第4節 やっていいこと、悪いことがあります
10/24 題名を付けました。
学園のアイドルからラブレターを貰った翌日の早朝、俺は家のリビングでインスタントコーヒーの入ったマグカップを片手に天樹からのラブレターを眺めていた。
「……こうするしかないんだよな」
昨日、帰宅した俺はラブレターを何度も読み返した。
手紙に綴られた俺と天樹の幸せな未来図。
付き合って卒業したら結婚をして子供を産んで幸せな家庭を築き上げたい。老後は孫に囲まれながら死にたいなど、読み返すうちに決心が揺らぎそうで辛かった。こんな幸せな未来を蹴ると思うと何度も罪悪感に襲われた。
そんな中で俺はいくつか疑問に思うことがあった。
それは俺に惚れた理由に書かれていた「あの日、言って貰った言葉が嬉しかった」「その言葉に私は救われた」という文だ。
残念ながら俺は天樹に何を言ったのかを覚えていない。そもそも去年一緒のクラスだっただけで大して関わることは無かったはずだ。
そしてもう1つ。天樹は幼馴染である御剣の事が好きなのではないのか? 去年の昼休みや放課後に楽しそうに過ごしているのを何度か目撃したことがある。
それなのに何故俺なんかにラブレターを送ったのか?
「まあ、そんなことは告白を断る時に聞けばいいか」
マグカップに入ったコーヒーを飲み干してポケットからスマホを取り出し時間を確認すると7時50分と表示されていた。
家から学校まで約30分掛かり、ホームルームが始まるのが8時30分からなので丁度いい時間である。
スマホを閉じポケットに仕舞おうとして……ふと手を止めた。
真っ黒になったスマホの画面に写し出された、自分の男とは思えない女性のような容姿。
腰あたりまである長い色素が抜けきった白髪を無造作に1つに纏め、瞳はアメジストのような美しい紫色。そして血管が透き通って見える程に白い肌。
いくら海外からの留学生が多い星蘭学園でも歪な容姿。
この奇妙な容姿と日本語をまだしっかり理解できていなかったのと上手に話せなかったせいで最初は学校に馴染むことができなかった。そんな中で俺に声をかけて友達になってくれた坂田には、本当に感謝しても感謝しきれない。
止まっていた手を動かしてスマホをポケットにしまい鞄を手に学校に向かう。
その最中に周りの生徒、男子からは嫉妬と怒りを、女子からは好奇な視線が突き刺さりながらも自分の教室に向かう。
「おは――」
「おいルシウスぅ! これはどういう事だ! 説明しやがれ!」
教室に入ると、1人のクラスメイトが突然俺の胸倉を掴んで怒鳴ってくる。
だがどうしてこう親の仇を取るような勢いなのだろうか?
「一体何の事だ? 取り敢えずその手を離せ」
「とぼけたって無駄だぜ」
クラスメイトは胸倉から手を離すと、代わりにスマホを差し出してきた。その画面はクラスのグループトークの画面が表示されていた。
「? 『星蘭学園高等部1年生のルシウス=アディーテが学園アイドル天樹美香に告白された』…か」
「昨日の昇降口で起こった一部始終を見ていた大勢の生徒が友達に伝えたりSNSとかにあげたりして学園中大騒ぎなんだよ! それよりもこれは本当なのか⁉」
…この学校の生徒は馬鹿なのか? 悪ふざけにも限度というものがあるだろ。今の情報社会においてこんな事をしたらどうなるか…しかもご丁寧に顔写真まで載せて。
「おはようっと、どうした? しけた雰囲気―」
呆然とする僕の後ろから聞こえる元気の良い声、昨日生徒玄関でラブレターを音読して学園全体を揺るがす程の騒ぎを起こす発端となった人物、坂田の頭を掴む。
「坂田、言い残すことはあるか? お前のせいで大惨事になってるだろ!」
指に思いっきり力を入れて坂田にアイアンクローを決める。痛い痛いと喚く坂田を無視してさらに力を入れていく。
ある程度痛めつけ反省したと思い坂田の頭を離す。
「ッ~、容赦ないなルシは」
「お前がラブレターを音読さえしなければこんな痛い目に合わないで済んだがな」
「そうかもな。そんなルシに良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
「? じゃあ悪いニュースから」
「OK……おめでとうルシ! お前には俺が味わった苦しみを味わってもらうために早朝にお前の名前で3人のある女性にラブレターを送った!」
「……おい、まさかその3人って!」
「そのまさかだ。昨日俺が告白したガブリエル先輩。せりか先生。生徒会長の3人だ。って痛い、痛い! ギブ! ギブ!」
このゴミ野郎…何の反省もしていない。
昨日の言葉は何だったんだろうか? もう一度坂田の頭を掴みアイアンクローをかましてやる。
それにしてもどうしたらいい? まだ天樹のことがあるのに…
いや、大丈夫のはずだ。3人とも俺のような奴など恋人などにしたくは無いはずだし、たぶん速攻で振られる。
「それで良いニュースは何だ?」
「そ、その前に、放して!」
「いいから答えろ!」
「痛い! 痛いって! もう少し力弱めて! こ、このクラスに転校生が来るって!」
転校生? 進級してまだ1週間もたってないのに?
それにしても、良くこの学園の転入試験に受かったな。俺もそうだが転校しようと思ってこの学園に入るにはかなりの学力がいる。
そんな事を考えているとチャイムが鳴り仕方なく手を離し坂田を解放した。
すると教室に担任の先生が入ってくる。
「おはよう。もう知っている奴もいると思うが転校生が来たぞ。喜べ男子ども女子だ」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、俺を除くクラスの男子が大声で歓喜の雄叫びをあげる。
転校生の事よりも俺は天樹の件が最重案件だったのに…前の席で吞気浮かれているバカのせいで送られた俺名義のラブレターの事についてどう説明するかで手一杯なのに。
そんな俺の事情を知る由もなくHR進んで行き、男子は目を輝かせて担任をこれ以上ないくらいに真剣に見つめる。
男子達の目に少したじろいだ先生はドアへ向けて入って来るように呼びかける。
ガララ、とドアが控えめに優しく開けられていく。
男子一同がじっと注視する中で、ドアの向こうから、
―――――美の女神が降臨した。