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死神の指先  作者: nao 11
10/12

目指した泰平の世

 「そっちもばってん、ここも随分賑やかになったろう?」

 「ええ、本当に。カロンに挑む為ですか?」

 「無論よ。後は魔族の基盤が整えば、その時ばい」


 この人は、本当に止まらずに進んで来たんだ。

 普通なら記憶すら霞む様な時間を、一つの望みの為に。


 「さて、ここに来たっちことは何かあるとやろ? 俺達ば力で殺さんとこば見ると、話は出来そうたい」

 「……以前聞いたカロンを殺すこと、止めてもらえませんか?」


 露骨に目が細くなり、空気の温度が下がるのを感じる。

 視線だけで矢を射られているみたいだ。


 「それは、なんでじゃ?」

 「シュウさんも分かってると思いますけど、あれでもカロンはこの世界の所有者です。もし居なくなったら世界がどうなるか分かりません。巻き戻しの世界のまま変わらずに手を出せなくなることもあるかししれませんし、最悪この世界が消えてなくなることも」

 「そんなことは解っとる!!」


 大きな怒声に私も含めて全員が口を噤んだ。

 だけどその顔は、怒りよりも悲しさに溢れているように見える。


 「こんな閉じた世界じゃ人に明日なんて無か。そして奴は、俺やぬしらの様に死んだ人間の想いば籠の中に入れて弄ぶ。そんな世界が続くなら、いっそ消えた方がマシじゃ!」

 「それは、」

 「それは違うな、魔王殿」


 私の言葉を遮ってマイケルさんが口を挟んだ。

 その横顔は準備する時に見た、真剣に相手を想う顔をしていた。

 そして、それに合わせて焔さんも口を開く。


 「確かにこの世界に落とされた事は神の戯れだったかもしれない。だが私は、この世界で第二の人生を送れていることを幸せに思っている」

 「オレも同じだ。オレなんかこうして立って歩くことすら出来なかったからな。生きた結果に何を思ったかは別だけどよ、最初に奴から貰った時は楽しかったろ?」

 「恐らく私達は同じだ。どうしようも無い流れの中で生き、そしてどこまでも悔やみながら死に、彼に望んだモノを与えられた。例えそれが暇つぶしだったとしても、確かに私達はもう一度生きる権利を得たんだ。そこから歩んだ人生は彼のモノじゃない、間違いなく自分自身のモノだ」


 二人は少しも臆さずに前に出る。

 それは二人がこの世界で生きて感じたからこそ、同じ立場の者に突き刺さる言葉。


 「私達が貰ったモノは生前欲しがったモノでしょう? カロンが関わったのはそれを渡すまでです。それをどう使うか、どう生きるかは私達が選んだ人生なんです」

 「ならこの閉じた世界はどうするんじゃ。自分達が満足に生きられれば関係無かち言うとか。その後ろの娘はどうでもよかとか?」

 「それは違います。だから私達は、カロンを説得したいんです。この世界を歴史が続く、普通の世界にして欲しいと」


 遂に言った。

 まるで夢物語みたいなハッピーエンド。

 だけど何もせずに諦めることはしたくないんだ。


 「真白さんは私を助けてくれました。真白さんがいなかったら、私はこうやって生きていることも出来なかったでしょう。自分が楽しく気ままに生きるだけなんて考える人に、そんなことできません。そしてそれは、行き場を無くした人をまとめた焔さんや、自分が得たモノで国の為に働いたマイケルさんも同じです。この人達は、誰かの為に生きてきた人なんです」


 モニカの言葉を聞いて、シュウさんが初めて押し黙る。

 それはきっと、シュウさんも私達を同じだから。


 「この世界の事を調べている内に、魔族が人間を襲うことが少なくなったと知りました。それは、シュウさんが魔族を統率して抑えていたからですね」

 「……ああ、それはそうたい」

 「それだってフミさんの願いを叶えたいって、昔の自分が群雄割拠の時代に何も出来なかった無念を晴らしたいって思ったから、その剣の才能を使ってここまで来たんじゃないですか?」

 「じゃから俺は!!」

 「この世界が消えた方がマシなんて、フミさんが言う筈無いじゃないですか!!」




 金槌で頭を殴られたみたいな言葉やった。

 こうするしかない、こうしなければならない。

 そう思って突っ走った。

 あの日フミが死んで、誰の思い出からも消えた時から。

 そうしないと耐えられんかった。

 あいつの為に生きていると思わんと、長すぎる人生が辛かった。

 俺は、いつの間にか俺の為に、フミの願いを擦り減らしとったのか。


 「俺は、どうすればよかったんじゃ」

 「シュウさんがしてきた事は、間違いなく人間の平和の為になってます。多分、魔族にだって窮屈な生き方にならない様に率いてきましたよね?」

 「……要は食いモンの話じゃ。何も人を食わんでも、血や肉が欲しけりゃ獣でも問題無か。暴れたけりゃ強い奴と手合せすればよか。俺の言うことを聞けばの話ばってんな」

 「シュウさんは少しだけ、答えを急ぎ過ぎたんです。ずっと独りで二つの世界を見てきたから。だから、皆が笑って生きられる世界に出来るよう、一緒に考えて、やってみませんか?」


 真白が手を差し出す。

 顔も髪も服も、何もかも違う筈なのに。

 その姿にフミの姿が重なる。

 縁もゆかりもない人間が平和に暮らせることを願ったあいつが。


 「どうやって説得する気じゃ。ぬしの力でも脅しになるかわからんぞ」

 「脅しなんてしませんよ。例えこの力がカロンに効いても」

 「……ふっ、ぬしはそういう奴やったな」


 器が違う。

 力で斬り伏せることは簡単にできるだろう。

 だが、心を折ることは出来ん。

 そう思った時点で、俺の負けじゃ。




 「分かった。カロンを攻めることは、一時待とう」

 「ありがとうございます!」


 やっぱりこの人は分かってくれた。

 どんなに人から遠くなったって言っても、その根本は変わっていない。

 いなくなった人の想いを捨てたりしない人だって。


 「ばってん、どうするとや。相手は神じゃ、俺や魔族を合わせてもあいつが話をするような武力になるかどうか」

 「それだ! 真白ちゃん、そろそろ教えてくれないか? カロンに通じるかもしれないという手の内を」

 「そぎゃんとのあっとか」

 「いや、多分これは本人の目の前じゃないと意味が無いんです。だから今は、待っていて下さい」

 「むう、勿体ぶるじゃないか……」

 「まぁオレらには何の材料も無いからな。真白ちゃんの言うこと聞いておこうぜ」


 なんとか大きな問題が解決した。

 プレッシャーから解放されたからか、自然と息が深呼吸になる。

 だけどあともう一つ、大きな問題がある。


 「あとは、どうやってカロンをこの世界に引きずり出すかだけど……」

 「それについては私もお手上げだ。私にできるのはこの世界の中での転移だけだからな」

 「どーすっかなー、そもそもオレ達を見てるって保障もねーしなー」

 「それは、見てると思います。あいつの今の退屈しのぎって私達しか無いはずですから」

 「おう、奴はどの辺りから見てるか、ざっとでよかけん分かるか?」

 「え? 私が落とされたのは空の上からだったから、多分空だと思いますけど……」


 私の言葉に、皆が反応した。

 それは少し意外だったけど、聞いてみれば納得できるものだ。


 「私は平野に置き去りだったな」

 「オレもだ。草むらに寝転んでた」

 「俺もそこらに寝とったな」

 「……つまり、真白ちゃんが『特別』ということだな」


 カロンは言っていた。

 あの場所は仕事場であり自宅だと。

 つまり、


 「正解は『空の上』、だな」


 マイケルさんの答えに確信を持つ。

 恐らくあの黒い空間、そこに彼がいる。




 場所を外へ移し、私達は空を見上げていた。

 雲一つ無く晴れている空へ睨む様に視線を投げる。

 空中を含め巡回していた魔族達は、シュウさんの命令で城に戻されていた。


 「外に出ましたけど、どうするんです?」

 「私の転移魔法は目的地がはっきりしていないと起動出来ない。何か他にいい手段があるとみたが、如何ですかな? シュウ殿」

 「なあに、奴が空の上で高みの見物ばしとるなら、こっちも向こうを見とるち教えてやらんばなぁ」

 「あの真白さん。時々魔王さんの言葉が分からないんですけど、向こうの世界の言葉なんですか?」

 「ああ、あれは私のいた国の一部で使われてる言葉なの。私も全部わかる訳じゃないけど」


 なにやらやる気のシュウさんを尻目に、私はモニカに方言の説明をしていた。

 まあ、元々違う世界の言葉だしね。


 「なあ魔王さんよ、教えてやるってどうすんだ?」

 「おう、ぬしらも離れておけ。ちっと危なかけんな」


 シュウさんが刀を抜いて上段に構える。

 いつか私にも向けられた光景だけど、その圧力が段違いだ。

 少し離れて背を向けているというのに、空気が震えて全身に振動が伝わってくる。


  ≪えんちゃんと 建御雷タケミカヅチ


 それは矛盾した光景。

 空は晴れているのに、間違いなくその刀に雷が落ちた。

 しかしシュウさんは怪我を負うどころか、刀に雷を纏わせたまま構え続ける。


 「キィィエエエエエエエエエイイイッッ!!!!」


 耳がつんざく叫び声と共に、刀が空を斬る。

 いや、文字通り『空』を斬ったのだ。

 放たれた刀の軌跡はそのまま雷の刃になり、空高く飛んで、ガラスにヒビが入ったみたいに空に傷を付けた。


 「ふぅぅぅぅ…… どんなもんじゃ!!」

 「これは、なんという業か。私がこの世界に来て知った中にも、こんな大それた剣技は無かったぞ」

 「ヒュー、こんなの相手に喧嘩しようなんて一瞬でも考えたのが馬鹿らしくなるぜ……」

 「だけど、こんなことして意味があるんですか?」

 「この世界は腐っても奴の所有物ばい。それがこんな風に傷つけられたなら」


 そう言って振り返ったシュウさんは笑った。

 私達も、視線の先を見る為に振り返る。

 そこには、彼が立っていた。



 「そう、こんなことされたら、様子を見に来るに決まってるじゃんね」



 あの日と変わらない軽薄な笑い。

 相変わらずホストみたいなチャラついた服装。

 この世界の神様が、立っていた。


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