死神の指先
いつからだろう。
君から目を離せなくなったのは。
よくよく考えてみれば、その言葉と行動は珍しくはあるけれど人間の域を出ない筈だ。
それでも。
それでも。
その生き様を見ていたいと願う様になった。
その輝きを見ていたいと。
「さあ、どうするの?」
「…………」
悔しがって少し黙ってみたが、内心はもう白旗を挙げていた。
だって、昔から言うだろう?
恋愛は惚れた方が負けだってさ。
「分かった…… 真面目に世界を回そうじゃないか!」
遂に勝った。
自分以外に差し出せる材料が無い中、口を回して煽り倒して、目の前の神様に降参させたんだ。
とてもカッコいいとは言えない勝ち方だけど。
「ふぅ、それはよかったわ」
「ハハハ! あの文句ば言われると男は弱かなぁ!!」
「しかし、いいのかい? 真白ちゃん」
「自分で選んだことですから」
「待った、その事で俺から要望がある」
なんか少し雰囲気が変わった気がする。
これで実力行使のゴリ押しなんかされたら成す術もないけど、煽り過ぎたかな?
「君を嫁に貰いたいのは山々だが、あそこまで散々言われた上で『なってあげる』なんてプライドが許さない。見てろよ、これ以上無いくらい世界を安定させて、君から『お嫁さんにしてください』って言わせてやるからな!!」
「……それは楽しみね」
前言撤回。
私が相手にしていた神様は、思ったよりちゃんとしたプライドをお持ちの様だ。
「しかし、世界の在り様が変わるのは素晴らしいことだが、私達に確かめることが出来ないのは悔しいところだな。なにせ仕組みが変わったかどうか分かるのは百年後のことだ」
「シュウさんくらいしか分からねーもんな。オレ達は人間だしなー」
「しょんなかたい。ばってん、これまでの百年より生きるのが楽しみな分、大丈夫じゃ。心配せんでよか」
「なあに言ってんの。真白ちゃんにも付き合ってもらうに決まってるじゃん」
「「「は?」」」
「神様の嫁になるのに普通の人間のままなれる訳無いじゃん。まぁ、そうなるかは俺の努力次第なわけだけど…… それはともかく、こんな大それたことを変えるんだ。真白ちゃんにはそれを見届ける責任があると思うのよ」
大丈夫、分かっていた。
普通の高校生が、意地を張ってる内にいつの間にかこんなところまで来ちゃったけど。
それでもこの選択が間違っているとは思ってないから。
「真白ちゃんには、俺と同じ存在になってもらう。だから世界が変わったことは、君が見届けるんだ」
「分かってる。私がやるわ」
「真白さん、その……」
「大丈夫、これは私が選んだことだから」
皆が神妙な顔で私を見ている。
それもそのはずだ、カロンを同じ存在になるっていうのは、人間じゃなくなるってことだ。
別れもあるだろう、寂しさもあるだろう。
でも私は、一つしかない解決法を手放したくない。
カロンは世界を変えると約束した上で、自分のプライドに従って答えを出した。
なら私だって、この意地を張り続けなきゃいけないんだ。
「帰りましょう? そして始めなきゃ。ここがこの世界のスタートよ」
あの出来事から数か月、私はモニカと一緒に王都へ住処を構えていた。
図書館の仕事は山ほどあって、日々の仕事には困っていない。
「ノーラさん! デスクに十冊溜まる前にきちんと片付けて下さいって言いましたよね!!」
「うう、モニカちゃん厳しい…… 家の片付けの時はあんなに大人しそうだったのに……」
「ほら、調べものが進んでるのは分かってますから、必要ない分は片付けますよ。他の人も使うんですから」
「あともうちょっとで区切りがいいから待って~」
「待ちません!」
モニカは正式にノーラさんの補佐になったようで、片付けに無頓着な彼女を精一杯支えているみたいだ。
なんだか年齢差が逆転した姉妹みたいだというのは、受付さんの談である。
マイケルさんは相変わらず司書として働いているけど、その合間でシュウさんと国王の会談をサポートしている。
流石にあの方言全開で会話は難しいとなったのか、マイケルさんまで方言を覚えて通訳になってしまった。
「人間と魔族の耕作、畜産地域の区分けですか。確かにこれで人間を食料としていた魔族が大人しくなって頂けるなら、願ってもないことですが」
「ばってん、魔族も跳ねっ返りが多かけん、これで全員納得するちは思えん。俺がそげん奴等は倒すして話してみるばってん、完全に人間ば襲うことが無くなるちは思えんから気ぃつけんば」
「えっと……」
「シュウ殿は、『魔族の中には己を至上とする者も多いので、この案を皆が受け入れてくるとは考えにくい。私がそういった輩を説得、退治するつもりではあるが、完全に魔族による被害が無くなる事は厳しいので、引き続き気を付けて欲しい』と」
「おお! 成程!!」
「なんか、話が通じるのはよかばってん、これじゃ田舎者どころか外つ国人じゃ」
「何を今更おっしゃいますか。少なくともカロンと話をつけたあの時は、真白ちゃん以外に貴方の言葉を全部理解できている人はいませんでしたよ」
「せからしか!!」
シュウさんはマイケルさんの助けを借りて、魔族の国を興すそうだ。
既に魔貴族すら仲間に引き入れているあの人だ、実現するのは遠くないだろう。
何故国を興すことを決めたのか、それは言葉にしないけど、きっとまだフミさんの願いを抱いているからだと思う。
もう魔族になったシュウさんが出来る、力を使った平和の作り方。
どちらかを滅ぼすことなんてせず、共存を目指した優しい魔王として、新しいおとぎ話になるかもしれない。
焔さんはというと、あの住処に一旦戻り、正式に村を作り上げている。
いつの時代にもはみ出し者は居ると、そういう人達を受け入れる場所を作りたいと言って焔さんがグレートアークを発ったのは、私達があれから転移で戻った翌日だった。
今では人数も随分増えた村をまとめ上げているらしい。
「姐さん!! 進行してた家ですけど完成しました!!」
「おうよくやった! とりあえず今の人数だとあと一軒必要だな。場所を見繕ってきてくれ」
「ウッス!!」
「姐さん!! アステルムに出稼ぎに行ってた奴らが帰ってきました!!」
「よし、しっかりメシと酒を用意してやりな。あいつ等のおかげでメシが食えるんだからよ」
「ウッス!!」
変わらぬ姐さんぶりで村を引っ張っているとのことだ。
村の名前は、本人の反対も空しく『竜崎村』になったらしい。
落ち着いたら皆で遊びに行ってからかってみようか。
そして最後に、肝心のあいつは。
「真白ちゃ~ん。今日もお仕事とは感心だねぇ」
「そういう貴方は遊んでるの? いい御身分ね」
「辛辣ゥ!」
「まぁまぁ、彼はちゃんと働いているよ」
「あらマイケルさん」
「そうだよマイケル君も言ってやってよ! 俺が真面目に働いてるってさあ!!」
私が図書館で仕事をしていると、かなりの確率で会いにくる。
それも仕事の合間でやって来るのがたちの悪いところだ。
しかも仕事自体は真面目にしているらしいのが更に責めにくい。
「まあ、最初は驚いたけどね。まさか人間の生活、仕事をして暮らすなんて」
「真面目にやるって言っただろ? その為にはまずここで生きる人間を知らなきゃね」
「そんなこと言って、真白さんの近くにいたいだけじゃないですか?」
「うっ、モニカちゃんも言う様になったじゃん……」
「おかげ様で、精神的にも鍛えられましたので」
職場が近い私達は、いつの間にか集まることが多い。
そしてその度に確信する。
皆、確かに前に進みながら生きていると。
「今日だって、普通の人間じゃ入るのが難しい地域の調査を終えて来たんだぜ? もっと褒めてくれてもいいじゃんかさぁ」
「結構肉体労働してるのね。意外だわ」
「しかも今日の調査場所ってば毒沼よ!? あんなの普通の人間じゃ帰って来れないって」
「事実、彼のおかげで世界地図は随分詳細になった。情報は宝だからね」
「ほら、マイケル君だってこう言ってるし、ご褒美くらいあってもいいんじゃない?」
「これが無ければ、まだ素敵に見えるんですけどね……」
モニカの零す通りである。
だけどまぁ、少しくらいは考えないこともないかな。
ずっとジト目で見ていた彼女が、少し表情を変えた気がした。
「……じゃあカロン、そこに座って」
「お!? はいはい」
「そして目を閉じて」
「マジ!? 期待してもいいのこれ?」
そしてドキドキする間も無く、何かが唇の先に触れる。
驚いて目を開けると、そこには最高に悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の唇に人差し指を押し当てる彼女がいた。
「今はまだ、これだけね」
恋愛とは惚れた方が負け。
俺はきっとずっと前から、彼女に心を撃ちぬかれていたんだろう。
その指先でダメ押しをされながら、俺は嫌という程、それを実感していた。
これにて完結になります。
拙作ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
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