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惜しみない愛を、君に  作者: 塔守
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三三話 僕は、――表情には出ていないだろうけれど――驚いていた

「見ると」


 僕は顔を上げて十六夜さんを正面から見据える。


「ダイアリーによく登場するのは海凪さんを含めて五人程のようですね」


「……そうだな。きっちり寝れば毎朝『海凪』からスタートする。こいつはどうしようもない 。甘えん坊だ。他に出番が多いのは、しっかり者だが打たれ弱い『詩織(しおり)』、真面目で筋道の立った話し方が得意だが融通の利かない『夏妃(なつき)』、武家の子女気取りの『弥恵(やえ)』、おどおどしっぱなしの二〇歳児『心露(こころ)』――ああ、こいつ乳製品苦手なやつな――この辺りか。因みに、心露のやつ以外ははっきりしないが、他の連中も海凪と同い年ばかりじゃない。出てくる順番なんかにはどうも法則なんかは無いらしいが、まあ、お前もこいつらには一通り会ってるはずだ」


 十六夜さんは指を折りながら続ける。


 ここまでがダイアリーにもよく登場する五人か。


「ええとあとは、『怜美(れみ)』、『いつか』――こいつがあれな、一番言葉遣いが変なやつ――、『双葉(ふたば)』、『永遠(とわ)』、『ひな』辺りはまだたまに出てくるしそれなりにメモも残すし読むんだが、レアなのが『樹衣(じゅい)』、『素仁亜(そにあ)』辺りのキラキラネームどもだな。こいつらは出てくることが滅多に無い から、情報が古かったりして、対応しきれないことが多い」


 ここまでで十六夜さんを含めて一三人だ。


 あと、三人。


「そして滅多に出てこないのが『デス子』、『遺書子(いしょこ)』、『地獄子(じごくこ)』の三人。――むしろこいつらが 出るってことは……相当にヤバい」


「デスコさんにイショコさんにジゴクコさん、――ですか?」


 それまでの一三人の名前とは、明らかに異質だ。


 なんというか、ぞんざいすぎる。


「あいつらに確固たるアイデンティティだのがあるのかは、ジブンですら知らない。ジブンは、あいつらと知覚は共にしてるけど、考えてることまで分かるわけじゃねーから。だから名前は適当につけた」


 十六夜さんがコップのお茶を飲み干して、「おかわり。あと、菓子とか無えの」と言ったので、僕は戸棚にあった「なとりの焼えいひれ」を出したら「お前すげえな」と褒められた。


「お前さ」


 えいひれを一枚齧(かじ)りながら十六夜さんは少し視線を逸らした。


 僕は黙って話の続きを待つ。


「海凪の人格がスイッチする条件って理解してんの。いや、理解してるからこそ――」


 十六夜さんは僕の用意した便箋をつまんでひらひらとさせながら「こんなえげつない真似が出来たんだろうけどさ」と吐き出した。


「――嫌われたくない、もしくは、――嫌われたかもしれない」


 僕は答えた。十六夜さんの表情は変わらないが「過程を説明しろ」と言われた。


「僕は、他の人の心を推し量ることが苦手ですので、間違っているかもしれませんが。最初は、驚きなど精神的なショックが条件になっているのかとも思いました。しかし――例えば公園で初めて手を繋いだ際、横をかなりのスピードで自転車が通り抜けましたが、あの時会話の流れは自然なままでしたので、ただ単に驚くことは条件ではないのかと考え直しました。僕の記憶している妙中さんの一挙手一投足を洗いざらい確認しましたら、人格の交代と思われる現象は僕との会話中に発生しているケースが殆どでした。僕が妙中さんの心の中が分からないように、妙中さんも僕の心の中までは分からなかったでしょう。だから、僕の意図とは外れたところで解釈してしまったということは十分に考えられます。僕は僕がその時何を言ったのか、全てを思い出してみました。受け取る側の立場でものを考えるのはとても難しかったのですが、僕のああした言動に『今、嫌われたかもしれない』と妙中さんが思ってしまったとしても、それは有り得るのではと、そう考えました」


 十六夜さんは、息を細く長く吐き出した。


 そして少し俯いたまま言った。


「『デス子』は、『死ね』って言われるくらい嫌われたら出てくる。『遺書子』は多分、遺書まで書きたくなるくらいになると、『地獄子』は地獄に落ちたくなると――要は死にたくなると――出てくる。お前の前にこいつらが出たことは無い。その点、ジブンからも礼を言わなきゃな」


 僕は、――表情には出ていないだろうけれど――驚いていた。


「ちょっと待ってください。妙中さんは、そんな」


「あいつは、あいつらは学校でいじめに遭っている。いや、遭っていた、が正解か。もう学校行ってないしな」


 流石に僕も言葉が出なかった。


「まあ、当ったり前じゃねえの。こんな爆弾抱えてんだ。周りには『不思議ちゃん』気取りの痛い女だと思われてただろうし、そういう目立ち方をしたら叩かれるのは女子界の掟みたいなもんでさ」


 僕は『爆弾』と『不思議ちゃん』が更なる人格の名前かと思ってしまったが、文脈上何かの比喩だろうと解釈した。


しかし尽きない疑問が沸き出てくるのは抑えられず、十六夜さんにぶつけた。


「でも妙中さんは制服を着ていました」


「三学期までは行ってたけどな。今は自主休学中だ。お前にバレたくないから、平日は制服を着て電車乗ってんだぜ、あいつ」


 僕は気になってその日の記述を探した。あれは図書館に行った日なので、日曜日だったはず。春休みの間だった。だから、その前日が怪しい。




 ――3月12日(土) ロクちゃんはホワイトデイ知らなそう……。みんな、催促とかしないでいいからね! もし貰えたら嬉しいけど……




 書き出しは普通だ。それに、いつか秋津先生の言った通りだった。




 ――3月13日(日) →みんな 起きたら左手首にホータイ巻いてあってびっくり。まさかリスカかと思ってめくってみたけど、ねんざみたいでちょっとだけ安心。誰か知らない?




 3月13日は、妙中さんが左手首に包帯をして現れた日だ。


当日のことを思い出す。妙中さん本人は「いつのまにか捻った」としか言っていなかった。


ダイアリーを見る限り、その原因は本人も認識していないらしい。つまり――


「3月12日には、記録を残すことも出来ない程のことがあった」

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