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惜しみない愛を、君に  作者: 塔守
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三四話 盾、というか

 付き合い始めた頃、映画を見に行く約束がふいになったことがあった。


 今考えれば、あれは彼女に余程のことがあって、おそらくは現状が把握出来ない人格に交代してしまったせいではないか。


 あの翌日、「厭なことを引きずってしまう」「心の弱いところがある」「その時の精神状態では話にならなかった」と言っていたがこれはかなり正直に話していたのだろう。口調からすると、あの時僕と話していたのは詩織さんか夏妃さんだったかもしれない。


 僕は、あの頃はまだ妙中さんのこのことに気付いていなかったので、「そういうものだろう」としか考えていなかったのだが、妙中さんに一五重の盾があり、そのうちの大半は少なくとも情報共有が出来ていて、そして、妙中さんは短い間でもスイッチが入り次第人格の「交代」を


 繰り返していると(おぼ)しいことを考えると、余程のことがあって盾を使い切りそうなところまでいってしまったのだろうか。


 僕は先程十六夜さんがひらひらと振った便箋を見て考える。


 交代は順番に行われ、一六番目に十六夜さんが出てきた。


 一人一人会話が出来たわけではなかったが、十六夜さんの紹介によると妙中さんの中に居るのは一六人で間違いない。


 そして、きちんと寝れば海凪さんにリセットされるという。


 つまり、一日の間で、交代してしまった人格は二回出てこないというわけだ。


 盾、というか――




「残機制」




「あん?」


「妙中さんは残機制なんですね」


 残機一六というのは、なかなか設定出来る作品も無いけれど。


「ああ、お前の好きなあの変態の修行みたいなゲームに喩えてんのか。まあ、そうだな。残機一六ってのは確かにな。――一五回まで敵にやられても大丈夫、って言えば楽そうに聞こえるかもしれないけどよ、あれはあれで結構大変なんだぜ」


 十六夜さんは少し悲しそうな笑みを浮かべた。


「妙中さんが左手首を怪我した日、彼女は一体何人残っていたのですか」


「聞いてどうする」


「彼女は通り魔の被害者であるのに、本人にその自覚が無い可能性があります」


「心配してんのか」


 真っ直ぐにこちらを見つめる十六夜さんには、おどけた様子もからかう様子も今は無い。


「安心しろ。それは無い。絶対に、無い」


 彼女は左手で口許を抑えて、何かを言おうか言うまいか考えているようだったが、少し横を向いて「通り魔なんて居ないんだからな」とぼそりと口にした。


「通り魔は、居ない?」


「そう。お前あの時司書のねーちゃんが言ってたこと覚えてるか?」


「はい」


 司書の女性は言っていた。




 ――気を付けてね。近くで女子高校生が通り魔に遭って殴られて重傷だって




「殴ったのジブンだから」


「――」


「その時にやり過ぎて捻った。ただ、それだけ」


 確かに、あの図書館も、事件が起きたのも妙中さんの家の近くであるはずだけれど――


「因みに残機は一だった。どういうことか分かるか?」


「……先程、妙中さんは学校でいじめに遭っていたと言っていましたね」


「なんだよ、すぐ分かったな。いじめの最中なんて、あいつのスイッチは入りっぱなしだよ。お前さっきさ、人格交代のスイッチは『嫌われたかもしれない』って言ってたけどさ、まあ、それも当たってんだけど、実際のところ、あれの心根としてはな『ここから居なくなりたい』って感じなんだよな、きっと。程度の差はあれ、さ」


 ここから――


 居なくなりたい――


 想像が、出来なかった。


「相手もビビっただろうな。突然こんなのが出てきて自分のこと石でめっちゃくちゃに殴ってくるんだから。一応、死なせないようには気を付けたつもりだけど、なにぶん現世(うつしよ)での経験に乏しいもんでね。眼窩底骨折(がんかていこっせつ)程度で済んで良かった良かった」


 十六夜さんはわざとらしく軽薄そうに言う。


「――相手の人は、妙中さんに何を、したんですか」


「うん? 一五人のあいつらを傷つけて、ジブンにボコボコに殴られるようなこと」


「具体的に教えてください」


「いやだ」


「どうしてもですか」


「どうしてもだ」


「――金銭の要求、もしくは強奪ですか。それとも暴力ですか。服で隠れている部分に傷痕はありませんか」


 十六夜さんの表情が少し動く。


「僕は、妙中さんが心配です。相手は加害者側だったということで、警察に正直に事情を話すことは無い、と十六夜さんは踏んでいるかもしれません。事情が明らかになっても正当防衛が成立すると考えているかもしれません。しかし相手がどんな人か知りませんが、十六夜さんに怪我を負わされて、復讐しに来ないと言い切れるのですか」


 十六夜さんの表情は更に動く。


「しかも、主人格である海凪さんは、このことを全く、知らない。あの日の記述を読む限り、ここまで深刻なことが起こっているとは想像だにしていないように見えます」


「だったらなんだってんだ、ええ! お前にはもう、関係無いだろう!」


 彼女はテーブルを激しく叩いた。


「こんな、中に一六人も居る化け物で、しかもそのうちの一人は他人に重傷を負わせるような手の付けようのないケダモノで、そんなやつと誰が好き好んで付き合うってんだよ!? お前はそれを明らかにした。立派だよ。アタマいいよ。今まで、よくこんなのに付き合ってくれた。優しいよ。でも、もう無理して付き合わなくていい。これで、おしまいだ」


 言うが早いか、鞄をひったくるように掴み立ち上がった。


「悪かったな。あいつらに代わって礼を言っておく。お前と付き合えた間は、みんな楽しそうだった。あいつら絶対悲しむだろうけど、まあ、いつフラれてもおかしくない人間だとは自覚してたみたいだから――」


 歩き出す十六夜さんを引き留めようとするが、するりと(かわ)されてしまう。


「待ってください」


「待たない。じゃあな」


 彼女は靴を乱暴に突っかけ玄関扉を開けて出て行ってしまう。


 すぐに追いかけるが、タイミング悪くエレベータは既に下降し始めている。

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