第1節 この哀れな子に慰めを
10/24 大きく加筆修正しました。
5/1 加筆修正しました。
夢から現実へと目覚めた俺の気分は最悪だ。
降り出した大粒の冷たい雨が俺の長い髪を濡らして顔に張り付き、制服も雨水を吸って段々と重くなっていく。
何より最悪なのが目の前で無様に尻餅をつき、見苦しくも逃げようとする男の存在だ。
こいつのせいで俺の秘密はバレ、見ていた夢は泡沫のように消えて醒めてしまった。
人間として生き、日常を体験した。
学生として生き、青春を謳歌した。
ルシウス=アディーテとして生き、恋を知った。
短かったけれど、その夢によって俺は人に愛される温かさを、優しさを、肌のぬくもりを、例え夢だとしても知ってしまった。
眩しすぎるこの夢はどうしてこんなにも楽しく、色鮮やかで、綺麗で美しく。それでいて少し恥ずかしく、甘酸っぱく、ほろ苦いのだろう。
だが、夢は所詮夢であり、いつか必ず醒めてしまうものだ。まるで現れ直ぐに消えてしまう、瞬きを許してくれない流れ星のように。
夢から醒めた俺は、もう学生でも、人間でも、ましてやルシウス=アディーテでもない。
元の居場所に、本当の名、本来の姿で夢から現実に戻るだけだ。
でも、せめて夢から醒めるのなら、もっと別の場所で誰にも知られず目覚めたかった。
俺は右手に持つ拳銃の銃口を男に向ける。
夢から醒めた俺の―――――私の正体、それは――――
「く、来るな! 化け物が!」
「あぁ、否定はしない。私は天獄の天使が一人、叛逆天使にして救済天使のルシフェル」
天使。それが私の正体。
恐怖で顔を染めて必死に逃げようとする男に、私は拳銃の引き金に指をかける。
これは殺しではない。
私は天使。聖書に出てくる偉大な天使ではない。だが、天獄の天使として―――――
「ルシフェルの名の下に、私は貴様を救済しよう」
そう呟いて、私は何の躊躇いなく男に向かって引き金にかけた指を、引いた。
―――◆◇◆◇―――
聞きなれたチャイムの音が教室に響き渡る。
その音を合図に授業を行っていた先生は、俺たちに課題を言い残して教室を出て行った。
先生が退出するのを見送った俺は手にしていたタッチペンを机に置き、先ほどまで行っていた授業内容を纏めたタッブレト端末を閉じて、授業で固まった体をほぐす。
周りを見渡せば俺と同じく授業で固まった体を伸ばしたり、友達とスマホを手にゲームの話で盛り上がったりと自由に行動するクラスメイト達の姿がある。
そんな弛緩した空気の中でクラスメイトの多くが取っている行動は、鞄の中から弁当箱を取り出して友達と一緒に楽しく談笑しながら食べたり、財布を持って我先にと教室を飛び出して食堂、または売店に向かって走って行く者たちだ。
今の時間は昼休み。午前中の授業を終えて、午後の授業に向けて英気を養う大切な時間であり、学生の楽しみの1つだと知り合いから聞いたことがある。
俺も午後の授業に向けて英気を養うために友人である坂田涼を昼食に誘おうと思い机に向かおうとして、途中で足を止める。
何故なら誘おうと思っていた友人の坂田が机に突っ伏し、ぶつぶつと呪詛と嗚咽を共に漏らしながら涙で机を濡らして近づきがたい雰囲気を醸し出していたからだ。
何があった?
見るからに碌でもないことに巻き込まれそうで関わりたくない。そんな時は、どうすればいいのか。答えは1つ。
「今日は1人で食べるか」
見なかった事にして食堂に向かう、だ。
「ちょっと待った!」
だが案の定、坂田は俺の逃走を許してはくれず勢い良く起き上がって大声で呼び止めてくる。と言うか急に叫ぶな、耳が痛いし周りの迷惑にもなる。
諦めて、坂田の大声に驚かせてしまったクラスメイトに謝りながら、渋々坂田の席に足を運ぶ。
「何がどうした? 手短に10文字で答えろ」
「告って振られました!」
……やっぱり碌でもないことか。しかもなかなか面倒な案件だ。
坂田が何処の誰に告白したのかは知らないが、振られたらあんな状態になるのも頷ける……のか?
でも、確か……
「日本では春は出会いの季節だと聞くが、高校に進学してまだ1週間も経っていない新学期早々に、桜よりも早く無惨に散るとは……哀れだな」
「おい、ルシ! もうちょっとオブラートに包むか、慰めの言葉とか無いのか!」
「無い」
「即答⁉ お願いだから慰めてください!」
泣きつく坂田を引き離しながら俺は内心ため息をつく。
鬱陶しい上に面倒くさい。
だけど……まあ友人の頼みだ。慰めてやるか、ただ無料とは行かないがな。
「わかった。わかったから抱きつくな。慰めてやるがその代わりに昼飯を奢れ」
「うっ…今、金欠なのに………わかった」
これで昼飯代は浮いたな…さて速くしなければ昼休みが無くなる。
「なら早く行くぞ、負け犬」
「何で心の傷口を抉ろうとするの⁉」
いちいち文句を言う奴だ。さっきから叫んでいるが疲れないのか?
「うるさい。敗者の分際で叫ぶな」
「本当に慰めてくれるんだよね⁉」
「ああ、もちろんだ」
本当にやかましい奴だ。まあ、いつもの事だ。今日も面白おかしくいじって、煽ってやろう。
そう思いながら、俺は騒がしい坂田と共に更に騒がしいだろう食堂に向かって歩き出す。
会話の間の改行を消しました。