殺し文句
「人のモンに傷付けるなんて、ケンカ売ってる?」
「ふん、あんなもんあっという間に消えるじゃろうが」
右手で頭を掻きながら不機嫌そうに文句を言うカロンに、臆することなくシュウさんが返す。
確かにあれだけはっきり表れていた傷は既に線すら無く、そこには綺麗な空しかない。
「なぁんでこんなことまでして呼び出したんだい? 暇ではあるけど無意味なことはしたくないんだけど」
「嘘。私達のことを見ていて、知らない訳ないでしょう」
「……うーん、この世界で生きぬいて真白ちゃん変わったね。明らかに強くなった。以前は自分の考えすら危うく抱きかかえていたのに、今じゃ俺にバッサリ言葉を投げつけてくるじゃん。最高だね」
「誤魔化さない様にはっきり言います。この世界のリセットを止めて普通に歴史を進めてください」
「嫌なこった。あんなめんどいことしたくないね」
べっと舌を出してカロンは否定する。
前と変わらない軽薄な態度だけど、私はこの表情が上辺だけだと知っている。
人間臭い態度はするけど、その中身は神様の尺度なんだ。
「真白ちゃんさぁ、今まで仕事しなくても生きてこられた奴が、一回怒られたからって真面目に仕事する訳ないじゃん。もう俺は怠惰の味を知ってるの。それに逆らうことがどんなに苦痛か、人間なら分かるっしょ?」
「なんか、神様ってこんなんだったっけ?」
「私の時はもうちょっと威厳に溢れていたような」
「まぁ、真白が本命なんじゃ。これが本性なんじゃろ」
このチャラ男の姿は私しか知らないのか。
本命なんて言い方をされるとむず痒いけど、それならそれで都合がいい。
「それでも、私は世界を回して欲しいと思う」
「……俺がこの世界をリセットで固定したのは確かにめんどうだからっていうのが主な理由だけどさ、もう一つ理由があるんだぜ? 人間っていうのはさ、どこまでも手を伸ばすんだ。それが星だろうが宇宙だろうが神だろうが。自分自身は脆弱な人間だって解ってるくせに、強欲にも手を伸ばし続ける。そしていつか俺だって殺そうとするだろう」
そう語るカロンの顔からは笑顔が消えていた。
それはまるで、実際に見てきた様な、悲しみとも呆れとも見える顔で語り続ける。
「人間にとってはさ、自然や神でさえも、自分が発展していく踏み台なんだよ。上っ面では『挑むなんて恐れ多い、尊敬しております』なーんて顔をしてるけどさ、その実は『いつかこいつらの全てを手に入れてやる』って舌なめずりしてやがる。だけど人と神の差は必ず存在する。心を折られる前に閉じ込めるのも優しさってもんさ」
否定できない科学の歴史。
人から見れば輝かしい発展の足跡だけど、確かに神の目線から見れば見え方が変わる。
「シュウ君さ、君が生きていた頃から真白ちゃんが生きていた頃はほんの四百年くらいしか違わないの。だけどその間に人間は宇宙に行ったり、自身の何倍もの力を出す機械を作ったり、生まずとも人を造り出せる技術に辿り着いたりした。分かる? たとえ公言してなくても、行き着く先はもう人間じゃないんだ」
「俺の生きていた時代の先に、そぎゃんこつが……」
「長々と話しちゃったけどさ、それでも真白ちゃんは、この世界をリセットから解放したいの? 自ら心が折れるいつかの明日を目指すより、のんびり生きられる今の方がいいんじゃない? 俺も楽できるし一石二鳥!」
カロンの言っていることはある意味事実だ。
人間が人間である限り、どこまでも発展を目指す。
より高く、より遠く、より多く、より豊かに。
今に満足することは無く、どこまでもどこまでも。
それでも。
「それでも、私は解放するべきだと思う」
「……強情だね真白ちゃんは」
「人間はどうしようもなく強欲なの。でもそれが人間である証でもある。その結果で例え滅んだとしても、人間はそうあるべきだと私は思う」
「言うねえ」
「神っていうのは、それを信じるモノがいるから、知っているモノがいるから存在できる。一体何度リセットを繰り返したか分からないけど、自分を知っている人間を送り込むことでこの歪なシステムを回して来たんでしょう? だから人間をリセットして自分の存在が全く残らなくても生きてこられた」
「凄い凄い! そこまで到達したのは真白ちゃんだけだよ。初めは本当に面倒だったからってだけだったんだけどさ。同じ人間を繰り返し生かしてると、認識が少しずつ磨り減るみたいなんだよね。だから俺のことを強烈に覚えている人間を定期的に落としてたんだ。嬉しい贈り物なんか貰ったら、バッチリ覚えるでしょ?」
拍手しながら茶化す様にカロンは私を褒める。
恐らくその仕草に他意は無いんだろうけど、私はこれほどムカつく褒め方を見たことが無い。
落ち着こう、まだ交渉は続いてるんだ。
「リセットを止めれば、そんなことをしなくてもよくなる。サボる為に余計な労力を使うなんて、本末転倒でしょう?」
「それはまあ、確かにその通りなんだけどさ」
「そこで一つ、提案なんだけど」
私がこの世界のシステムを解いたから、少しだけ揺らいでる。
ここだ。
右手を挙げ、カロンを指差す。
そして私は“殺し文句”を口にした。
「世界のリセットを止めてちゃんと管理をしてくれたら、貴方のお嫁さんになってあげる」
俺に向かって指を差し、効きゃしないのによくやるなと笑い飛ばす準備をしていた。
その死神の力は俺が与えたモノだ、与えた本人に効くわけないじゃないかと。
だけど飛んで来たのは、そんなモノより遥かに衝撃的な言葉の弾丸。
「「「「「お嫁さん!?」」」」」
「ちょっと、皆で大声出さなくてもいいじゃない。恥ずかしいからやめて」
「いやいやいや、真白さん!? お嫁さんって、分かってるんですか!?」
「そうだぞ真白ちゃん!! こんなののお嫁さんだぞ!!」
「ひどい言い草ばってん、その通りばい」
「いやー流石にその手はオレも考えてなかったなぁ」
この人間共、これまで大人しく黙ってたのに好き勝手言いやがる。
いや、そんなことはどうでもいい、もっと重大な問題が。
「あの、真白ちゃん。お嫁さんって、本気?」
「本気も本気、大マジよ。私が神様である貴方に出せる交渉材料なんて、『私』しか無いじゃない」
やべえ、目がマジだ。
何か仲間にもコソコソ隠してると思ったけど、まさかこんな手を持ってくるとは。
だけど。
「残念だけどさ、真白ちゃん。俺ってばこの世界の持ち主だからさ、その気になれば何でも出来ちゃうのよ。物を造り出すも人を生かすも殺すも、誰かの心を思い通りにするのもね。分かる? やろうと思えば君を俺に惚れさせることだってね」
「それは予想してたわ。仮にも神様だし」
「ほう?」
「確かにそうすれば自分は今の世界のシステムのまま、私だって手に入れられるでしょう。でも、その時そこに居るのはもう『私』じゃない。貴方が自分を愛すように作った人形よ」
本当にこの子は、あの時疲れ切っていた女の子なのか?
人の悪性に辟易して、自らの人生にすら執着を見せなかったあの子なのか?
願いと諦めを内包して、揺れる天秤の様だったのに。
今ここに対峙しているこの子は、なんと美しく、強い姿なのだろう。
「そして最後に、この要求を受け入れてもらえないなら、私は死ぬわ」
「なっ、なに!?」
「この世界を好きに出来るのだから、飛び降りや自刃は簡単に止められるでしょうけど、『私の力』まで手出し出来る?」
あの力にアクセスする鍵として俺が与えたのは『指先と言葉で宣言する』という行動だけだ。
だが、あのゴロツキ集団相手に起動した『視線』だけで起動した力は俺が関わっていない。
この世界の中にあって、俺の及ばない領域。
「鏡でも刃物でも、何なら水だって。自分を映す物はいくらでもある。ハッタリじゃないわよ」
「……ははっ、こりゃ驚いたばい。確かに真白にしか出来ん手じゃ」
「事前に知っていたなら反対…… いや出来ないか」
「他に良い手が無い以上、オレ達には止めらんねーよ」
ぐっ、駄目だ。
他の何もかも自由に手出し出来るのに、肝心の真白ちゃんの力をどうにも出来ない!
彼女の心を操作するって最終手段もありはするけど、それは。
「私を精神操作してどうにかしたなら、全ての問題を解決して貴方は私のお人形を手に出来るわね。まぁ、それを許すようなプライドならの話だけど」
「言ってくれるじゃん、真白ちゃん……!!」
「それをしたら、貴方は神様ではあるけれど、男にはなれないというだけよ。そんな服装を真似ているのに、女の子一人落とせないっていうね」
ああ、ああ、本当に君は。
「さぁ、真面目に働いて好きな女の子を嫁に迎えるか。それとも働きたくないから意志の無い人形で満足するか。神様である前に、一人の男の『カロン』として、どっちを選ぶ?」
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