吸血鬼さん、ダンジョンに潜る1
「おー」
三階建てのプレハブの裏には、コンクリート製っぽい見た目の四角い二階建て位の建物があった。
「結構大きいなあ」
縦に高さは無いけれど、横、というよりも、奥に広さがある。電車の自動改札のような装置の置かれ、トタン屋根の置かれた洞窟っぼい穴がその細長い建物の先にある。
「あそこがダンジョン、かな?」
トタン屋根の下にぶら下げられた看板を見るに、そうなのだろう。
「で、こっちは『ロッカールーム』と、二階に『買い取り所』と『装備屋』があるのか」
私に武器は不要だし、防具も要らないから、ロッカールームも装備屋も用は無い。ウエストポーチの中身は印鑑と財布、ハンカチに買い物袋にさっき貰った冊子。あと非常食用の手作り蜂蜜飴だ。何かダンジョンの中で得られたら、買い物袋にでも入れよう。
「行くかあ」
そう気合いにもならない気合いを入れて、ジーンズの右ポケットから探索者証を取り出し、自動改札をくぐろうとすると、横の詰め所みたいな所から声が飛んできた。
「そこの君! そんな格好で行くつもりか!?」
男の人かな? 鍛えているだろうけれど、優しそうな声だ。
「ええ。今日は入り口の辺りを少しだけ見るつもりなんで」
「それなら良いのですが……」
探索者証を読み取り部に当てて改札を通る。ピ、という音を聞きながら詰め所を覗くと、陸上自衛隊の制服を着た中年位の男がいた。
その男の不安そうな視線を尻目に、私は探索者証をジーンズの右ポケットに入れて洞窟へ入っていく。
「外から見えた傾斜よりも角度が深い?」
目の錯覚もあり得るけれど、この妖気にも似た『何か』からすると、多分空間自体が歪んでいる。
「私と同じ化け物? にしては」
『意思』を感じない。むしろ、旧式のコンピュータのように機械的な思考だ。
「なるほど」
これを、『狐』が感じなかった訳が無い。だけれど、『狐』は撹乱能力や搦め手こそ強いけれど、解析や直接戦闘は苦手だ。一方、私は直接戦闘もこなせるし、解析は大の得意だ。
「つまり、私にこれを調べて欲しいのか」
全く、素直に言えば良いのに。苦笑しつつ歩き続けると、洞窟の先に光が見える。おまけに、傾斜は変わっていないのに、急に重力の方向が変わった。お陰で、いつの間にか登り坂になったように感じる。これは、空間が歪んでいるので確定だ。
「面白い」
この気の感じは、むしろここから『何か』を逃がさない為のもののように感じる。
「さーて、何を隠している?」
ニヤリと笑い、洞窟から出ると、そこには砂の海と。
「ははーん」
濃密な妖気に似た、けれども決定的に違うものが、空間を満たしていた。
「これは、欧州の魔法使い達が『魔力』と呼んでいたものね」
また懐かしいものが飛び出てきた。
妖気はアカシック・レコードにアクセスし、自然現象の範囲で事象を引き出すのに必要な触媒なのに対して、魔力は自分の意思の力で事象をねじ曲げるための力を生み出す、言わば事象改変素子だ。その危険性は計り知れず、ローマ帝国の技術部の残党からその危険性を知らされたローマ教会が、その素子を扱えるものを『悪魔契約者』として厳密に管理し、それに逆らうものは皆殺しにしたという曰く付きの物体だ。
「確か、あの時の魔法使いの生き残りは、ローマ教会に頼まれて北米大陸に連れて行ったから……」
となると、『ダンジョン』を生み出したのは、北アメリカのアングロサクソン系テロリストか、それとも南アメリカ自治区のユダヤ系技術者か。どちらにせよ、ろくでもなさそうだ。
「でも、これだけの魔力を生成するためのエネルギー源が分からないなあ」
魔力というのは、六次元的に折り畳まれた、微細な装置だ。機械と言っても良い。かつてこの星を支配していた、私が幼かったころはまだこの星にいた『神』が、生物の進化を促すために蒔いた肥料だ。その生成には莫大な、それこそ魔力という素子をひとつ造るだけで太陽がひとつ造れる程の膨大なエネルギーが必要になる。それを用意出来るものは、この銀河系にはもう存在しない。
だというのに、この空間にはそれが濃密に存在している。訳が分からなかった。
「誰が、何のために、こんなものを?」
物思いにふけりつつ歩いていると、何かを踏み潰した。
「ん?」
感触は、砂と水を混ぜて固めたものに似ていた。
「何だろう?」
見下ろすと、そこには透明なビー玉が落ちていた。
「…………あー、あれか。冊子に書かれていたやつ」
確か、『日本探索者協会鳥取砂丘前支部』の冊子に、鳥取砂丘ダンジョンの第九層までは、基本的に『サンドハンド』と呼ばれる、地面から生える砂で出来た手のようなモンスターしかいないと書かれていた。それを倒すと、ビー玉がドロップする、とも。そこは単なるガラス玉でも何でも良い気はするけれど、サイズ的にビー玉、らしい。個人的には出来過ぎている気はしていたし、実際に見てみて違和感が強くなった。
「……サンドハンドって隠れてて奇襲かけてくるって書かれていたけど、まさか奇襲かけてきた瞬間蹴飛ばした?」
そうだとすると、気が散っていたとはいえ私に気付かれない気配の殺し方をするこいつは、脅威になるかもしれない。私は警戒レベルを一段階上げ、とりあえずビー玉を拾う。
「ん?」
確かにこれはビー玉だけれど、存在そのものに違和感がある。ただそれは妖気とか魔力とかの関係ではないのは確かだ。まるで、今産まれた子鹿がいきなり老衰で死んだかのような、あり得ないことが起こってしまっているような違和感だ。
「謎ばかり増えるなあ」
ウエストポーチにビー玉を入れ、私はダンジョンの奥へと進む。