おとぎ話
「どーもはじめまして、依頼したノーラです」
「ど、どーも、依頼を受けた者です。私が真白で後ろで白目を剥いているのがモニカ」
「ふむ、挨拶は出来るようね。結構結構、挨拶は大事だからね」
薄暗い部屋でランプの明かりだけを頼りに見る彼女の顔は笑っていて、ここの雰囲気との相乗効果で非常に恐ろしい。
ホラー映画でも叫んだことないのに自分でもビックリするくらいの大声を出してしまった。
「フフフ…… 後ろの子はともかく、貴女はちゃんとお話しできそうね。この依頼出してもほとんどに人はアタシを見て帰っちゃうの。失礼よね」
それはこの家とあなたの所為です、とは言えなかった。
「さっそくお仕事の話をしようかしら。貴女達には依頼書の通り書物や資料を整理して欲しいの。自分で引っ張り出して使ってたけど、いつの間にか山になってて」
「ああ、この本の山ですか……」
埃が被っている様に見えるけど、どれもしっかりした装丁をしている。
ひょっとしてかなりの知識人というか、いわゆる貴族みたいな人なんだろうか。
「ここの本もだけど、優先して欲しいのはあっち。この家には地下があるの」
「へ? 地下?」
彼女が指差した先は何も見えない暗闇だったが、片手に持ったランプをかざすと小さな扉が見える。
モニカを起こして案内するという彼女の後を付いて行くと、学校の図書室並の部屋と棚、そして床にいくつも塔になって積み重なる本が私達を出迎えた。
「恥ずかしながら片付けたいのは山々なんだけど、仕事で本を使ってその場に置いてまた仕事って繰り返してる間にこんなことにね……」
「これ全部かぁ」
「どういう風に棚に仕舞って欲しいかはこれに書いてあるから、このメモの通りに収納してちょうだい…… 一日で終わるとは思っていないから、数日掛けても構わないわ。その代り報酬は完了してからだけど」
「分かりました、ところでノーラさんは?」
「アタシは仕事があってね、あんまり家に居られないの。だから貴女達二人に任せるわ」
「分かりました!」
「あと、その後ろの子が安心できるように教えてあげるけど、この家の幽霊話は全部アタシが原因よ」
「あっ、そうなんですか!!」
途端にモニカの目が輝く。
よっぽど怖かったのね、この子。
「だってここで暮らしてるけど何も見たことないもの。それに噂の中身にもちょっと心当たりがあるし」
「あるんですか」
「窓際から今日はどんな天気かなーって外を眺めたり、外に出てるのにあんまり知られてないのは仕事には魔法で移動するからだし……」
さりげなく話に出てきたけど、この世界って魔法とかあるんだ。
そうなると私のこの力も魔法っぽく見えてたのかな。
そんなことを考えていると、改めて仕事を頼んでノーラさんは少し私達から離れた。
「じゃあよろしくね。テレポート……」
広げた両手を叩き合わせる様に振ったと思ったら、音が鳴る前に彼女は消えていた。
「おお、これが魔法か」
「以外とすごい人なんですね、人間で魔法使える人あんまりいないのに」
「そうなの?」
「素質と学ぶ機会があれば使えないことはないんですけど、そもそも人間が魔法と相性悪いんですよね。出来ても小さな火を起こすとか、そよ風起こすくらいなものですよ。だからあんな転移魔法使える人は素質があって努力した、すごい人なんです」
「人は見た目によらないなぁ。いやむしろ見た目通りなのかな」
目の前で起きた不思議現象への感想会もそこそこに、私達は本の整理を始めた。
辞典に図鑑に辞書、同じ様に見えて全て違う本だ。
しかも番号なんて振られてないから片付ける目安が付けられない。
中にはタイトルさえないものもある。
「これ、中身見て大体同じ種類で揃えるしかないなぁ」
植物の図鑑、動物の図鑑、薬の調合法、魔物の図鑑。
仕事に使いそうな資料以外にも小説や絵本まである。
ここはひょっとして仕事場というよりは、完全に私物の蔵書室なのかもしれない。
「モニカー、ちょっと休憩しようか」
「あ、勝手に決めて大丈夫なんですかね」
「期限は決まってないから確実に片付けていきましょ。それに収納以前にまず仕分けを終わらせないと何も始まらないわ、これ……」
目の前には種類別に仕分けを始めた本が並んでいる。
だがそれでも3分の1も分けられていないそれを見て、思わずため息が出た。
「さ、先が見えないですね……」
「こういうのは目の前の一個一個の仕事を片付けるのよ。全体を見て仕事すると心が折れるからね」
「真白さん、なんか目が遠いです……」
休憩しながら部屋を見回す。
こういう本が山ほどある部屋の人って、実際にいるんだなぁ。
そんなことを考えていると、一冊の本が目に留まった。
仕分けの最中にも違和感があった、絵本が。
「しかし、なんで絵本がここにあるんだろう。知り合いに子供でもいるのかな」
「どうなんですかね。あっ、でもこの本私知ってます」
「へぇ『優しい魔王』。なんか珍しい感じね、どんな本かしら」
「そうですか? 私は小さいころに読んだんですけど」
あるところに、剣で最強を目指す一人の若者がいました。
若者は魔獣に襲われていたあちこちの村で、魔獣を倒して助けて回っていました。
魔獣と戦うことで剣の修行になると思ったからです。
しかし何度も何度も戦い、魔獣の返り血を浴び続けた若者は人間ではなくなってしまいました。
魔族になった若者はそれでも強さを求めて戦い続け、いつしかその強さに従った魔族が家来になり、魔王と呼ばれるまでになりました。
ある日そんな魔王の元に、一人の女性が会いに来ました。
その女性もまた剣を使い、強さを求めて魔王と戦いに来たのです。
二人は持前の剣の技で戦い、もう人ではなくなっていた若者も苦戦するほど激しい戦いになりました。
勝負の末に魔王の勝利となりましたが、その強さに感服した魔王は女性に望むものを与え、友人になって欲しいと頼みます。
女性は魔王に、魔族が人間を襲うことを止めて欲しいと望み、それが叶うなら友人になると言いました。
難しいことに悩んだ魔王ですが、一度言ったことを嘘にはできないと女性の望みを受け入れます。
二人は人間を襲う魔族を止めるため一緒に戦いました。
二人が力を合わせれば勝てない魔族はおらず、やがて二人のおかげで人間を襲う魔族はいなくなりました。
二人はいつの間にか最強になっていたのです。
しかし女性は人間です。
やがて女性は年を取り、死んでしまいました。
魔王はとても悲しみましたが、女性の死んだ後も彼女の望みを叶えるために、人間が襲われないように戦い続けました。
魔王は最初に強さを求めるついでに村を助けていましたが、強さを手に入れて守ることを女性から学び、人間を守って戦ったのでした。
「へぇ、こんなお話があるのね」
「でもこれ実話っぽいんですよね」
「えっ、でもおとぎ話でしょ? あの時の狼だって普通の大きさじゃなかったし、魔物なんじゃないの?」
「あれは確かに襲ってきましたけど、魔族が人間を襲ったって話を最近は聞かないんですよ。魔獣はそもそも獣だからしょうがないとして、魔族自体は今も存在してるので襲わないってことは何かあるんじゃないかって」
「その理由がこの絵本だと……」
確かに私が触れてきた童話や逸話とは毛色の違う不思議なお話。
世界が違えば色々なものが違う、その感覚を肌で思い知っていた。
しかし、私にはこの絵本と元の世界との繋がりを感じずにはいられなかった。
なぜなら
(この絵本の魔王、なんで若者時代の服が袴で刀を持ってるのよ……)
「ねぇ、この始めの方に描いてある若者の服、村とかこの街で見たこと無いけど民族衣装とかなの?」
「いえ、私もこの絵本でしか見たことないです。不思議な服ですよねー」
ならばもう決定だろう。
この世界に、私以外にも元の世界から送られた人間がいるということだ。
「とりあえず今日はこれくらいですかね」
「そうね…… まだ仕分けが終わったくらいだけど、先が見えたから大丈夫かしらね」
地下室で作業していたせいですっかり暗くなってしまった道を、モニカと私は歩いていた。
この仕事は引き受けて正解だったな。
作業の合間に様々なことを知ることが出来る。
特に大きかったのは魔法についての情報と、魔王が同じ世界の出身者らしいということ。
とりあえず今後の方針は二つ。
(あの力は無闇に使わないことと、もしもまだ魔王が生きているなら話をしたいけど…… 魔王に会うなんて無理だろうしなぁ)
魔法を使う人間が珍しいならば、この力も怖さも含めて目立ち過ぎる。
自分から火の粉を振り撒いて発火するなんてことはしたくない。
そして自分が元いた世界と同じ出身の人間?がいるなら、この世界の生き方だったり元の世界と違うシステムなんかも理解しやすいかもしれない。
ただしこっちは魔王に会いに行くなんて物凄く危険なことだから優先度は低くていい。
そもそも絵本の通りなら魔獣だの魔族だのを刀で切り捨てて魔王にまで成った人だ、私みたいに穏やかに暮らしたいみたいな考えとは対極の人だろう。
(まず今は当面の生活をなんとかしよう)
幸いモニカという心強い味方もいる。
まずはこの仕事をやり遂げるのが、この世界に馴染む第一歩だ。
「あっ、依頼書をノーラさんの家に置いたままだ。取ってくるからモニカは先に宿へ戻ってて」
「どうせ明日も行くから大丈夫だと思いますけど……」
「こういう書類はしっかり管理しておかないと仕事の信用無くなるわよ。行ってくる」
「はあ、お気を付けてー」
一人で家に戻り、地下室へ降りて書類を手に再び家を出る。
放課後の無人の教室なんて比にならないくらいの怖さ。
通りに出て近所の家の明かりや月が辺りをはっきりさせてくれるだけでかなり安心できた。
(あー、怖かった…… 肝試しなんてレベルじゃないわ)
あの時の狼やトラックなんかとはベクトルが違う、じっとりと貼り付くような日本のホラー映画みたいな湿度の高い恐ろしさ。
(さっさと帰ろっと)
こういうホラーを見たりした後、不思議と歩く足が速くなったり独り言が多くなったりしたことはないだろうか。
この時の私は正にそれだった。
流石に大声を出すことはしなかったが、意識していないのに自然と早歩きになり視線は見たくないのに暗がりを確認してしまう。
できるだけ明るい道を通り、泊まっている宿に急いでいた。
だけど私は見つけてしまった。
正確には避けようの無い道の真ん中に佇んでいたので、見付けられたという方が正しいだろうか。
(は……? はっ!?)
驚きで言葉が出ない。
少し前まで絵本で見ていた存在が、そこに居た。
この世界には無い筈の袴。
腰に下げた、西洋の剣ではない日本刀。
それはつい先程優先度を下げた、理解し合えるか分からないと判断した相手。
絵本で見た魔王が、なんてことのない街中に立っていた。
頭の中が?で埋まる。
何も喋れない私を見ながら、その魔王は口を開いた。
「ぬしが新しく落とされたおなごか。ふむ、俺の生きていた頃には見なかった風体。ぬしも、俺の時代の未来から落とされたクチか?」
情報が追いつかない。
私の事を知っているらしく、未来という単語から元の世界での過去の人物らしいということ、そして私とこの魔王以外にもこの世界に連れて来られた人がいる可能性。
一回口を開いただけで、私の頭はパンク寸前だった。
「うん? なんぞ喋ってみい。話ができんと俺が来た意味がなかぞ」
「……えっと、もしかして、魔王さん?」
「なんだ喋れるがね。そうじゃ、俺がいつの間にか魔王っちゅう呼ばれ方をしとった男。名をシュウというもんじゃ」
「魔王、シュウ……」
「こんな呼び名は第六天と同じで縁起が悪かけどな。ぬしも名ば名乗らんか」
「ああ、すいません。私は黒宮真白って言います」
「ほう、立派な名前があるじゃなかか」
なんだか魔王って聞いていたからもっと威厳に溢れていたり怖いイメージがあったけど、随分とフレンドリーな印象を覚える。
少し話を聞いて思ったけど、もしかして九州の方言かな。
なんとなくまだ理解できるくらいの訛りで良かった。
「さて、俺はぬしにちっと用があってな。こんな場所で立ち話もなんじゃ、うちに招待するけん」
「うえっ!?」
唐突に目の前の魔王が腰の刀を抜いた。
当たり前だけど、初めて見た本物の刀にこんがらがっていた頭が冷えていく。
そしてその刀は、彼のすぐ横の空間に何気なく振り下ろされた。
次の瞬間、そこには何と例えればいいのか、絵に貼り付けたステッカーみたいに不気味な紫色の丸い穴が開いていた。
「ほれ、行くぞ!!」
「はっ!? いやいや、待ってよお!!」
音も無く後ろに回り込まれ、気付けば魔王の小脇に抱えられる私。
穴に向かって走り出す魔王。
紫のインクみたいな空間に飛び込んだ次の瞬間、そこは
「ここが、俺達の城じゃ」
巨大な石造りの床や壁、そこかしこに居る人間じゃない生物、肌で感じる普通じゃない空気。
この世界をまだよく知らない私でも分かる。
ここが人間の居てはいけない領域であることが。
「城に同じ世界の人間を招くのは久しぶりじゃ」
「あの、こんなところに連れてきて私に用って何なんでしょう……?」
私は震える声を出来るだけ抑えて恐る恐る聞いた。
そして返ってきた答えに目を見開いたのが自分でも分かった。
「お前さんの『面白い力』のことでな。ちっと話をしたいんじゃ」
私は覚悟をしなければいけなかったのだ。
自分の力を自分の意志で使い、そして使わない覚悟を。
与えられた大きすぎる神の贈り物に対して、私はあまりにも覚悟が甘かった。