理不尽への怒り
焔さんの一声で開催が決まった宴会、狩りに出た人達が数頭の鹿や猪を捕らえ、料理に酒にとんでもない量が運ばれてきた。
お盆やお正月に親戚一同で集まって飲み食いしたあの感じ。
立地的に魚は厳しいのか、ジビエと野菜が山盛りだ。
「よぉーし、面倒な奴らがいなくなって今後の狩りは楽になるし、なりより命が助かってめでたい!! お前らカップを持て…… カンパァーイ!!!」
「「「カンパイ!!」」」
そして大騒ぎの宴が始まった。
モニカは酒の匂いに当てられたのか、早々にリタイアしている。
後で様子を見に行こう。
「いえぇぇい、真白ちゃん飲んでる?」
「いや私飲めないんですけど」
「ありゃ、そうだったね。まぁそれはそれとして、お腹も膨れて酒も飲んで、私もいい感じに口が緩くなってるけど聞きたいことって何?」
「それはですね……」
私は焔さんに私が知っていることを話し、尋ねた。
まずはこの世界にやってきた日本人なのかどうか、そしてどうやって暮らして来たのか。
最後に、この世界でどうしたいのか。
「ふぅん、なんか真白ちゃん難しいこと考えてるなぁ。……オレの事から話そうか」
まず初めに、オレは間違いなく日本人だ。
何でも戦国時代出身の魔王サマが居るらしいが、オレは真白ちゃんと同じ現代の出身。
だけどオレってさ、前の世界で生きてた時、体が弱くてね。
それまで男友達とバカやって遊んでたんだけど、小学校の半ばからずっと入院してたんだ。
死ぬまでな。
まだガキだったってのもあるけど、そりゃあ世の中を恨んだね。
なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだって。
医者の言うことは聞いてたけど、体は一向に治らなかった。
それで不満を親や看護婦さんに当たり散らしてさ、今思うと情けないわ。
きっとオレのために頑張ってくれてた人達なのに。
ロクに動くことも出来ない、生きてんのか死んでんのかも分からない状態をズルズルとしばらく続けて、やがてオレは死んだ。
最期までオレの頭の中は恨み言で一杯だった。
世の中全員、同じ目に遭えばいいのにってな。
何でそんなオレを選んだのか見当もつかないけど、息が出来なくなって次に目を開けたら、奴が目の前にいた
「君が生前望んでも届かなかった、焦がれても手にできなかったモノを一つ、第二の人生のお祝いに贈ろうじゃないか」
ホント、胡散臭さが服を着た様な男だったけど、その時のオレは疲れ切っててね。
これがもしも本当ならって、健康で強い体が欲しいって言ったんだ。
カケラも信じちゃいなかったけど、ここに来てすぐ分かったよ。
眩暈もせず立てる。
転ばずに歩ける。
胸の痛みも無く走れる。
オレはいつのまにか泣いてたよ。
だけど問題もあった。
勉強なんて出来てなかったからな、マトモな仕事に就けなくて苦労したわ。
オレにあったのは健康になって元気が有り余ってる体だけ。
だからひたすらに鍛えた。
バカみたいに走って、バカみたいに木を殴って、蹴った。
やれることが荷物運びから魔物退治に変わって、更に魔獣の討伐まで出来る様になった。
そこまで突っ走って、オレは思ったんだ。
あの頃、オレはただ生かされてたってさ。
自分一人で不幸だと塞ぎ込んで、自分を助けてくれてた人にも気付けず、何も出来ずに死んでいった。
だからオレは、誰かの為に生きてみたいって思ったんだ。
この場所に来たのは偶然だった。
仕事で魔獣の討伐を終わらせて帰る時に、なんとなしに見付けたのさ。
その時はチンピラみたいな奴らがここをアジトにしててな、色んな理由で街に暮らせない奴らを集めて利用してたんだ。
オレはその日の内に全員ブチのめした。
そんでオレもここで暮らすことに決めた。
ここで利用されてた奴らは、金もコネも力も無い、前の世界のオレだったんだ。
「そして大家族みたいな暮らしが何とか安定しだして十年。オレもオバサンになっちまった」
シュウさんの人生とは違うけど、焔さんも波乱に満ちた人生を送っていた。
私はその話を笑顔で語る焔さんが、とても眩しくて強く見えた。
彼女の生い立ちは間違いなく不幸、それも何も出来ない子供の状態でそんな理不尽に晒されて、一体どれだけの人間が世の中を恨まずにいられるだろうか。
何より強いのは、昔の自分をちゃんと受け止め、今他人のために生きていること。
鬱屈した人間は、自分の為に生きたいと思うのが自然なことだ。
しかも手に入らなかったモノを手に入れたなら尚のこと。
「焔さんは、今の生き方は楽しいですか?」
「おう! 誰かの為なんて行き着くところは自己満足だが、それでも助かる人がいるならそれでいいとオレは思う」
この人と話していると、複雑に考えていた自分が恥ずかしい。
結局、自分が生きたい様に生きるしかないんだ。
自分が胸を張れる、自分に。
「今度はオレから聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう」
「……その人類のリセット、どうやったら止められる?」
途端に低くなる声色に息を呑む。
「正直、どうすれば止められるかは分かりません。シュウさんの方法が正しい保障も無いですし……」
「ま、神様がこの世界を治めてるなら、その神様がいなくなるとどうなるか分からんしなぁ。そもそも世界の仕組みがリセットも込みで出来てるんなら、内側からは何も出来なさそうだし。……ヨシ!!」
あぐらで座っていた膝を叩き、焔さんは何かを決めた様に顔を上げた。
そして真っ直ぐな目で私を見たまま、言葉にした。
「その魔王に頼んで殺すのを諦めてもらおう。でも神様と勝負はする。そして勝って、人類のリセットを止めてもらおう。コレだ!!」
「コレだって、そんなこと出来るんですか?」
「分からん!! でもやらないと何もかもリセットだ。ここでオレ達が生きたことも消えて無くなる。そんなの嫌に決まってるだろ!」
具体的な方法なんて何もない、子供の我儘みたいな答え。
でも、その何にも縛られない素直な言葉は、私の心にズシンと来た。
「……そうですね」
改めてこの人の真っ直ぐさに感謝しなくちゃな。
私が何をするのか、それはこの瞬間に決まった。
「その考え、私も乗ります」
私はモニカと過ごしたことも、シュウさんと話したことも、焔さんと出会ったこともゼロにしたくない。
もがいてみよう、私に何が出来るか分からないけど。
宴会は深夜まで続き、流石に疲れて私もいつの間にか眠ってしまっていた。
だけど、違和感に気付いて瞼を開ける。
動けない。
嫌でも分かる、手と足が縛られ両手が後ろに回されている。
(縛られてる!? モニカは、やっぱり縛られてる。他の人はどうだ?)
そんなことを考えた時、明らかにガラの悪い、この事態の犯人らしき声が響いた。
「おい! そいつは馬鹿力だからな、三人で押さえつけろ」
「ふざけんな!! 何のつもりだ!!」
「ずっと気に入らなかったんだ。なんでお前なんかがここの頭やってんだ? これだけの人間がいれば出来ることがいくらでもあるってのに、いつまでもマトモに狩りだの畑だのバカじゃねえのか? 俺達はなあ、こんな惨めな生活嫌なんだよ!!」
「ぐっ…… くそがっ」
焔さんと男の怒声で分かった。
相手は恐らくここの住民、しかも彼女の方針が気に入らない輩。
その大声で起きたのか、横でモニカが震えて縮こまっている。
「普段ならあんなに大酒飲まねえのにな、お客様が来てくれたおかげで助かったぜ。あいつらは向こうの隅に縛られて転がってる。お前が大人しく殺されてくれたら、もしかしたら助かるかもな?」
「クソ共が、解放する気なんてねえだろうが!」
「ハハハ、分かってるな! 若い女だし、さぞかし高く売れるだろうぜ。他の塔の連中も同じだ、俺達の優雅な生活の土台になってもらうぜ」
「ブチ殺す!!!」
「おっと、三人がかりで押さえてんのに恐ろしい奴だ。お前も女じゃあるが、危険過ぎるからな」
バランスを取るのが難しい。
それでも立つんだ、気を逸らせ。
あの人を助けろ。
「最低ね」
「なに? ……へっ、何かと思えば、縛られたまんまで何が出来るんだ?」
抜き身の剣を振り上げるクズに声を掛ける。
会話してるだけで吐き気がするようだ。
「お前も余計なことをしてくれたよなぁ? 人が折角縄張りを荒らしてゴブリン共が来る様に仕向けたのによォ!!」
「なんですって……?」
ああ、そうか。
「だがお前があのゴブリンを殺った時、指差して唱えてたのも見てたからな。後ろ手に縛れば何も出来やしねえ、そこでこいつの首が飛ぶのを見てな!!」
取り押さえている奴等の下卑た笑いが聞こえる。
どんな世界にもいるのだ。
殺して然るべき人間が。
手は使えない。
だけどそんなものは些細な事なんだ。
私が『選ぶ』ことが重要だったんだ。
私の意志で、決意で、覚悟でその命を奪う。
その為の儀式。
見据えろ、情など欠片も必要ない外道共を。
≪お前達を殺す≫
私が見たその人は本当に私を助けてくれた真白さんだっただろうか、そんな疑問さえ浮かぶ程に、私は怖かった。
魔力に髪が揺れ、瞳は赤く輝き、その一言で鐘を鳴らした。
縛られた焔さんや他の皆さんを押さえていた暴漢達が、一斉に倒れ込む。
その目に生気は無く、もう事切れていることがその場の全員に理解できた。
皆が、無言で息を呑んでいた。
「……こいつは驚いた。これまで貰った力を活用したり、それを元に成長した人間はいたけど、昇華させた人間は初めてだよ。真白ちゃん」
基本的に俺から贈る力は、その人間の願望をこの世界に適用して具体化させたものだ。
だが真白ちゃんのソレは違う。
我ながら趣味が悪いが、アレは真白ちゃんが自分の生き方を貫く為にこしらえた特別製だ。
そしてその起動は真白ちゃんの意志に依る。
指差しはそれを強固に認識するためだ。
逆に言えば、強い意志で相手の命を狙い撃ちすれば、指差す必要は無い。
「だからって、視線だけで起動するかぁ? ますます惚れ直しちゃうね」
正直言って、その世界で魔法に近い力を視線だけで起動するなんて人間技じゃない。
それは、俺に近い御業だ。
「でも、そんな奇跡は人間には眩しすぎるんだよね。果たして君は、守りたいモノと寄り添って生きていけるかな?」
俺の顔は、いつぶりかも分からない満面の笑みだった。
皆で協力して縄を解き、動かなくなった暴漢を塔の外に出す。
焔さんが同じ場所で暮らしたよしみだと簡素な墓を作り、少し離れた場所に埋葬した。
その間も、誰かが口を開くことはなかった。
皆、私が怖いのだ。
縄の痕が残ったままの手首を擦る。
私は後悔していない。
あの場で行動しなければ、凄惨な未来が待っていたことは明確だったから。
そして私は、この行動を美化もしない。
私は、間違いなく人を殺したのだ。
塔が慌ただしさに染まり出した頃、私は外へ出た。
モニカすら置いて。
あの時、全てが終わった後に見たあの子の顔は、ひどく怯えていた。
だからこれでいいんだ。
(……少し寒いな。気候は穏やかなはずなのに)
これからどうしようか、街に戻って情報を集めて別の街に発つか。
それともノーラさんを頼ってカロンについて調べるか。
少し寂しいけど、私は私の信じることをしよう。
「待ったぁぁああああ!! ちょっと、待った!!!!」
目を見開く。
後ろから焔さんが全力疾走で近づいて来る。
背中にモニカを背負って。
「待った待った待った!! どこ行くんだよ、真白ちゃん!」
「真白さん……」
「皆が、怖くなくなるくらい遠く、かな」
あんなことがあって、私と一緒に居られるわけない。
それが普通の人間の反応なんだ。
誰だって、怖い。
「それなんだが、本当にすまなかった!!!」
「すみませんでした!!」
「うえっ!?」
私が妙な声で驚いたのは、焔さんが地面に頭突きする勢いで土下座したからだ。
それに合わせてモニカも。
「あの状況から助けてくれたのは間違いなく真白ちゃんだ。なのにそれを棚上げしてビビったままお礼も言えないなんて、バカにも劣る臆病者だ! 本当に、ありがとう!!!」
「私も、あのままだったらどんな目に遭ってたか分からないのに、怖くて何も出来なかった。そして今度は助けてくれた真白さんを、凄すぎる力だって怖がって、一番大事な『助けられた』ってことを忘れてた……! 私は二度も助けられたのに!! 本当にごめんなさい!!」
「真白ちゃん、一緒に帰ろう。皆も謝りたいって言ってるんだ。そんな悲しそうな顔で、一人で行かせるなんて出来ないよ」
なんでだろう。
この人達を怖がらせたくないと、独りで往こうと決めたのに。
私は嬉しくて泣いていた。
子供みたいに、声を上げて。
「誰かのために力を使える真白ちゃんは、間違いなく優しい子だよ」
そうか。
私は自分らしく生きていたいなんて言っておきながら、本当は受け入れて欲しかったのかもしれない。
私は、私のままでいいと。
この二人の言葉が、ずっと心に響いていた。
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