向かう(三つ目)ending
僕たちは階段があった場所へ移動した。
未だにそこは平地で、降りることはできない場所だ。
「易意くん、どうしたの?ここにはなにもないわよ」
「大丈夫だよ」
「お、策有りか」
「ソルト、塩は怪異現象に有効なんだろ」
「かいいげんそう?ってなんだ」
僕は無造作にソルトの頭に腕を通し、中身を階段にばら撒いた。
「ぬおっなにごと…うおっ!?」
「やっぱり…」
すると平面が溶け落ち、階段が露出した。
「わぁすっごーい」
「なんじゃこりゃ!」
なんだか頭が冴えている。
この世界の異常はどうにかできる、僕はそう確信した。
僕たちは特に障害もなく二階まで降りれた。
二階にはあった。
「まさかまたポルターガイスト?」
「さっきと同じのか!?」
「大変だー」
廊下に散乱する机やイスに、僕たちは立ち止った。
よく見れば脚が破損している物も見られる。
人為的だとしたら相当な力を要求されることだろう。
しかしこれは怪異現象というより…
思考を遮るように、遠くからガラスの破砕音とともに怒号が響いた。
「今のって…!」
誰かがいる。
廊下の突き当たりの教室が音の発生源だ。
もしかしたら怪奇現象に自分たち以外の誰かが巻き込まれているのでは…
「待ちやがれぇ!!!」
ヤンキーみたいな怒号が廊下を震わせる。
「ホントに誰かいる!?」
椎名が教室の扉に手をかけ——————
「あっぶね!」
扉に机が叩き付けられぶっ飛ばされた、
ソルトが椎名の腕を引っ張られなければ大けがだ。
「助けてくれぇぇえええ!!」
教室から逃げるように現れたのは、情けない姿を晒す校長だった。
「逃げんなぁあ!」
次に出て来たのは見た目が明らかに不良の男だ。
学園の制服を着崩し、髪を染め、鉄バットを振り回している。
「え、あ、どうするの!?」
「両方確保だ!」
「あいさー」
「校長もか?」
「離してくれぇぇ!」
僕は不良の前に立ちはだかり、
ソルトは校長の襟首を掴んだ。
この不良、ネクタイの色から見て…
「先輩、止まってください」
「あん?誰だお前ら、なんでこんな夜中の学園にいんだよ」
「それはあなたもです」
まさかこの学園に僕たち以外の人がいるとは思わなかった。
「そのあなたってのゾワってするわ、オレは毒島だ」
「毒島?あっ、入学式の」
「あん?お前は、あんときの塩か」
「ソルトです」
ソルトの知り合いだと思われる不良に、椎名は一応の安心をした。
毒島、ぶすじま。確か停学を受けていた人だ。
先輩たちの間で有名だったから聞いたことがある。
「先輩はどうしてここに」
「あん?忘れ物があったこと思い出して買い物ついでに来ただけだ」
「忘れ物ー?」
「ほれ、エロ本」
「…なんでよ」
「校長、逃げないでください」
「ぐぇ」
そろりそろり後ずさる校長の首根っこを引っ張り、尻餅をつかせた。
「わっ、ワシは無関係だから!冤罪じゃから!」
「嘘だな、てめぇだろこの世界の元凶」
元凶!?
校長先生が!?
「さっき階段消してたんだよ、明らかにおかしいだろこいつ」
すさまじくうかつだ、この校長。
挙動不審に磨きのかかる校長にもう逃げ場はない。
しかし僕以外にこの世界がおかしくなっていることに気づいているとは。
「校長先生」
「…」
「先輩のお話は本当ですか」
「…わっ、ワシは」
「教えてください」
答えがすぐそこにあったことに僕は安堵した。
きっとこれで、このヘンテコな夢は終わる。
「往生せえわ」
校長がなにかを決意した、その瞬間。
毒島先輩が校長のヅラを取った。
「あ」
「え」
「あー」
錆びついた機械のように、ゆっくりと頭頂部を確認する校長。
そして毒島先輩の手元を凝視。
「あ…あっ…あぁ」
やってしまった。
さっきまでの流れならなんとかなった、もう駄目だ。
そう確信できる現状に、ため息が出る。
「ワシはぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!」
「あっ逃げたぞ!」
「待ってください!校長」
校長は歳に似合わず健脚だった。
追いつけない。
どんどん引き離されていく。
「なんであんなことしたんですか!先輩それで停学されたんでしょ!?」
「うるせっ!なんで知ってんだよそんなことっ!」
「学園じゃ周知の事実ですっ!」
「くそっ一階に行ったぞ」
しまった、
「あっ」
「ない!」
階段はすでに平地と化していた。
「ちっどうすりゃいいんだこれ!おいお前ら!」
「任せてください、ソルト」
「おう!」
先ほどと同じく塩をばら撒いてまやかしを除去する。
「うぉっ、便利だな塩。ちょっと貰うわ」
「ちょっ先輩、取り方が雑!」
一階まで直行した僕たちは昇降口の鍵開けにまごついている校長に追い付いた。
「逃すかぁっ!」
「くっぅ」
扉が開いたその瞬間、先輩がギリギリ間に合った。
腕を掴み、勢いを殺さず突っ飛ばす。
「ぬおぁっ…ぐぅ」
「往生際が悪い男はダセェぞ校長」
校舎から出れたことに、自然と安堵の息を吐く自分がいる。
五体満足で外の空気を吸える、その事実に体が震えていた。
ゆっくりと目を閉じ、不安を鎮める。
僕は覚悟を決めた。
「校長先生、もう終わりです」
「まだだ、まだワシは…」
「あぁん、もう諦め…んっ?」
後は全てを白状させるだけ。
「なんだそれ、槍?」
なんだ、校長がなにかを持っている。
学生旗だ。体育祭などで優勝したクラスが持つ槍。
なぜ今それがここに。
「ワシにはまだやり直す術がある!」
槍が、光った。
不思議と、視線が吸い寄せられる光だ。
目が、離せない。
「あれだ!」
思わず、手を伸ばしていた。
確かな根拠はない。けどあれを手にしなければならない。
「…っ!」
「うおっ」
校長が力を振り絞って、先輩の手を払いのける。
「待てゴラァ、うおっ?なんじゃこりゃ!」
しかしそうはさせないと手を伸ばす先輩の腕に、黒い糸が縛るように絡まる。
「ひゃぁっ、ワイヤー!?」
「いや違う!これは…、」
突如として現れたその黒い糸は椎名さんとソルトも雁字搦めにしていく。
「校長のヅラだ!」
その正体は校長から奪ったカツラだ。
動くのかあれ、こんな時に…!
「くそっ」
距離を取られた。
僕の足じゃ校長には追いつけない。
「よし!後は記憶を消せば…」
「てーやー」
「ぬおぁ!?いつのまに!」
なんと茶々が横から校長に体当たりをかまし、槍を奪った。
「それを返せっ!」
「させるかぁぁあ!」
奪い取ろうとする校長に、僕はタックルをかます。
しかし倒れない。年の割に足腰が強靭過ぎる。
「ぬぉぉ離せ離すんだ!ワシは、ワシは!」
「茶々ちゃん、離れて!」
「はーい」
「ワシのカツラ!その槍を奪え!」
月の光といくつかの灯りがあるとはいえ今は夜、黒い毛は視認が難しい。
校長のカツラは長く、長く伸び、鞭のようにしなりながら茶々さんを襲う。
「茶々さん、飛んで避けてっ!」
「ぐえー」
毛の鞭はあっさりと茶々さんの手を捉え、槍を弾き飛ばした。
「どけぇ!」
「うわぁ」
やばい、突き飛ばされてしまった。
「これでワシの…勝ちじゃ!」
「あほかお前は」
「ぐえっ」
もうおしまいかと思った矢先、校長は無慈悲に蹴飛ばされた。
「なっなぜだ!お前はワシのかつらに…」
「塩かけたらどうにかなったぞ」
毒島先輩だ。毒島先輩が槍を手にしている。
「まったく…」
呆れた、そんな意味を込めた長いため息を吐いた。
「お前自分のかつらにどんだけ執着してんだよ」
「ワシにとってかつらはもはや我が身に等しいのだ!」
「いや、かつらに命を吹き込んでも地毛にはならないだろ」
「黙れ!元はといえばあのとき貴様がワシの、ワシの!!」
「悪かった悪かった、反省してますよ。謹慎中は自宅で静かに反省してましたぁ」
校長は激しく地団太を踏む。毒島先輩の態度がより怒りを買っている。
「あ」
「んあ?」
槍が発する光は強く、そして淡い。
なぜだかもう最大にまで高まっているとわかる。
槍は今、僕の手にある。
「返すんだ!!!それはワシのだぞ!!!」
僕は求める。
この世界に…
「やめろぉぉぉぉぉおおおお!!!!」
…僕の過去を、改変してくれ。
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浅い眠りだからか、僕は疲れの取れない朝を迎えた。
温い水で顔の疲れを取る。
どうしてだか朝は憂鬱だ。
別に家族仲が悪いわけではない。
…生みの親は幼いときに蒸発して、今は叔父のところで生活している。
食卓には暖かいご飯。
なんだかいつも感動している自分がいる。
「あっ、飲み物」
僕は棚からコップを二つ手に冷蔵庫を開ける。
そのままお茶のペットボトルをーーーーー
「っ」
掴む。
大丈夫だ。大丈夫。
なぜだかお茶のペットボトルに忌避感を抱く自分がいる。
しかし理由がわからない。
別にお茶が嫌いなわけじゃないのに。
「いただきます」
食事の時間の暖かを、僕は噛みしめる。
なのにどうしてだろうか。
時折、冷たいものを思い出す。
「…」
喉を潤し、不快感を流す。
大丈夫、僕は今幸せだ。
…もう一度喉を潤すために、空になったコップを手にする。
「っ」
僕はお茶のペットボトルに忌避感を抱きながら、
喉を潤す。
ちかれた…




