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三銃士reload  作者: 問屋卸業
2/2

ここが花の都なり

安N「オンボロ車を走らせ、ようやく東京の中心地へ入った俺は、今までとは全く違う光景に圧倒された。

何車線もある道路を埋める、果てしない自動車の列。ひしめき合うスーツの群れ。先進的な服装の紳士、淑女たち。天まで届きそうな、超高層ビルの森。

どれを見ても、俺のいた世界線のフランスはおろか、故郷の村にもないものばかりで、再び別世界に迷い込んだようだった」



安N「これが……この世界の花の都、か。しっかし、これだけ車線があって、目が回らないのかねえ……。ナビのお姉さんの言うには、隊長の屋敷は、この近くのはずだけど……どこだ?」



安「とりあえず、一旦車を止めて、何か目印でも探すか。……と、こんなところに自販機がある。ちょうど喉が乾いてたんだよなぁ。……それにしても、これも文明の利器というやつだな。ボタンひとつで飲みたいものが落ちてくるんだから……と。(飲む)ごくごく……ん? なんだ、この張り紙」



安「従士隊員、募集。主に市長の近辺警備と見回り……18歳以上の男子、求む。……って、従士隊、求人の張り紙なんかしてんの!? そんなに人手不足なのかよ……」



安「ああ、そうだ。このスマホってやつでも地図が見れるんだった……。これもまた便利なものができたものだな。お、これこれ。はあ、すごいな。拡大もできるのか。ん? 住所から場所を割り出せるのか!本当に便利だな! ……お、目的地はこのすぐ裏通りにあるらしいぞ」



安「(辿り着いて)へえ……ここか。なんと言うか………厳かで立派な屋敷なんだけど、場違い感半端ないというか……この場所だけ時代に置いてかれている感じがする。でも、俺にとっては親近感が湧くな」

門番「ふぁあ……」

安「(ノックする)ごほん。(精一杯威張って)ごめんください。トレ……隊長殿に大事なご用があるので、お取り次ぎ願えないだろうか」

門番「(ややぶっきらぼうに)ん? 隊長に何かご用か。面会の約束は?」

安「いや、ない。だが、紹介状がある」

門番「紹介状? 古風だな。今時メールでやりとりする時代に。まあ、隊長相手ならこういうアナログな方がいいのか」

安「それと、樽谷という名を伝えてくれ。隊長は俺の父をご存知のはずだ。昔同じ職務に就いていた」

門番「なに……樽谷、だと?」



安N「すると相手は一度中に引っ込み、5分ほどして、中へ俺を手招きした。屋敷の前には広い前庭があるのだが、そこにはすでに大勢の人間で賑わっていた」



安「賑やかだな。今日は祭りでもあるのか」

門番「祭り? はは、ここでは毎日が祭りのようなもんだな。……騒々しくてかなわない」

安「俺はこういう賑やかなのは、嫌いじゃないな」

門番「そりゃよかった。隊長は今日は色々と予定が詰まっているようだから、お会いになれる頃には日が暮れているかもしれない」

安「ぐ……困ったな。今日中には絶対会っておきたいんだけど」


安「って、のわぁっ!なんか剣が飛んできたんだけど!? あと数ミリ避けてなかったら俺死んでたんですけど!?」

男1「いや、すまん。すまん。手が滑っちまった」

安「あ、あっぶなー……おい! ちょっとぐらい謝ったらどうだ! おい!! 無視するなー!」

男2「おらおら、どうした、反撃はそれでしまいか? え? 刀飛ばされて怯んじまったか?」

男1「くそっ、俺のフォースが効かないだと……!? ふふふ……まさか。ここからだろ?」

男2「へへ、そう来ないとな! さあ、この俺の渾身の剣を受けてみろ!アルティメットエターナルソード!!うおおおおおお!」

男1「うおおおおあああああ!」

安「え、なになに、真剣で勝負やってんの? いいねぇ、なんか昔を思い出すな。うん、ここは隊長の屋敷で、間違いない!」

門番「……こいつ、意外と大物かもしれん……」



門番「さ、ここが応接間だ。この先に隊長の自室がある。名前を呼ばれるまで待機していなさい。いつになるかはわからんが」

安「なるべく早く呼ばれるよう願うよ」


男1「なあ、おい知ってるか? 利宗龍(りしゅうりゅう)猊下には男のアレがないらしいぞ。市長の宰相って呼ばれているのはそのためらしいぜ」

男2「げげ、嘘だろ」

男3「ああ、でも聞いたことがあるな。宰相って奴はアレがないって」

男2「でもそれは他国の話だろ。あの禿頭もそうとは限らない」

男3「だが、いいお笑い話じゃないか。噂によると、その他国では、アレを切られた少年が宰相にとりたてられて、王の愛人になるらしい」

男1「ちょん切って女になるってわけだ。だったら、お前の守備範囲じゃねえか」

男2「いくらどんな女でもいける俺でも、あれだけはないな」

男1「ごもっともだ」

男たち「ハハハハ……」



安「おいおい。利宗龍って、リシュリューのことか? すごい噂流されてんなあの禿頭………ん? あの、部屋のど真ん中に陣取ってる派手なやつって、もしかして……」



男1「それにしても、今日の堀井はいつにも増して派手だな」

堀井「仕方ないだろ。今これが流行ってんだから。最先端を行く俺としては、着てやらんといかん。違うか?」

男2「おい、堀井! 正直に言えよ。その豪華なベルト、仲良くしているべっぴんさんに、買ってもらったんだろ! ついでにお小遣いもな!」

堀井「ちげえよ! 俺の名誉に、家名の名誉にかけて誓うが、この俺が、俺自身の金で買ったんだ」

男3「そうそう、財布に入って仕舞えば、自分の金と言えるもんな」

男1「女の金だか、誰の金だか知らないが、身に付けているものがブランドばかりとはすごいな。やはり堀井のやることは違う」

堀井「だーかーら、これは俺の金で買ったって言ってるだろーが。そうだったよな、荒美? お前も一緒にいたろ」

荒美「ん? ああ、そうだな」

堀井「お前、その耳たぶをいじる癖、やめたほうがいいぞ。ただでさえ女顔のくせに、余計女々しく見える」

荒美「俺の顔を褒めてくれたのか? どうもありがとう」

堀井「いや褒めてないぞ」



安「あのデカくて派手な男は、間違いなくポルトスだ! そして、隣の大人しそうに笑う優男は、絶対アラミスだ。いやぁ、知っている顔ぶれに会えるのは、なんだかとても心強いな! よし、話しかけ……ない方がいいのか? もし俺のことを覚えていなかったとしたら……? ちょっと、様子を見るか」



男1「そういえば、あの話をどう思う? あの露秋が車玲時(くるまれいじ)のストーカーしてるっていう……」

男2「ああ、ハゲ頭がやつの動きをさぐらせてるんだろ。あげくの果てには例のメールの件を使って、車を首にしようとしているらしいしな。他国と手を結んで、市長を失脚させようと企んでいるっていう口実らしいが、あいつがそんなことできるタマだとはとても」

堀井「もしおれが車玲時の従者だったら、露秋の奴、ただではすまさんな!」

荒美「(静かに)そうだろう。そして君は、かつら宰相にそれはもうひどい目にあわされるわけだ」

堀井「かつら宰相か、こりゃあいい、かつら宰相ってな!(手を叩いて)面白ぇ。こりゃ絶対今年の流行語になるぜ。うまいジョークを言える奴は頭がいい。それが天職につけなかったのは、なんとも残念なこった! きっと、味のある坊さんになってただたろうに」

荒美「なに、いつかはなるだろうさ。実家が寺だからね。そのために、日々仏道を学んでいる」

安「ぶふっ……ぶ、仏道って……アラミス、相変わらずだな……」

男1「彼はならないのではなく、袈裟を着る機会を待っているのだ。そうだろ?」

堀井「何の機会だよ?」

男1「かつら宰相が、あの座から転げ落ちる時をな」

堀井「(大笑いして)おいおい。どこで聞き耳立てられているか、わからんぞ?」

荒美「それだけじゃまだ安心できない。市長夫人にも、お子さんが授からないと……」

堀井「(急にトーンを落とす)おい、荒美、今度はお前がよくないことを言う。頭が冴えすぎるのもダメだな。もし隊長に聞こえたらどうする」

荒美「おや。お前は俺に説教をする気か?」

堀井「あーあー、坊さんの耳に説教ってか? なあ、従士でも坊主でも、どっちでも構わんけどな、両方いっぺんにはなれねえぜ。ほら、阿藤も言ってたろ、お前はなんでも手を出したがる男だって。あっちの夫人のところへ行ってはごきげんをとり、そっちの夫人のところへもちょくちょく出かける。いくらご婦人方に人気があると言ったって、あちこち手を出してたら、いつかばちがあたるぜ」

荒美「ほーお……?」

堀井「お前が秘密主義者だってことは、よーく知ってんよ。ただ、そういう美徳を、市長夫人のためにも使ったらどうだ。素晴らしいお方だぞ、噂をするにしても、いいやつだけにしろ」

荒美「堀井俊雄。それともナルシスと呼ばれたいか? 阿藤に言われるなら仕方がない、だがお前から説教をされる筋合いはないな。ついでに身分不相応なそのベルトも外せ。ほら。俺は説教が大嫌いだ。いつ坊主になるか知らんが、それまでは従士として言いたいことを言わせてもらおう」

堀井「(喧嘩腰)おい、荒美!」

荒美「(不敵に)なんだ、堀井?」



富嶺「馬鹿ども静かにせんか!!!」



安N「いきなり奥の戸が開き、怒声が飛び出した。声の主は富嶺隊長だ。室内は水を打ったように静まりかえった」



富嶺「阿藤!堀井!!荒美!!!」



安N「脊髄まで響くような怒声に、ああ、いつも通りの隊長だ、と俺は失笑した。名前を呼ばれた堀と荒美が隊長の部屋へ入ると、戸はすぐに閉められた。と、同時に部屋にいたおそらく従士であろう連中が、一斉に扉の周りに集まり、耳をピッタリとくっつけた。中の話を盗みぎくつもりだ。俺も、気になって仕方ないので、同じように耳をそばだてた」



富嶺「(唸り声)」

荒美「……」

堀井「……」

富嶺「……市長がこのわしになんと言われたか、お前たちは知っているか」

荒美「いいえ」

堀井「まったく存じませんが」

荒美「よろしければ、我々にお聞かせください、隊長」

富嶺「市長は今後、従士は市衛隊の中から採用すると仰せられた」

堀井「市衛隊からだって! そりゃまた、何故ですか!」

富嶺「ご自分のお飲みものに良質のぶどう酒をまぜて、内容を一新させる必要があると仰った」

堀井「そりゃ、どういう……」

荒美「し、黙ってろ」

富嶺「市長の仰せになるのは、もっともなのだ。議会では、従士隊の人気は落ちる一方だ。昨日などもあの利宗は市長とのお食事の席で、いかにも皮肉たっぷりな口調で《あの呪われた従士どもが、あのばか騒ぎをする連中が》と、連呼するのだ。さらに《あの空威張りの三従士が、昨晩市街の居酒屋で、遅くまで居すわって大変迷惑をかけておりましたので、夜周りをしていた市衛隊が、やむを得ず、その五月蝿い連中を逮捕しました》と言っておったぞ」

堀井「なんという侮辱!」

荒美「黙ってろ」

富嶺「利宗は私を見て嘲笑っていた。なんというざまだ!……弁解は無用だぞ。あいつははっきりと三従士の名前を挙げたのだからな。まったく、わしの責任だ、そうだとも。なにしろ、隊員を選んだのは、他でもないこのわしなのだ。荒美、法衣が似合うというのに、なぜ従士の制服を所望した? 堀井、その立派な金のベルトは、竹光を吊るしておくためのものか? それから阿藤!……おや、阿藤がいないな。どこへ行った?」

荒美「隊長。あの男は病気なのです、それもたいへん悪いとのことでございます」

富嶺「なに、病気で重体だと? どこが悪い?」

堀井「痘瘡(とうそう)ではないかと、心配しています。まったく困ったことでして、ひどい顔にならんといいが」

荒美「おい……」(いらんことを言うなという声で)

富嶺「痘瘡だって。またまた名誉な話を聞かせてくれるな。今時、痘瘡になどなるか? そんなことはあるまい! 怪我をしたんだろう、あるいは殺されたのか……なあ、わしはお前たちにああいう悪い所へ足を踏み入れたり、往来で喧嘩をおっぱじめたり、裏通りで刀を振りまわすために、銃刀を持つことを許したわけではないのだぞ。利宗の笑い者などにはなってもらいたくないのだ。市衛隊の連中はみんな落ち着いた、腕のたつ勇敢な奴らだそうじゃないか。捕まるようなことはやらんし、第一へまをせん! そうだとも……逃げたり、隠れたりするのは、従士隊のすることだな、まったく!」



安「うわー……。かなり隊長殿、お怒りだなあ」



富嶺「ああ、なんたる恥さらしな! 市長を、そして都市の平和を守るはずの従士隊が、市衛隊の手で逮捕されるとは。しかも! お前ら三従士と呼ばれながら、たったの3人を相手に逃げたというではないか! なんたることだ! わしは腹をきめたよ。この足で議会へ参上し、従士隊長をやめさせてもらうことにする。その代わりに、市衛隊の副隊長にしてもらおう。もしそれもお許しがなければ、いっそ実家にでも帰るとしようではないか」

堀井「もっ申しあげます、隊長殿! 相手が三人だったというのは真っ赤な大嘘で、本当は百名、いや、もっといたかと思われます!」

富嶺「お前は野球場ででも酒を飲んでいたのか?」

荒美「隊長、このバカに耳をかさんでください。相手はたったの10人です」

富嶺「それでも10人か。お前たちはもちろん、3人だったんだろう?」

荒美「もちろんですとも。誓って申しますが、不意を襲われたのです。剣を抜く間もなく阿藤がひどい傷を負わされ、動けなくなりました。私は最初の手合わせで、剣が折れてしまい、相手の剣を奪って、一人を倒しました。殺したかどうかという、そこのところはよろしくご判断ください」

堀井「私などは、武器を持たずして、三人をぶん投げてやりました。それでも最後は寄ってたかって取り押さえられたのを、逃れてきたのです。阿藤は……二人ほど倒してから、一歩も動けないようだったので、担いで帰りました」

富嶺「そんなことは聞いてないぞ。利宗殿は大げさに言われたのかな」

荒美「そんなところでしょう。それで、お願いですから、どうか、阿藤が傷ついたことは仰らないでください。三従士の一人がひどい怪我を負ったと知れわたったら、あの男のことですから悲嘆にくれることでしょう。なにしろ重傷で、肩から胸まで突き抜けていますので、ひょっとしますと……」



安N「ちょうどそのとき、部屋の外にいた野次馬連中が騒がしくなり、ざっと二つに分かれて道を作った。その間を、しかめ面で顔色の悪い、しかし気品ある男が進んでいった。俺には、この男が阿藤ことアトスだと、一目で分かった。戸が静かに開かれ、中からポルトスとアラミスの歓喜の声が上がった」



荒美、堀井「阿藤!」

富嶺「阿藤か!」

阿藤「隊長、お呼びだそうで。(弱々しく、しかし凛とした姿勢で)……大急ぎで参上いたしました。何か、ご用でございましょうか?」

富嶺「今もこの連中に、無益なことで命を粗末に扱ってはいかんと叱っていたところだ。勇敢なお前たちは、もっと違うところでその力を使うべきだ。しかし、お前は傷を追いながらも、逃げずに戦ったのだと、この二人から武勇を聞いたぞ。さあ阿藤、握手をさせてくれ」



安N「野次馬の間から覗き見ると、富嶺隊長は、阿藤の答えも待たずに、いきなり右手をつかむと、力一杯握りしめた。さすがの阿藤も隊長の手前、見栄を張ってぷるぷると痛みに耐えていたが、ついに限界が来たのか、ばったりと床に倒れた」



荒美「阿藤!」

阿藤「ぐふう……隊長の握手で死ねるなら本望……」

堀井「阿藤ーーー!!」

富嶺「医者だ! 一番いい医者を呼べ! わしの阿藤が死にかけている!」



安N「隊長の叫び声を聞いて、隊員らが部屋の中に飛びこみ、負傷者のまわりにつめかけた。やっと医者が人だかりをかきわけて、気絶している阿藤のところへ近づいたが、まわりの騒ぎが邪魔ということで、堀井と荒美に阿藤を隣室に運ばせた。医者と隊長も隣室へ移動し、扉が閉められたとたん、いつもなら畏れおおい場所である隊長の私室に、利宗龍とその手駒である市衛隊の、あらゆる罵詈雑言が溢れかえった」



安N「しばらくすると、富嶺隊長が私室に戻ってきた」



隊長「阿藤は意識を取りもどした。気絶したのは出血のせいで、心配するほどのことじゃない。握手の時に傷口が開いてしまったようだ。だから、お前たちはさっさと持ち場に戻りなさい」



安N「隊長がそう言うと、隊員たちは引きさがった。しかし、俺は粘り強くその場に留まった。扉がしまると、室内には俺と隊長の二人っきりになった。すぐに口を開かなかったところからして、おそらく隊長も、俺のことを覚えてないのだろう」



富嶺「……君は」

樽谷「(姿勢を正し)河須江(がすこう)村から来ました、樽谷安です!」

富嶺「ああ。遠い土地からよく来てくれた。長く待たせてしまったね。君のお父上ーー樽谷輝守とは幼少からの付き合いでな。共に信頼しあった仲間であった。君のこともお父上から聞かされていたよ。さっきはひと騒動があってすまなかったね。だが、わかってくれ。隊長というのは一家の親父みたいなものでな、隊士ときたら、まるで図体のでかい子供のようなものなのだ。あやつがいたときは、もっとうまくまとめてくれていたのだが。さて、その大親友の息子が、遠い故郷からわしに何用かね」

樽谷「はっ。自分も今年18になる身、父のような立派な隊士としてお仕えしたく、参上いたしました」

富嶺「威勢がいいな。昔のお父上を思い出すよ。……わしが上京したのも、ちょうど君と同じくらいの歳頃だった。同じように門を叩き、隊士にしてくださいと申し出た。が、なかなか従士にはなれず、たった500円ぽっちを持って路頭に迷ったものだ」

樽谷「隊長にもそのような時が……」

富嶺「若さは誰もが通る道だ。私は生まれつき隊長であったわけではないぞ」

樽谷「おっしゃる通りで」

富嶺「ところで、その様子だと入隊試験のことを何も知らんのだろうな」

樽谷「入隊試験?」

富嶺「そうだ。毎年試験が行われ、そこを通過したものを従士隊に迎え入れている。だが、その試験は、ちょうど先日、終わったところなのだ」

樽谷「えっ……そんな」

富嶺「残念だが、君はギリギリ間に合わなかったというわけだ」

樽谷「では、つまり来年まで待て、と」

富嶺「そういうことになるな」

樽谷「そ、そこをなんとかしていただけませんか」

富嶺「すまないが、今うちは新卒しか取らないのでね」

樽谷「しかし……! 自分は故郷へは戻らない覚悟でここへ来ました。車も先ほど故障してしまい、このまま志半ばで帰るのは、親父にも申し訳が立ちません。どうにか隊士にしていただけないでしょうか。この通りです」

富嶺「……わかった。他でもない、親友の息子の頼みだ。昔の私に重なるところもあるからな。よし、まずは数ヶ月、試用期間を設ける。契約社員といったところかな。3ヶ月経って、仕事が順調そうであれば、正式に隊士として迎え入れよう。それまでは、制服の支給及び銃や剣の所持は認められないことを、覚えておきなさい」

樽谷「わ、わかりました」

富嶺「それまでは、雑務を主にやってもらう。しかし、これも大事な仕事だ。頼むぞ」

樽谷「……はいっ!(小さく)……よし!」

富嶺「では、そこでちょっと待っていなさい」

樽谷「はいっ! ……ああ!(急にでかい声)」

富嶺「わわっ……! なんだ、どうした!?」

樽谷「隊長! あいつが! ロッシュ……なんとかが! ほら、窓の外を通って……!」

富嶺「は……?なんの話をしとるんだ」(間抜けな声)

樽谷「あー!あー! どっか行ってしまう! 待っててください隊長! すぐ戻ってきますので!!」

富嶺「ちょっと待て、どこへ行く気だ。まだ話は終わっとらんぞ」

樽谷「奴です。奴が今、通りを歩いていてーー今度こそ追いつけるかもーー」

富嶺「待て! ……はあ。行ってしまった。まったく、誰に似たんだろうな、なあ、輝守?」

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