで入学することを決めた。

 リリアナの瞳の色をした魔石をお守り代わりに手に入れ、二重の意味で安定したニコラスは十二歳で無事に入学した。

 両親に魔術の才が無かったので全く気付かれていなかったが、ニコラスは本当に危なかったらしい。ホールデン伯爵家は旧家の部類に入るので、おそらく先祖返りだろうとは言われた。

 そして、入学して幸運もあった。

「お久しぶりです、ニコラス様!」

 リリアナが、話しかけてくれた。

「リリィ! ニックって呼んでくれよ!」

「それはダメです」

 愛称呼びはあっさり断られてしまったが、昔のように話せるようになった。

 魔術師クラスに入って唯一残念だったのはリリアナとクラスが異なることだったが、彼女は侍女コースに入ったので結局駄目だったからそこは諦める。


 アドラム男爵家には、入学前にリリアナとの婚約を打診している。

 アドラム男爵は祖父の代で世襲貴族になった家で、家格として少し足りない。だが派閥強化の一助になるから周囲の反対も無く、リリアナが侍女コースを選択したことで問題なくなった。

 彼女は卒業まで侍女コースを履修すると息巻いているらしい。それはつまり――王宮仕えを目標にしているということ。

 元々最終学年まで在学する令嬢は稀だ。結婚のため中退する子、家の都合で領地へ戻る子、理由は様々だが女子の卒業実績は非常に少ない。

 侍女コースもそんな女学生の実態を考慮し、三年あればすべて履修出来るように設定してある。残りの三年はより高度な内容なのだ。特に最終学年は王族に仕える為の知識、他国に対しても恥をかかないような実習が組まれる。

 現在王族の女性というと王妃様、もしくは王女様のどちらかだが――その侍女として数年、王宮仕えをすれば、ニコラスとの結婚に文句を言う者など皆無になるだろう。


『ホールデン家に行くことを避けていたリリアナですが、相変わらずニコラス殿のことは好きなようですし……家格を気にしていたのかもしれません。あの子のしたいようにさせてあげたいのです』


 男爵にそのように言われれば、婚約の保留くらいはどうということはない。

 リリアナが頑張っている間に、ニコラスも魔力の制御を身に着けよう。決して彼女を傷つけないように。





 ……と、思っていたのに。


「なあニコラス。お前の愛しの君、王宮仕え断ったらしいんだけど」

「――は?」

「理由が『ホールデン家に雇ってもらうので!』だったらしいんだけど」

「は? ――は?」

 最終学年になった時、王太子の側仕えに内定していた友人から、そんな衝撃の話を聞かされた。

 伯爵家に雇ってもらうとは何だ? 彼女は伯爵夫人になるのに。

 王宮からの打診を断る? 六年も学園にいて、侍女コース成績トップを維持しているのに?

 疑問しか出てこない。

 いい加減、話し合う必要があることに気付き、周囲も巻き込んで計画を立てた。

 四阿に誘い込んで逃げ道を塞ぎ、この際すべて明らかにしてやると意気込んで追及したわけだが。


「お兄様に処刑された男爵令嬢の話をされ、『身に合った生き方を』と言われて気づいたのです。よく言って下の中の男爵令嬢の私が、ニコラス様が好きだなんて身に合っていない感情だとわかっています。けれどどうしても諦めきれなくて……立派な侍女になってニコラス様の奥様にお仕えし、奥様が亡くなった後もニコラス様に誠心誠意仕えれば事実上の後妻になれて良いと思ったのです!」


 ……彼女の兄フレディの悪戯でとんでもない思い込みをしていた。

 国王陛下の兄が隣国からのハニートラップに嵌まりあわや戦争になりかけた話は有名である。他国と通じた男爵家が処刑されたことも。

 しかし、それを自分と重ねるなんて誰が思うのか。

 小さい頃からフレディは妹を揶揄うのが大好きで、母親に窘められていた。今回のことは男爵夫人の怒りが爆発しそうである。無論ニコラスも庇いはしない。むしろ一緒に詰りたい。

 ……というか、この様子だと婚約打診も知らないのか。男爵が勉強の妨げになると思って言わなかったのか。

 とにかくニコラスはリリアナの思い込みを解かなければならない。内心げっそりしながらリリアナの手を握り、ひとつひとつ誤解を解く。


「……と、ということは……」

「ああ、僕と君は」

「ニコラス様の奥様が亡くなった後にわたしを妻にしてもらえる可能性が!」

「何故頑なに後妻を狙っているんだよ!! 僕は君がずっと好きなのに、何故間に誰かを挟まないといけないんだ!」


 とうとう怒鳴ってしまった。リリアナの肩が一瞬跳ねる。


「リリィ!」

「はい!」

「僕、前に言ったよな!? 大人になったら、ちゃんとした指輪と冠をあげるって! 覚えているか!?」

「は、はい」

「君だって頷いてくれただろう!?」

「はい……」

「それでも伝わってなかったのか!?」

「……………あ」

 やっと何かに気づいたように、リリアナが声を漏らした。


 小指の指輪は、愛の約束。

 女性へ捧げる冠は、愛の証。


 ――貴族の婚約と結婚の際に男性側から女性に贈る装飾品である。

 男性の言う『あなたに指輪と冠をあげます』は、『あなたを愛しています。結婚します』と同義なのだ。

 冠については世襲貴族であれば代々受け継がれているものなので、嫡男は大体それを婚約者へ贈る。

 ニコラスも、ホールデン家に伝わる冠を贈るつもりだった。


「で、でもあの頃は子供でしたし」

「僕の気持ちは変わってない」

「ニ、ニコラス様。真顔は怖いですよ? なまじ顔が整ってますから」

「君が好きだ」

「聞いてます?」

「君が聞いてくれないのに僕が聞く必要ある?」

「う……」

「それとも真顔の僕は嫌いとでも言う?」

「いえ好きです」

「じゃあなおさら関係ないな」


 握っていた手を少しずらし、リリアナの小指だけを優しく掴む。


「両手の小指に、ちゃんと贈るからな」


 小指の指輪は左右どちらでも構わないのだが、愛の深さを主張する場合は両手につけられるよう、二つ贈る。

 ニコラスも両手に贈ると決めた。この愛が疑われないように。


 ――ニコラスの瞳と同じ、琥珀色の石を入れて。

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[一言] 巡り巡ってそこそこ大事になった戯言を口にした兄はどうなったのやら
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