六話 「六穂さん、昨日は本当にごめんなさい!」
妙中さんからのメールは朝一番で来ることが多い。
「昨日はごめんなさい」というタイトルのメールは、僕の目覚める前には既に着信していて、その中にはかなり長文の謝罪が詰まっていた。しかし、結局何故来られなかったのか、連絡もつかなかったのかは書かれていなかった。
直接会って謝りたいので今日の帰りに待ち合わせられないか、と文末にあったため、了承の意を返した。
駅前での待ち合わせ時間に少し遅れて彼女はやって来た。
「六穂さん、昨日は本当にごめんなさい!」
顔を合わせるなり深々と頭を下げる。
「もう――会って貰えないかと思ってました」
実のところ、僕は怒っているわけでも失望しているわけでもない。事情が分からないからだ。事情も分からないのに、判断を下すわけにはいかない。
それに昨日読み切った本はなかなかに面白かったので、時間を無駄にしたという感覚も無い。妙中さんがあまり気にし過ぎないといいのだけれど。
日も翳って寒くなっていたので、近くのコーヒーショップに入ることにした。
妙中さんはホットコーヒーを砂糖もミルクも入れずに飲む。僕も砂糖は入れない方なので、二人でブラックコーヒーだ。
「その――」
二度程コーヒーに口をつけたところで妙中さんが話し出した。
「私、少し、心の弱いところがあるんです」
「そうですか」
「……」
彼女は僕の方を見る。反応を確かめたかったのかもしれないがおそらく表情から読み取れる情報が無いのだろう。大変申し訳ないことだ。
「一昨日――約束の日の前の日ですね――凄く、厭なことがあって」
「そうですか」
「先程も言った通り、私、心の弱い子なので、そういう厭なこと、凄く引きずっちゃうんです。……せっかく次の日が六穂さんとのデ、デートが待っているというのに」
妙に気恥ずかしそうに「デート」と発音する。
「約束の時間が迫っていることも当然分かっていたし、遅れるにしても連絡しなきゃいけないことも頭では分かってたんですけど……」
「はい、分かりますよね」
僕は気の利いた相槌を打つ。
彼女は一瞬何故か泣きそうな顔をしたがそれをぐっとこらえて続けた。
「その時の精神状態では、もし電話してもきっとお話にならないだろうし、メールを打つにもまとまった文章も打てないような具合だったんです」
「大変でしたね」
「……」
再び視線を上げて僕を見るが、やはり何も読み取れないのだろう。
「早く説明しなきゃという思いと、でもそれが出来ないという思いとで、私、焦るばかりで、ますます酷い状態になってしまって……そのうちもう言い訳も出来ない時間になってしまって……本当にごめんなさい!」
妙中さんは立ち上がり、勢いよく頭を下げて、スプーンとカップが軽い音を立てた。
僕としてはそんな事情があるなら仕方なかったとしか思えないので、「分かりました」とだけ伝えたのだけれど彼女は黙ってしまったので、とりあえず暖かいうちにコーヒーを飲まないとお店にも失礼だろうと思って座って飲むことを勧めた。
妙中さんは片手でコーヒーカップの熱を確かめるように触りつつ、視線を落としてもう片手ではいつものダイアリーを膝に載せてめくっていた。心なしかおどおどしているように見える彼女はコーヒーを引き寄せて口にすると、「苦っ」と言って顔をしかめた。先程までは緊張して味もよく分からなかったのだろう。
「ロッ……ポさん?」
「はい?」
「その……改めて、すみませんでした」
「もういいですよ」
「許してもらえる?」
「僕の判断は特に最初と変わりありません」
妙中さんの視線が泳いで落ち着きが無くなったので、今の僕の説明が悪かったのかと思い、「全然気にしていませんよ」と答え、「――代わりに今週末にでももう一度出掛けますか?」と大変気の利いた提案も出来た。
自分が怒っていないことを伝えるのは、難しい。




