第6節 視線と想いと生徒会長
10/24 題名を付けました。
4/10 加筆修正しました。
視線とは、とても恐ろしいと俺は思ってしまう。
視線によって人は羞恥心を抱き、恐怖を味わい、疑心暗鬼に陥る。
そして今、俺はクラスの男子たちの視線によって恐怖を味わっている。
目は心の鏡と言うが正にその通りだと思う。
現在進行形で俺に突き刺さる視線には嫉妬や怒り、殺気で満ち溢れており、彼らの視線で俺の胃は穴が空きそうになっている。
何故こんな視線を送られているかと言えば、隣で俺のタブレットの画面に映る教科書を見ているニューソルディアが原因だ。
この学園の特徴の1つとして授業で教科書やノートは一切使わない。その代わり各個人に支給されるタブレット端末を使って授業を行うのだが……どうやらニューソルディアは相当な機械音痴で支給されたタブレットに最初悪戦苦闘していた。
そして悪戦苦闘の末に、ニューソルディアのタブレットは壊れた。
一体何があって壊れたのか「ど、どうしましょうルシアさん。タブレットの電源が入らなくなりました…」と今にも泣きそうな顔で助けを求められたので、先生に許可を貰って俺のタブレットを使って一緒に授業を受けているのだが……
タブレットを一緒に使うということは、互いに近寄らないといけない。そのため机同士をくっつける必要があり、俺がルシウス=アディーテだとバレる可能性がある。
そしてもう1つ問題が……
支給されるタブレット端末は9.7インチでそれなりに大きいのだが、2人で使うとなるとどうしても使いづらく、画面に映る教科書を見ようにもただでさえ近い距離を詰めないといけないため、先ほどから互いの肩と肩が触れ合ってしまう。
肩が触れ合った瞬間、ニューソルディアはビクッ、と震えてすぐに離れるが授業を受けるためには、俺のタブレットの画面に映る教科書を見なければいけない。画面の教科書を見るたびに肩は触れ合い、離れる。また触れ合っては離れるの繰り返しだ。
そんな、初心な恋人同士のような光景に、ただでさえ俺に対して怒り心頭なクラスの男子は嫉妬や怒り、殺意を向け、女子たちは好奇な目で見てくる。
ズガズガと突き刺さる男子からの視線を受け続けて、ようやく授業終了がした。
これでニューソルディアから一時的に離れることが出来る。
と思ったのだが……
「あの、ルシアさん。これはどうすればいいんですか?」
「これは、このファイルを開けばできる」
休憩時間に入ってもニューソルディアから離れることはできなかった。
ニューソルディアは少しでも機械音痴を克服したいらしく、授業が終わってすぐにタブレットの使い方を教えてほしいと頼まれてしまった。
もちろんこの事をクラスの男子が黙ってはおらず、坂田を含む男子生徒がタブレットの使い方をニューソルディアに教えようとしたけど「すいません。でもルシアさんに教えてもらいますから」と断られて灰となった。
それからというもの残りの授業と休憩時間はニューソルディアに付きっきりで過ごした。
そしてようやく午前中の授業が終わり、昼休みが始まるとニューソルディアの席の周りには、坂田を始めとする朝のHR以上の生徒に囲まれながら食堂に向かって行った。
そんなニューソルディアを横目で見送ってから、天樹の居る隣のクラスに向かう為に教室を出ようとすると、俺の前に数人の男子生徒が立ちはだかった。
集団リンチかと思ったが男子生徒達が付けているバッジ、生徒会役員の証であるバッジを見て集団リンチではないと思う。のだが、何故か彼らの瞳は怒りや殺気に染まっている。
「ルシウス=アディーテだな」
「そうだが………」
「紫音様がお呼びだ。生徒会室に行け」
「生徒会室に? 何故?」
「とぼけるな! 貴様、紫音様にラブレターを送っただろ!」
ラブレター……あぁ! 坂田が送った俺名義の偽ラブレターの事か!
ニューソルディアの事が衝撃的過ぎて忘れていた。
「昨日の奴といい、お前といい。紫音様はお忙しい身だというのに、貴様らは……」
昨日の奴って坂田の事だろう。
取り敢えず急いで生徒会室に向かわないと何をされるか分からないな。
「わかった。直ぐに向かう」
「急いで向かえ。我々はこれで失礼する」
男子生徒達が去っていくのを見送り、俺はニューソルディアと共に食堂に向かった坂田を恨みながら教務部へと向かう。
この学院の校舎は中等部、高等部、大学部、そして教務部の4つの校舎が中庭を囲む様に立っており、現在俺がいる高等部の向かい側が教務部。左側が中等部、右側が大学部となっている。
俺がこれから向かう生徒会室は、教務部と言う校舎の中にある。
教務部とは噛み砕いて言えば職員室で、職員室の他に生徒会室や会議室、図書館なども設置されている。
生徒会室を目指す道すがら、坂田が送った俺名義のラブレターについてどう説明するか考えたが相手は学園の女王と呼ばれる生徒会長。正直に話して許してもらえるかどうか。
そうこうしている内に気がつけば生徒会室に到着していた。
扉の前で言い訳を考えていても何も進まないので意を決して生徒会室の扉を開く。
「失礼します…」
扉を開いたその先には、到底学校の生徒会室とは思えない光景が広がっていた。
落ち着いたダークブラウンの絨毯に応接用の革張りのソファとガラステーブル。奥には年季の入った重厚感溢れる鈍く黒光りする執務机と座り心地のよさそうなレザーチェア。
そして、そのレザーチェアに座る一人の少女。中等部でありながら生徒会長を務める女王、姫島紫音が微笑を浮かべながら俺を歓迎した。
「ようこそ生徒会室へ。ルシウス=アディーテ先輩」
「…御招きありがとうございます。と言った方がいいのか?」
「あら、先輩の方が年上なのだからため口で結構よ。立ち話もなんだから、そこのソファに腰掛けてちょうだい」
言われた通りソファに腰掛けるが、この子は本当に年下なのだろうか?
上からなのは目をつぶるとしても、落ちついた佇まいが大人というか、彼女の容姿も相まって儚くミステリアスな雰囲気を作り出している。
深く妖しく全てを飲み込むような黒紫の髪をハーフアップにして、優しくも鋭い目つきはクールビューティーと言う言葉が相応しく。彼女を一言で表すなら俺はきっとこう表すだろう”闇夜の妖精”と。
ソファに座るよう促した姫島はお茶とお茶請けの載ったお盆を持って何食わぬ顔で俺の隣に座る。
いや、向かい側に座れよ。何でわざわざ隣に座る?
「ルシウス先輩の噂は聞いてるわ。学園のアイドルである天樹美香先輩からラブレターを貰い、さらに今日転校して来たアリシャス=ニューソルディア先輩に告白されたって」
「そうだが……」
「ふふ、そんな不機嫌にならないでちょうだい。私が先輩を呼び出した理由は2つ」
2つ? 1つ目がラブレターの件だとしてもう1つは何だ?
「そんなに構えたりしなくても平気よ。それで1つ目の理由なんだけど、天樹先輩のこととニューソルディア先輩のことよ。今学園内で凄い騒ぎになってるの」
「?」
「天樹先輩って学園のアイドルと呼ばれるくらい人気者でファンクラブまであるでしょ」
いや、天樹にファンクラブがあるなんて初めて知ったんだが……
「ニューソルディア先輩も転校初日で既にファンクラブができているの。それで両ファンクラブが先輩のことを闇討ちしようっていう情報が……」
何だそのいかれた集団は、どれだけ俺のことが憎いんだ……
それにニューソルディアはすぐに人気が出るだろうと思っていたが、まさかもうファンクラブなんて……
「というのは冗談よ」
「帰る」
「ふふ、ごめんなさい、怒らないで先輩」
さっきの俺の反応が面白いのか、笑いながら謝ってくる姫島に腹が立つが何とか怒りを鎮める。
またからかってきたら本気で帰ってやる。
「でも闇討ちされるなんて時間の問題だと思うわよ」
確かに天樹とニューソルディアの人気から闇討ちされても何もおかしくない、のか?
今はまだ大丈夫かもしれないがもし、天樹かニューソルディア、どちらかの彼氏になれば……。
……面倒だな。
「私は先輩を守りたい。本当よ、でもそれには先輩の協力が必須」
……確かに姫島の言う通り闇討ちされるのも時間の問題かもしれない。
その問題を解決するためにせっかく協力を申し出てくれているんだ、断る理由はないな。
「わかった、協力する。俺にできることならな」
「そう? なら良かった。じゃあ早速協力してもらうかしら」
「?」
「ルシウス=アディーテ先輩、私と付き合ってもらえるかしら?」
「ああ、わか――――――は?」
今、何て言ったこの生徒会長様は。
いや待て、落ち着いて考えろルシウス=アディーテ。
付き合ってください=恋人になってください。とは限らない。もしかしたら買い物とか…いや、騒ぎを止めるのに何故買い物をする必要がある?
と言うことは、答えは必然的に……
「…何をどうすればその結論に至る?」
「あら、わからないの? 先輩に恋人が居れば天樹先輩もニューソルディア先輩も諦めて、周りも騒がしくなくなる。それで万事解決じゃない」
何も解決してねぇよ。
どうする? 頭が痛くなってきた。
「それに、これは呼び出した2つ目の理由にも繋がるのよ」
頭を抱える俺に姫島は内ポケットから真っ白な手紙を取り出した。恐らくその手紙は坂田が姫島に送った俺名義の偽ラブレターなのだろう。
姫島は取り出した手紙を大事そうに抱く。
「私はこれまで沢山の男子生徒から告白やラブレターを貰ってきたわ……今朝も下駄箱に入っているのを見てため息が出たけど。まさか、そのラブレターが想い人の先輩からなんて思いにもよらなくて……私、とっても嬉しかったのよ」
…今この人さらりととんでもないこと言わなかったか?
「私はルシウス先輩のことが好き、そしてルシウス先輩は私のことが好き。それで確信したわ。これが運命、愛の為せる業だとだと」
この脳内お花畑の生徒会長様は大丈夫だろうか?
「……つまり?」
「私はルシウス先輩、先輩の事が好き。愛しる」
まさかの告白……ってどうしてそうなる!
そもそも俺と姫島には何の接点も無いはずなのに何故告白される!
「いや、何で……」
「何で告白したか? 言ったわよね、私は先輩を愛している。それ以外に言葉は不要よ」
もう胃に穴が空きそうになってきた。しかも答えになっていない!
「それで、ラブレターを私に送ったと言うことは、私と付き合って貰えるということでいいのよね?」
「……」
はっきり言って思考が追いつかない。何の接点もない人に告白される事なんて想像出来る訳が無い。しかもそのラブレターは坂田が俺への嫌がらせで送ったものだ。
どう説明するか悩んでいると運がいい事に昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴る。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「悪いな姫島。次の授業は外でサッカーだから着替えなきゃならない。悪いが返事は後日返す!」
もちろん噓だ。5時限目の授業は体育ではなく数学。だが、この窮地を脱するにはこれしかない!
「ちょ! ちょっと待って先輩!」
姫島の制止を振り払って急いで生徒会室を退出する。
頭を抱えたくなる衝動を抑えながら教務部の廊下を早歩きで移動しながら情報を整理していく。
天樹の告白、別にこれはいい。問題は後の2つのニューソルディアと姫島についてだ。まるで接点のない2人に好意を寄せされるなんて…誰も思わないだろう。
一般的に見れば3人の美少女に好意を寄せられる事は、とても羨ましいことなのだろうが俺には到底思えない。何せ胃に穴が空きそうで辛いからな。
ああ、全部夢でしたというオチならどれほど幸せなものか。
だが、こんな事他人が聞いたら、特に非モテ男子にでも聞かれたら何様のつもりだと呪詛と殺気を放ちながら殺されるな。憂鬱だ。世界なんて滅びろ。
「やっと見つけましたよ。アディーテ君!」
「? 灰塚先生?」
突然後ろから声を掛けられ振り返ると、そこにはメガネを掛け艶やかな翡翠色の髪をシニヨンにした女性。昨日坂田が告白し、偽ラブレターを送った人物の1人である灰塚せりか先生が立っていた。
形の良い眉をぴくぴく動かして明らかに怒っていますオーラを出しながら。