八話 「ごめんね、ごめんね、わたしのせいだ」
その日公園で妙中さんが包装された小さな箱をくれた意味が分からなかったのは、我ながら良くなかったと思うし、よく確認せずに中身を食べてしまったのはもっと良くなかった。
しかし最も良くなかったのは、僕に自覚していなかった症状があったことだろう。
世間でいうヴァレンタインデイという日に、妙中さんはわざわざ僕のためにチョコレートを用意してくれて、日曜日だというのに直接渡すために時間を作ってくれた。
とても気遣いの出来る人だと思う。
僕があまりにもそういった行事から縁遠かったため、何を渡されたのか、何故渡されたのか(誕生日はまだ先だ)も皆目見当がつかずに、とりあえず礼を言って受け取って包装を剝いた。
「チョコレートですか。久しく食べてないな。いただきます」
と言って一口で食べてしまったことも良くなかったらしい。
僕はお付き合いを始めて、初めて妙中さんに怒られた。
彼女にとってこのチョコレートにはそれなりに特別な意味が込められていること、市販品等ではなく手作りであること、自分で包装したこと、チョコレートの表面にも実はメッセージが書かれていたのに僕がそれを読まずに食べてしまったこと等を僕に告げ、なるほど、それでは確かに責められても仕方の無い事由であるなと思っていると、何かが口許に垂れた感触があり、手で拭ってみるとそれは鼻血だった。
続いて嘔気に襲われ、僕は近くの植え込みに向かって勢いよく嘔吐した。
一通り吐き終わった頃、後ろから妙中さんの「大丈夫? 大丈夫? どうしたの?」という声と背中をさする手を感じた。優しい人である。
出すものを出しても軽く喉に痒みがあり、近くの水道でうがいをして、僕はベンチに腰掛け
させてもらった。
救急車を呼ぶかという妙中さんの問いには「不要です」と答えた。
それよりも、せっかく頂いたものを吐き出してしまったということに申し訳なく思う気持ちでいっぱいだった。
「妙中さん、すみませんでした」
掠れる声でそう謝罪したが、彼女は顔を蒼白にしてふるふると首を振るばかりだった。
「毒を盛られたらこんな感じでしょうか」
僕はかつて読んだ小説の場面を思い出して言ったが、何故か彼女はいっそう黙ってしまった。
少しの沈黙の後、跳ね上がるように立ち上がって、ベンチの上に置いた自分のバッグを探り、
いつものダイアリーを探し出して妙中さんは懸命に中身を読み始めた。
チョコレートを作った時のことを確認しているのかもしれない。
「待って、待ってね……」
と言いながら食い入るようにダイアリーを見ている彼女は泣きそうですらあったので、一応なんとかしなくてはと思い、本当はまだまだ喉に違和感があるけれど「大丈夫です、治まってきました」と告げた。
妙中さんは僕をじっと見て、「治まってきた……。どこが……どう?」と恐る恐る訊いて来たので、「どこがどうとは、症状のことですか」と訊き返すと、「しょう……じょう……う、うん、症状。どう?」と顔を半分ダイアリーで隠しながら言った。
「鼻血も止まりましたし、嘔気もしません。喉は少し痒い感じがありますが、胃液が沢山通り過ぎたからでしょうか」
「チョコレート……食べたから?」
「そうかもしれません」
それを聞いた彼女はダイアリーを放り出し、今度は本当に泣き出して僕の手を取った。
「ごめんね、ごめんね、わたしのせいだ」
「すみません。僕は妙中さんの幸せに寄与しなければいけない立場だというのに不甲斐ない」




