四話 旅立ち
三人は暫くその場で動けなかった。
身体中の痛みも原因ではあるがもっと大きな理由があった。
白爺さんの、死。
きっと三人は未だに受け入れられてはいないだろう。
空を見上げる、いつのまにか星が出て来ていた。
暫くして、三人は俯いたまま、フウがこれからどうするか聞いて来た。
「いつまでもここにはいれないんだよね……お家も潰れちゃってるし」
「そうだよなぁ……俺らここにいれないのかぁ」
レオが、俯いたまま呟いていたら、不意にギンが顔を上げて潰れた家に向かって走り出す。
潰れた家の瓦礫を掻き分け梁をどかして白爺さんの部屋だった場所を片付けると白爺さんの箪笥を見つけた。
箪笥を開けて中から白爺さんが若い頃に着ていた白いコートを取り出して、着てみる……長い、裾を引きずってしまう、更に箪笥の中を色々あさるとベルトも見つける、さっきのコートをたくし上げ腰の辺りで調整してベルトで抑えると、なんとか裾を引きずらないように調整する事が出来た。
フウとレオも各々瓦礫を掻き分け何かを探している、フウはお気に入りの青い上着を見つけ、レオはボロボロになった道着を脱ぎ捨て新しい道着を着ている。
レオは道場の備品庫に行き大刀を背中に背負う為のホルダーを見つけてくる。刀の鍔を引っ掛ける金具が肩の所に来る様にベルトを巻く。
ギンは台所だった場所に行き、自分の愛用の包丁を布で包んで懐に入れる。
「俺達は生きなきゃなんないんだから、飯がいるだろ」
「そうだね……」
「あぁ……」
気持ちの整理はついていない、だが白爺さんをこのままにしておく訳にもいかない。
「なぁ爺さん寝かしてやろうぜ」
「ああそうだな、そうしよう」
「あっそうだ、湖の方に花が咲いてるよね。あの花と一緒に寝かしてあげようよ」
三人は潰れた家の先にある小さな湖のほとりに行き花を摘む。
三人は穴を、深く掘り簡素だがお墓を作った。
この家は森と山に囲まれている、野生動物もいるしモンスターもいる遺体をそのままにしていると荒らされる可能性がある、荒らされたくは無かった。
白爺さんが最初に吹き飛ばした紫色の装束の連中がまだ倒れていて恐らく死んでいる。
遺体を五つ集めて来てフウが魔法を使う、いつも練習していた火と風の魔元素を使う。
「あ……なんか凄く上手くいく」
今迄は制御が難しかった筈なのに、今は制御が凄くスムーズに行く。
あっという間に燃えていく。
「一体何だったんだコイツら」
レオは燃えていく紫色の装束達を見ながら言った、
フウは皆んな同じ様な格好だったねと思い出しながら話しているとギンが気が付く。
「コイツら五人だったっけ?」
「ちゃんとは覚えてねぇなぁ」
フウも分かんないと言って、完全に燃やして花はその辺に適当に埋めた。
三人はこれからどうするか話す、とりあえずは集落を見てこようという事になり集落に向かう事にする。
街に行くにしても何処へ行くにしてもここからの道は集落へ行く道しか無いのだから。
「行ってくるよ、じじい」
「行ってくる、また土産話でも持ってくるからなぁ」
「白爺、行ってきます」
三人は挨拶をして、家をあとにした。
山道を下ると、すぐに集落に着く。
惨劇。
余りに酷い光景にフウは目を瞑る。
ギンとレオは歯をくいしばって怒りが再燃する。
「……なんで……ここまでする必要があるの」
皆死んでいた。
先生が子供達を庇おうとしたのも大人達がどうする事も出来ずに殺されたのも、リックの母親がリックを庇おうとして一緒に斬られていたのも、リックの父親が最後まで自分の家族達を見て逝ったのも、全部見て取れた。
「コイツらがまだ他にもいるなら必ず潰す」
「当たりめぇだ、必ずぶち殺す」
「うん……必ず」
この集団を絶対に許さない、必ず見つけ出す。何が何でも草の根かき分けてでも、例えそこが地獄の底で戻れなくなっても復讐すると心に誓う。
三人は夜遅くまで墓を作り集落の人達を手厚く埋葬した。
夜中の下山は大変なので今日は集落の中のリックの家で一夜過ごす事にした。
集落の家はどうやら何もされていなかった、本当に白爺さんとあの白い刀、七天ハ刀だけが目的だった様だ。
この刀一つの為にこれだけの人が殺された。
それが無性に腹立たしかった。
「眠れないね……」
三人は寝付きは悪かったが、目を瞑る身体は思いの外疲れていた、次第に意識が遠のいていった。
朝、フウがなんだか良い匂いに目を覚ますと、お腹が音をたてて空腹を知らせる。
「あー昨日何も食べてないんだ……」
すると隣でレオも起き上がり。
「なんだこの良い匂い」
ギンは既にキッチンで朝食を用意していた。ギンは恐らく殆ど寝ていないのだろう。
食材は昨日、集落の人達を埋葬するときに、近くの荷車に三人の誕生日パーティーの為に用意してあった物を拝借した、生きる為には仕方がない背に腹はかえられない。
「もうちょっとで出来るから」
「すげーなんだこの肉、やべぇ超美味そうだ」
「はー、良い匂い朝から豪華だねー」
「どうせ全部は食べられないからな、俺達が今食べる分と昼の弁当は今作ったから、残りは保存が効く物は持って行こう」
朝食を食卓に並べて、席に着く、腹は減っているが気分が乗らなかった、初めにレオが一口ジャイアントバッファローのステーキを食べる。
「うまっ!」
「牛だから」
フウも食べる、三人共精一杯元気に振る舞っていた。
「これホント美味いなぁ」
「ねー凄く美味しいよねー柔らかいし」
「まあな、ステーキってのは一回しかひっくり返しちゃいけないんだよ、二回三回ってひっくり返すと肉が硬くなるんだ、その焼き加減を見極めるのが難しいんだぞ」
ステーキを切り分け一口食べるぎゅっと肉の旨みが中から溢れてくると同時肉の繊維が解けて行く、かみごたえと柔らかさが絶妙だ、そして付け合わせのサラダはシンプルだが口に残った肉の脂をサラダがさっぱりさせてくれる、そしてまた肉に行きたくなる、そんな最高の組み合わせだった。
「まぁ美味けりゃ何でも良いよ」
「でも本当に美味しいねー」
朝食を終えて、これからの旅の支度をする、リックの父親が使っていたであろう紐の付いた袋を拝借してその中に保存の効く食料を詰め、テントといっても周りにある木や木の枝に紐で縛って雨を凌げるだけという簡素な物だが丸めて持っていく。
「レオ、そんな格好だと夜寒いよきっと」
「おう、大丈夫これ借りてくから」
そう言ってリックの父親の箪笥から拝借した黒いレザージャケットとレザーパンツに着替えている、ギンも同じように薄いグレーのカーゴパンツの様な物を履いている、裾が長いがブーツに入れてしまえば大丈夫だろうといった感じだ、二人を見たフウもリックの母親が履いていた黒いタイツを履いていた。
支度が整い三人は集落の人達のお墓に向かった。
『行ってきます』
生まれて初めて三人だけの旅が始まる。
集落を出ると山と山に挟まれた森を歩く。この森を抜けた先にブルズ平原が広がっている、その先にとりあえずの目標であるブルズの街がある。
ブルズの街には一度爺さんと三人とで買い物に出掛けた事がある。
「あーなんか懐かしいねー」
「そうだなぁ、俺達集落の中からあんまり出なかったからなぁ」
「まあな、裏山があったしな山菜とか取るなら裏山で十分だったし」
そんな風に思い出話しを交えながら歩く。
暫く歩く森の中間くらいまで来たのだろうか、辺りは森が深くなり光が木や木の枝葉に遮られ大分暗くなっている。それから少し歩いて休憩地点として道が少し広がっている場所が見える、そこには腰をおろして休憩出来る様に丸太を削って作られた簡素な作りのベンチがある。
その先に見つける。
「音を立てるな、鬼だ」
「あぁ、あの数だと多分大鬼もいるな」
「そうだね多分一家族分はいるよね」
ゴブリン達はどうやら食事中のようで、鹿か何かの野生動物を狩って食べている様だ。
今見えるだけで五匹は見える、大体一家族十体程の群れで生活していて群れの中には二体〜五体のオーガがいる。
ゴブリンというのはオーガの子供だ。とはいえ鬼である、十分に危険で知性は余り無いが武器なども使う。目の前にいる様な外で活動をする個体、体長約百二十センチメートル〜二百センチメートル未満のものをゴブリンと呼ぶ、それ以上がオーガと呼ばれる。オーガに至っては素手で岩を砕くような個体も存在する。
三人はどうするか考えて、倒す事に決める。
今この鬼を放置して、集落を荒らされるのが嫌だったからだ。荒らされるか荒らされないかは実際には時間の問題かも知れない、だが今の三人の心境的にあのゴブリン達に集落を荒らされるのは許せなかった。
「三、四体のオーガは覚悟した方が良いな」
「まぁそうだな」
「先手は私がやる、試したい事もあるし」
「わかった、ならフウの攻撃を合図にして俺とレオはタイミングを合わせて攻撃だ」
「よし、それでいこうぜ」
うん任せてと言ってフウが二丁の拳銃を上着の下から出した。白爺さんからのプレゼント右手には白地に金色で左手には黒地に金色の銃を構える、いつも練習していた火と風の魔法をイメージして二丁の拳銃を打つ。
ダンダンっと銃声がなる、五匹のゴブリンが一斉にフウの方向へ顔を向けた瞬間、ゴブリンの一匹に命中してゴブリンが燃え上がった。
(上手くいった! 着弾点から魔法を発生させる事も出来るんだ!)
ギンとレオがすかさず走り出す、走りながらレオは背中の大刀を抜き三体纏めて斬り伏せる。ギンは走りながら虚空から刀を出す、間合いに入り――
抜けない!
刀が抜けない、その一瞬の隙でゴブリンが持っていた棍棒で反撃してくる。ギンは咄嗟に躱して鞘のまま殴りつける、レオがゴブリンの後ろから真っ二つに叩き斬る。
「何やってんだギン!」
「抜けねーんだ! 刀が!」
すると奥から、オーガが出て来た。
その数、五体。
「ギンは一旦下がれ、ここは俺がなんとかする」
「クソっなんで抜けないんだ」
ギンが一旦オーガから距離を取り残ったレオはオーガを真っ直ぐに見る。
「中々良いサイズじゃねぇか、こりゃ斬り甲斐があるってもんだ。それじゃさっそくいくぜぇ!」
レオが大刀を真横に地面と水平に構えて気を高めていく、制御はこの大刀を握る様になってから格段に上手く出来る。恐らくこの大刀が制御をし易くしてくれているのだろう。
爆発したのかと言う程の力で地面を蹴る、一瞬でオーガの元まで移動してそのまま刀を振るう。一体目のオーガは何があったのかわからないまま、上半身と下半身が別たれた。
他のオーガが一斉に怒り狂い雄叫びを上げる
グォォォォォ!と鼓膜が避ける程の大音量だ。
「うるせぇなぁ!」
二体目が素手で殴りかかって来たのを軽く躱し腕を切断したところに、三体目が突進して来た。
「レオ! 下がって!」
レオは影転移を試して見ようと後ろの影を意識してやってみるが、森の中は影だらけだ。目標が上手く定まらずに、自分の意識した場所とは全然違う場所に転移してしまう。
「あれ? イメージと違ぇなぁ」
「レオ! 何やってんのよ」
フウが拳銃で援護をする、今度は気の力だけで打つ。
(倒せない。けどここで炎は不味いさっきは道にいたゴブリンだったから良いけど森の中で、しかもあの大きさのオーガを燃やせば引火するかもしれない)
ギンは未だに刀が抜けず、なんで抜けないと悪戦苦闘している。
「悪ぃな、フウ」
(影転移はかなり練習が必要だな、目に入った影なら多分何処でも転移出来るけど、目標が定まらねぇ)
銃撃に怯んだオーガをレオが下から真っ二つにして、残り三体。フウとレオが連携して倒していく。
最後の一体になり、ギンが刀を抜くのを諦めた時、後ろから一際大きなオーガが現れた。
「おいおい、デカすぎだろ」
「ギン! 逃げろ!」
フウとレオが先にいた一体を仕留め、ギンの援護に向かう、ギンと巨大なオーガが向かい合う、三メートル以上あるだろうか、巨大なオーガが動いた、大きな体で腕を振り回す、小枝でも折るかのような手軽さで木をなぎ倒し、そのままギンに殴りかかる。
「速い!」
ギンが鞘で受けるが吹き飛ぶ、吹き飛ぶ時に地面を蹴り後ろに飛んで威力を殺す。大きなダメージは無いがパワーとスピードに驚く、あの巨体でかなりの早さで拳を出してくる。
(オーガのスピードじゃねーな、それに力が半端じゃねー。クソっ刀さえ抜けりゃ大した事無いのに)
オーガが殴りつけるが、半身になって避け飛び上がり顔面を鞘で殴りつける。オーガが後ろに怯むが大して効いてはいないだろう。
距離を詰め鞘で連打する、オーガが暴れて周りの木がどんどんなぎ倒されていく。ギンは距離を取りもう一度しっかりと集中して抜刀姿勢に入る。
(なんでだ、あの時は抜けたのになんで抜けない……)
オーガがタックル気味に突っ込んできた。
周りの木をへし折り吹き飛ばしながら突撃してくる。
(不味いこのままだと……クソ抜けない)
タックルに合わせて後ろへ飛ぶ、空中でオーガと接触するが衝撃を殺して最小限のダメージに止める。
(なんつー威力だよ、馬鹿力だな……)
オーガが追撃の為にギンにむかって走り出したが、バランスを崩して倒れ込む。
フウが膝に二丁拳銃を使って気弾を打ち込んでいた、走り出した軸足の左足を捉える。オーガは倒れ込むがすぐに起き上がりフウとレオの方を向いて雄叫びを上げた。
グォォォォォと森中に響き渡るかのような大音量で声を荒げ身体に力を溜める様に両足を踏ん張っている。
(なんだありゃ、気を溜めてる、ま……)
「不味い! 避けろぉぉぉ!」
レオとフウの方向にオーガが口から気の塊を打ち出した。レオは咄嗟にフウを突き飛ばし、自分も転がる様にしてなんとか躱す。
「大丈夫かフウ」
「うん、なんとか」
「あのヤロォ気も使えるのか、厄介だな」
「私がやる、少し時間作れる?」
「何だなんか良い事でも思いついたのか?」
「初めてだから上手く出来るか分からないけどね」
「よし、んじゃ俺が引きつけといてやるよ」
レオがオーガに向かって走り出す、するとオーガも気が付きもう一発と気を溜めだす。
「クソ、距離が届かねぇ」
発射される直前、ギンがオーガの後ろから飛び上がりオーガの頭を鞘に収まったままの刀で真上からぶっ叩いた。
オーガは気砲とでも言おうか、それを既に自分の口の中に溜めていた。ぶっ叩かれた衝撃で口が閉じ口内で気砲が爆発した。
そして準備が整ったフウが離れてと叫ぶと、フウの二丁拳銃から発射された弾がオーガに当たる。
炎が吹き出す。しかし立ち昇る事は無くその場で炎が球体の様に回りだす。球体状に風を操りその中で炎が燃えている。
少しの間燃え続けオーガは真っ黒になって出てきた、なんとか倒す事が出来た。
「すげぇなフウなんだよあれ、あんなすげぇの出来んのかよ」
「なんとか出来た、このじいちゃんの形見の銃。これきっと魔法のコントロールとかやり易くしてくれてると思う」
「やっぱりお前も?」
「うん、炎と風をあんな風に思い通りに制御出来なかったもん今迄」
二人はギンの元へ行き。
「おい大丈夫かギン」
「ギン、大丈夫?」
「ああ、なんとか。なんで刀が抜けないのか分からない」
クソっと毒づくギンだがレオとフウはとりあえずギンが、無事でホッとしていた、休憩地点の近くだったので休憩地点で少し休み弁当を食べてから出発する事にした。
「なぁオーガとかってどこか売り物になんねぇのかな?」
「うーんどうなんだろうね、牙とか持っていった方が良いのかな」
「やっぱ、パンツか鬼のパンツ!」
「レオ、お前はそれ履けるのか?」
「冗談だっつーの」
「わかんねーけどとりあえずオーガのこの下のでかい牙を取ってくか」
「あと、核は絶対売れると思うな」
そう言って、下顎の牙と核を倒したオーガから取っていく、一番の大物の下顎が吹き飛んでいたが落ちていたのを発見したレオがうげぇ気持ち悪ぃと言いながら牙を剥ぎ取っていた。
それから暫く歩くと光が差してくる段々と明るくなってきた、森の終わりが見えて来る。
その先に、ブルズ平原が広がっている。
ここからは道という道は無く平原をひたすら歩く。
「うわー、凄いねー広いねー、向こうの方まで何にも無いよ」
「おぉ! 俺らだけで森をぬけたぞ!」
「ホントだ、すげーな」
見渡す限りの平原だこの平原がまた広い、既に空は茜色に染まっていた。森を抜けるだけで半日かかってしまっている。
平原を進む、すると水辺でジャイアントバッファローの群れが水浴びをしている。
「おぉ! でっけぇなぁ!」
「ほんとだ大っきい!」
かなり遠くから見ているがその大きさが分かる。
この平原はジャイアントバッファローが多く生息している、他にもゴブリンやオーガもいるが中には大型の肉食獣や肉食系のモンスターもいる、割と危険な平原である。
途中途中に林や水辺などがあるがそういった場所は、野生動物やモンスターなどが住処にしている事が多いのでこの平原では夜営には向かない。なるべく遮蔽物が少なく周りが見渡せる場所で今日は火を起こし、交代で見張りと睡眠を交互に取る事にして今日は進むのを止める事にした。