吸血鬼さん、笑われる
「アハッハッハッハッ!」
戸籍を用意してくれた知り合い、『狐』の経営するバーに入り、昼間の準備中の時間なことを良いことに、私は久々に血を飲んでいた。結構新鮮だけれど、薬品臭さと成分が偏ってると思ったら、とある病院の横流し品らしい。まあ、文句は言えない。
「とうとう死亡者扱いされたって? 死人が? もうおかしくて!」
『狐』はカウンターの向こうでそう笑い続ける。微妙にその豊満なお胸が揺れる程度の爆笑だ。まあ、そんなに胸元の開いたドレスなら、仕方ないけれど。露出多めのデザインとワインレッドの色合いは、『狐』の美貌をよく引き立てている。
「……まあ、この州の怠慢にあぐらをかいていたんだから、仕方ないよ」
私は苦笑して、コップに注がれた血をストローで飲む。うん、薬品臭い。
「ま、あなたに貸しを返せると思ったら、戸籍位やっすいものよ」
「あと十八貸しあるもんね」
「細かい女は嫌われるわよ?」
「それは朗報」
こう軽口をたたき合うのも、久々で楽しい。私や『狐』みたいな『化け物』は、今は極々稀にしかいない。だけでなく、永い時を生きてきた『狐』は、私とは一種の『同士』だ。こんな風に気楽に話の出来るものは、長く生きれば生きる程居なくなる。
……まあ、こいつの奔放さにはついて行けないから、知り合い、止まりなんだけれど、それはそれ。貴重な存在であることに変わりはない。
「で、戸籍だけど、誕生日が今まで通り四月一日なのは嬉しいけど、十八歳で取ったのは、やっぱり外見のせいなの?」
「そうねえ」
『狐』は、ロックのウヰスキーを飲んでから答える。
「確かに外見もあるわ? だけれどね、それ以上に、あなたのことだから稼ぐ手段がいるだろうと思って、ね?」
「ん? 今まで通りデイトレードでチマチマやるつもりだったんだけど」
地球連邦政府が十年前に公布した法律のお陰で、デイトレード程度なら何歳からでも出来るからあまり関係のない話だけれど、この州の法律で決まっている働きだせる年齢は満十六歳以上、一般論的に就職しても良いとされる年齢は十八歳なのだ。
「死亡扱いになって、ほっとんど資産無くなった現状では、厳しいのではなくて?」
「うぐっ」
確かにその通りだ。銀行に預けていた二十億ちょっとは全額没収されたし、株ももう無い。今手元にあるのは、ほんの二百万クレジット程だ。
「血を吸い続けるのは、あなたらしくないでしょう? なら、『あの』蜂蜜を作ることの出来る『蜂』と『庭』は必須の筈よ。そこまで分かっていれば、あとは稼ぐ手段が必要になることは明白」
「ご明察」
流石、『傾城』と言われたことだけはあるなあ。
「で、いくら稼ぐ必要があるのかしら?」
「二千万クレジット。重労働じゃないなら、二年以内に」
残念なことに、それ以上の年数は手持ちの蜂蜜に不安が出るのだ。
「……頑張れば行けそう、とは言えないわねえ。元手二百万でそれは随分厳しくないかしら?」
「あの蜂がちゃんと育つには、一からやるにはそれだけの農地が要るからね」
あの谷は、樹木がしっかり育っていたから、そんなに面積は要らなかったのだ。だけれど、そうでない土地で一から庭を造るなら、それ位は無いと花から得られる蜜の量的に厳しい。
「難儀な生き方ねえ。敵対しないものからは血を吸わない吸血鬼、っていうのは」
「でも、自分で決めた生き方だからね」
「化け物の矜持よねえ」
「だね」
『狐』と顔を見合わせて笑う。私たち化け物は多くの『もの』を失い過ぎた。人間達に奪われてきた。これからも、奪われるだろう。ならばせめて、矜持位は持っておきたいのだ。
「……土地はちょっとずつ買うのかしら?」
「まとめてかな? 一ヘクタール毎に買いたいとは思ってるから、一千万貯まれば買って、ってやっていくつもり」
「なら、当初の目標は一千万?」
「だねえ」
ここで『狐』は何やら考え込む。こういう時の『狐』は、名案を生み出すものだ。だから黙って血を飲みながら待つ。
しばらくそうしていると、『狐』はこう切り出した。
「ねえ? 『探索者』って、知っているかしら?」
「あーあの。何でも、『ダンジョン』とやらに潜るんでしょ?」
結構前にネットニュースで話題になっていた。三年前、世界各地に現れた『ダンジョン』に入り、そこから様々な資源を得てくる仕事、らしい。危険度の割にあまり儲からないとは言われており、ダンジョンの一般公開された一年程前こそ人気の職業だったものの、今では非日常を求める人達が遊びに少しやる程度の職業になっていた筈だ。
そんなことをつらつらと『狐』に言い、首をかしげる。
「そんな探索者になれ、って、あなたは言うの?」
「ええ、そうよ」
『狐』は思い付いたことを説明しだした。
「ダンジョンが危険なのは、人間にとっては、よ? 私たち化け物にはそう危険でもないわ」
「そりゃ、私たちレベルになると核爆弾とかMOAB直撃しても無傷で済むもんね」
「その通り。ダンジョンで一番危険なのは、モンスターと罠らしいけれど、どちらも私たちの危険にはなり得ないわ」
「断言するってことは、行ったの?」
「近場の『鳥取砂丘ダンジョン』にはね。遊びがてらだけれど」
なら、情報の精度は高いか。
「だから、ダンジョンから産出する資源の中でも高価なものを持って帰ってくることは、株をやるよりは楽な筈よ」
「うーん」
私は考える。ダンジョン内を徘徊しているらしい、モンスターなる存在との戦闘はどの程度のものになるのか分からないけれど、重労働並にはキツいと見た方が良いだろう。なら、蜂蜜の消費量が上がるから。
「……一年でどの位稼げると思う?」
「前私がダンジョンに入った時は、三日で五十万クレジット稼いだわ」
「おおー」
なら、一千万程度楽そうだ。
「探索者は、ダンジョンで得た収入から、税と保険で一律五割持って行かれるけれど、本腰を入れるのなら二千万程度、あなたなら楽勝だと思うわ」
「そっか」
なら、試しに探索者になってみよう。私はそう気軽に決めた。
MOAB:凄い爆弾。