三八話 今まで、ありがとう
2月1日。
「妙中海凪一七歳。今日から、一七歳――今日も一日、頑張ります」
相変わらずの毎朝の儀式だけど、最近は鏡の中の自分の顔や肌をチェックする程度。
今までは、わたしがきちんと海凪であるということ、日が改まって人格がきちんとリセットされたことを確認する大事な儀式だったけれど、最近ほとんどあの子たちは出てこなくなったのでその必要は無くなりつつあった。
「わたしさ――ロクちゃんに嫌われたくなくて、でも、わたし、こんなんだから、なんかヘマしたり、変なこと言ったり、今ので嫌われちゃったかも、もうダメだ、とか思うと、別の子に交代しちゃっててさ。今考えるとね、本当に、あの子たちには申し訳ないんだけど……でも、ロクちゃん、それが分かったのになお、わたしと――わたしたちと――付き合ってくれる、って分かって。そしたらさ、不思議とっていうかこれが自然なのかな、あの子たち段々出てこなくなったの」
わたしは今フリースクールに通っている。
可能ならロクちゃんと同じ大学に行こうと思っている。
もっとも、彼が目指しているのが、心理学者なのか精神科医なのかも説明されてもなかなか分かっていない自分にはかなりあやしいのだけれど。
ただ、勉強だけは不思議と学校に居た時よりも捗っている。良い先生がついているお蔭。
最近はウチに来て家庭教師みたいに教えてくれている。ママにもずいぶん気に入られているので、わたしとしても嬉しい。
その当人は、自分の大学受験を早々に突破し既に大学で学ぶ内容を自主的にやり始めている。やっぱりちょっと変わっている。変わっていて素敵だ。
「そうですか。確かに最近、交代しませんね。困りましたね」
少しも困っていない顔で言う。
「どうして?」
「今日は海凪さんのお誕生日でしょう。海凪さんと違って乳製品が苦手な心露さんのために、レアチーズ以外のお菓子も用意しましたし、他の方の分も分かる限りそれぞれのお好きなものを揃えたのですが」
そう言ってロクちゃんは大きな紙袋の中から次々とケーキやお菓子の箱を取り出した。
包み紙だけで美味しそうなお店だと思えるようなものばかりだ。
ロクちゃんは自発的に食べない割に、こういうのを選んでくるセンスは抜群にいい。けど。
「太るよ! わたし太るよ!」
「大丈夫です。学習しました」
「どういう!?」
「日持ちするものもたくさんありますし、生菓子はカットで購入しました」
「確かな学習能力!」
出したお菓子を綺麗に元の紙袋に収めながらロクちゃんは言う。
「ただ、海凪さんの中の、きちんとお会いしたことがある方の中では、十六夜さんだけ好きな食べ物が分からないので、今度教えて欲しいのですが」
「あ、それはわたしも知らない」
むしろわたしも知りたいくらいだ。
「というか、あの日以来多分十六夜ちゃん、出てきてない」
「そうですか」
十六夜ちゃんの存在はロクちゃんから聞かされて知った。
ダイアリーへの書き込みもあったから、割とすんなり、納得出来た。
というか、やっぱり居たんだ、という感覚の方が近かったのかな。
わたしを、わたしたちを最後の最後で守ってくれる存在が。
その存在が明らかになると、色々と、もしかしてあの時――と思い起こされることもあった。
わたしが、――本当に辛かったのは確かなんだけど――耐えられなくなった辛さを他の子に押し付けて、でもその辛さは他の子だって耐えられなくって、その最後の最後に一番の貧乏くじをいつも押し付けられていた十六夜ちゃん。
本当にひどいことをしてしまったと思う。
ありがとう。
ありがとう。
今まで、ありがとう。
わたしが生きてこられたのは、大げさじゃなく十六夜ちゃんのお蔭。
だから、十六夜ちゃんがゆっくり休んでいられるように、わたし、強くならなくちゃって、思う。
「一度会っただけなのに――本当に、ロクちゃんは分け隔てが無いね」
「そうですか」
それは、わたしが勇気を出して告白する前。




