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死神の指先  作者: nao 11
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この世界での生き方

 お互いに気疲れからか、いつの間にか眠ってしまい、私が遭遇したことの説明は翌朝になった。


 「……あばばばば、なんでそんなことになったんですか。ていうか魔王が生きてるとか真白さんがこの世界とは違うところから来たとかこの世界が百年でリセットされるとか情報が多すぎであばばばばばばばば」

 「お、落ち着きなさいモニカ。まぁ、混乱するのは大いに分かるけど……」

 「だって一晩で受け止められる情報量じゃないですよ!!」

 「……それにしても、とんでもないことばっかり言ったのに全部信じてくれるのね」

 「えっ、そりゃあ真白さんが言うことですもん。ビックリはしますけど、嘘だとは思わないです」


 元々この世界の住人なら考え方のスケールが違う情報を、モニカは信じると事も無げに言ってくれる。

 やっぱり私は、この子の為にも情けない生き方は出来ないな。

 ならあの魔王の話を聞いて、私は何を目指すのか。


 「とりあえず、今日はノーラさんの仕事を続けてしっかり終わらせよう。もしかしたら途中で何か気付いて資料とか参考に出来るかもだし」

 「はい、まずはお仕事ですね」


 通りの店に活気が満ちてくる頃、私達は再び仕事場へ向かった。

 今日も変わらず陰気なオーラが溢れているけど、そんなものに怯んでいる暇は無い。

 勝手知ったるなんとやら、構わずズカズカと入り昨日の続きを地下室で開始する。


 「よし、始めるわよ。図鑑は全部そっちの棚に、調合書と魔法に関する本は数が少な目だからこっちにまとめましょう。小説とか絵本みたいな趣味の本は隅にまとめて、該当しないものを最後に細かく分類して納めましょう」

 「は、はい!! 分かりました!!」


 前日に仕分けまで終わらせておいてよかった。

 軽く目を通し、片っ端から棚に収納する。

 全部覚えるなんて不可能なのは分かってる、だから少しでも記憶に引っかかりを残すんだ。

 それがこの世界で生きて行く為の、この世界でどうしたいかの材料になる。

 私が創作物で知っているファンタジーの世界に該当する点、違う点を洗い出し、特に印象付けて記憶に残せ。

 薬に魔獣、武器に魔法、そしてこの世界が抱える問題。

 俯瞰して見ろ、私はどう生きたいのか。



 「ぐあああぁぁぁぁぁっ、終わったぁぁぁぁぁ……」

 「か、体がバキバキ…… 首も回りません……」

 「わ、悪かったわ…… 流石に休憩なしはやり過ぎだったわね。でもほら! 見事に二日でやり遂げたわよ!!」

 「その代わりに明日は一日おやすみにしましょう…… 全身が痛くて動けません」

 「う、分かったから! そんな顔で見ないでよ!!」


 あの凄まじい量の本や書類を、私達は二日で撃退した。

 しかし没頭するあまり食事も休憩も忘れ作業を続けた私は、絵に描いたようなジト目でモニカに睨まれることになった。

 これは、今夜の晩御飯を奮発しなければ。


 「ただいま。おお!? もう片付いてる……!」

 「あ、ノーラさんおかえりなさい。種類別と似たカテゴリーで大体分けてありますので、一度確認をして下さい」

 「素晴らしいわ、この部屋ってこんなに広かったのね。ところでその子は大丈夫なの? なんだか動きがカクカクしているけれど」

 「これは…… 主に私のせいです」


 ホラー番組の市松人形みたいに首を傾けるモニカを宥める。

 その状態の濁った目で私に顔を近づけるのは止めて欲しい。


 「上の階も片付いてるし、大満足よ。報酬はこれね」

 「ありがとうございます!」

 「明日は…… おやすみ……」


 ノーラさんに仕事は満足して頂けたようで、報酬の袋を受け取った。

 持っただけで分かる重みとジャラという硬貨の音が、疲れてクタクタの思考を目覚めさせる。

 だけどこのまま帰るには、私達の体力が足りず、


 「すいません。帰る前に少し休憩してもいいですか?」


 私はなんとも情けないお願いをするのだった。



 「はい、お茶とお菓子よ。あんまり豪華な物じゃないけど」

 「いえいえ、そんな、ありがとうございます」


 仕事をしていた時はアドレナリンでも出ていたのか、終えた今は猫背でモニカとお茶を啜っている。

 少しずつ齧るクッキーと暖かいお茶が空腹の胃にありがたい。


 「しかし随分急いだのね。余程懐が寂しかったのかしら」

 「いや、そういう訳じゃないんですけど、仕事と一緒に調べたい事があって」

 「ふむ? 何かしら」


 信じられないかもしれないと前置いて、私はあの体験を話した。

 おとぎ話の魔王、異世界からの漂流、歴史の巻き戻し。

 ノーラさんはしっかりと聞いてくれていたが、その反応はモニカの様に慌てたものにはならず、まるであらかじめ知っていた様な落ち着きぶりだった。


 「なんか、ノーラさん凄いですね。もっと笑われたり驚かれたりリアクションが返ってくるかと思いました」

 「……いや十分驚いてるわよ。人類のリセットなんて予想もしなかったけど、魔王の『可能性』は考えていたから。年々魔族が人間を襲う事件が減って、魔獣の被害はある程度あったけど、それもかなり減少傾向にあったの。どっちも自然には起こりえないこと、もしかしたら彼らを上から抑えつける『何か』がいるかもってね。でもまさか、それが別の世界からやって来たなんて発想にはならなかったわ」

 「私が襲われたあの狼も、全く見たこと無い魔獣でしたからねぇ。今更ですけど、あんなのが近くにいるって分かってたら大騒ぎですよ。もしかしたら誰かが森の奥で食い止めてたんですかね」


 回復したのかモニカもかつての恐怖体験を語る。

 しばらくノーラさんは考え込んでいたが、何かを紙にまとめて書き出した。


 「この街の南門、そこから出て道なりに2キロくらい進んだところに古い塔があるわ。そこにはこの街で暮らせなかった、いわゆる『訳あり』さん達が住んでるのだけど、そこの頭領が珍しい名前なの。『竜崎 焔』(りゅうざき ほむら)、なんか貴女と似た響きじゃない?」

 「日本人!」

 「ニホンっていうのが国なのか地域なのか人種なのかは知らないけど、直ぐにその呼称が出たってことはビンゴらしいわね。なんでも気のいい姐さんらしいから、事情を話せば何か知っていることを教えてくれるかも」

 「ありがとうございます!」

 「貴女が何を目指すのかは分からないけど、アタシはアタシのやることをするわ。とりあえず、王様にこのことを報告しないと」


 王様に報告。

 少し嫌な予感がした。

 もしも私の力がたくさんの人に知られることになったら、そして魔王の存在が明るみなったなら。


 「あのっ! 私の力については、出来れば伏せて欲しいんです。それと、魔王の言っていたことも、きちんと伝えてほしくて……」


 自分の声が暗くなるのが分かる。

 それを察してか、ノーラさんは優しく答えてくれた。


 「……分かった。その怖い力の事は秘密にしておくし、魔王の話はきちんと伝えるわ。何がこの世界に影響をもたらすか分からないしね」

 「えっ、いいんですか?」


 そうあればいいと望んでいたけど、予想していなかった答えに思わず声が上ずる。

 だけど、


 「貴女が助けたその子と、魔王との話を聞けば貴女が悪い子なんて思えないもの。大丈夫、面倒なことは大人に任せときなさい」


 笑顔でウインクしながら手描きの地図を渡す彼女に、不安なんて消し飛んだのだった。



 その翌日をモニカの抗議によって休日にした私達は、外出に必要な物の買い出しをしたり食事でモニカへの埋め合わせをしたり、なんだかんだ忙しい休日を満喫した。


 「ねえモニカ、ノーラさんが言ってた『訳あり』さん達ってどういうことなの?」


 例の塔へ行くために簡単な支度をしながら、私はモニカに気になっていたことを尋ねる。

 あんまり良いことではなさそうだったけど、そこに行くなら知らないと話にならない。


 「あー、私も聞いたことがある程度で詳しくは知らないんですけど、要はこの街で暮らすのが難しくなった人みたいですね。お金が無くなったとか、身内がいなくなって頼れる人がいないとか、そういう人達が協力して暮らしているらしいです」

 「なるほど、そういうことか。私はてっきりアウトローな人達がアジトにしてる系かと思ったけど」

 「昔はそういう人も居たみたいですね。でも私が話を聞いた時にはもう、それは一昔前だって言われました」


 この感じ、どこかで似た様なモノを聞いた気がする。

 そうだ、魔族と魔王の関係だ。

 シュウさんは自分の中にある約束の為に魔族を抑えていたけど、もしも頭領の女性が同じようにならず者を抑えていたとしたら。

 ノーラさんも気のいい姐さんだって言ってたし、話も通じるかもしれない。


 「でもちょっと気になることを街で聞いたんですよね」

 「何かあったの?」

 「少しでも情報がないかなって、その塔とそこで暮らしてる人達について聞き込みしたんですけど、なんでも頭領の女性はどんな屈強な男も叩き伏せるし魔獣だって殴り飛ばすって話なんですよ」

 「えっ、素手で?」

 「素手で」


 何かお土産を持っていった方がいいかな、私は頬で感じる冷や汗を止められなかった。



 更に翌日、私達は街の南門を出て街道を歩いていた。

 割と近場ということもあり、人の往来も多く危険なことは少なく見える。

 事前に教えてもらった目安の地点から道を外れると、すぐにそれは視界に入ってきた。

 砦か何かが崩れたあとなのか、残っている塔も決して立派には見えない。

 しかしそれよりも目に入って私の視線を釘付けにしたのは、


 「誰か、戦ってる?」


 塔を囲う様に、緑色の体色をしたヒトが何十人も群がっている。

 図鑑で見た、あれはゴブリンという奴だ。

 そしてゴブリンがサンドバッグを殴ったみたいな重い衝撃音と共に宙を舞っている。

 私達はその光景を近くの岩陰から見ていることしかできなかった。


 「な、なんでゴブリンがこんなに!?」

 「モニカ、あいつらって人間を襲うの?」

 「そりゃあ魔族なんで襲いますけど、こんなに沢山いるのなんて初めて見ましたよ」


 こんな数に襲われて、ここは大丈夫なのか。

 そんな不安が、今も聞こえている衝撃音で掻き消えていく。

 緑の中で映える赤い髪のポニーテール、彼女がそうなのだと人目で分かる豪快な戦い方。

 ここの頭領、竜崎 焔が拳と蹴りでゴブリンを薙ぎ倒している。

 彼女は、勇ましくも笑っていた。


 「……うわぁ! マズイです、逃げましょう!!」

 「どうし…… あれって、何なの?」

 「多分この群れの長ですよ!! 他の奴と比べて三倍はデカいですよ!?」


 丸太みたいな棍棒を持った一番大きいゴブリンが、他の全てを叩き伏せた彼女を見て嗤う。

 所詮小さな人間だと、その顔に書いてある様に。

 容赦無く振り下ろされたそれが、圧し潰さんと軋む音を上げながら腕で防御する彼女を追い詰める。

 そして真上から叩き付けられた棍棒を防いで、両者は動けなくなった。

 だがそれは平等ではないことが見て分かる。

 片や牙を剥き出しにして嗤い棍棒を圧し、片や両腕で防御しながら食いしばり耐えている。

 彼女の戦いに目を奪われていて気付かなかったが、その光景を塔の中から不安そうに見ている人影達がいた。

 彼女は守っていたんだ。


 「えっ、真白さん!?」

 「あの人、多分いい人だよ。だから助ける」


 ボロボロになって、血を流して耐える姿を見て、誰が彼女を信じられないと言えるだろうか。

 私みたいに反則の力があるわけじゃないのに、それが出来る彼女は、英雄と言うやつなのだろう。

 私は岩陰から姿を出し、しっかりと巨大なゴブリンを見据える。

 そして指を指した。


≪あなたを殺します≫


 鐘が鳴る。

 ゴブリンは圧していた棍棒から手を離し、前のめりに地に伏した。




 オレは目の前で起きたことが理解できなかった。

 突然岩陰から出てきた女の子、この世界にはあまりいない黒髪と、明らかなセーラー服。

 だけど今はマズイ、このデカブツのせいで動けないのにどうやって助ければ。

 そう思ってた。

 その子が物騒な事を口走った、何言ってんだと思った次の瞬間には、腕に掛かる棍棒が軽くなって。

 鐘の音と一緒にデカブツが死んでいた。

 痛みも疲れも、その瞬間は何も感じなかった。




 「いやぁ~、助かったよ! 死ぬかと思ったしな!! おかげで男共も狩りに出れたし、しばらくしたら獲物を捕って帰って来るだろう。飯しか礼に出せねえが、ゆっくりしていってくれ」

 「は、はぁ…… その、傷は大丈夫ですか?」

 「こんなもんかすり傷よ!」

 「なにがかすり傷ですか!! きちんと治療させて下さい!!」

 「ちょ、痛い! 痛いって!」


 一緒に暮らす人の誰かだろうか、彼女の傷に薬草を当てて抗議している。

 私とモニカはその光景を縮こまって見ていた。

 塔の中ではゴブリンに壊された部分の修理や、自分達の普段の家事に戻ったのか沢山の人が動き出している。

 しかし数人は明らかに私を見ていた。


 (あの目は、そういうことだよね)


 もう慣れも入っている感覚。

 この不快な、恐れと怒りが入り混じった目。

 やっぱり力にはこれが伴う。


 「悪いね。オレ達は助けてもらったってきちんと言ってるんだが、それでもああいう分からず屋がいるみたいだ。本当にすまん」

 「いえ、大丈夫です。慣れましたので……」

 「真白さん……」


 なるべく出さない様に気を付けていたけど、それでも声に感情が乗る。

 落胆、悲しみ、期待外れ。

 そんなものを勝手に抱いている自分が情けない。

 他人なんて、そんなものなのに。


 「おっと、そうだそうだ。命の恩人に自己紹介だな。オレは竜崎 焔、見ての通り腕っぷしにしか自信の無い女さ」


 歳は二十歳を超えた辺りだろうか、姿は健康的な大人の女性なのに、その笑顔は子供の様に輝いていた。

 その笑顔に、私は少し心が軽くなった。


 「さて、真白ちゃんには聞きたいことがあるんだよね。多分君もでしょ?」

 「はい、そして聞いて欲しいこともあります」

 「よろしい、ならば宴会だな! 命が助かったことはめでたいし、同郷の子が見つかったのもめでたい。選択肢は他に無い!!」

 「「「ウッス!!!」」」


 焔さんの大声に反応して、塔で働いていた人達が大声で返事をした。

 この人柄に触れていると、自分の抱えているモノがポロポロと剥がれていくようにさえ感じる。

 だからここの人達は、焔さんの元に集まってきたんだ。



 この人と話せば、見つかるだろうか。

 胸を張ってあの魔王に言える、私の答えが。


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