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惜しみない愛を、君に  作者: 塔守
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三一話 「よく覚えてるな」

「しかしですね、先日、妙中さんの帽子を選びに行った時です。あれは色違いの二つの帽子を持って僕にどちらが良いか尋ねた辺りだったと記憶していますが、あの時、妙中さんは一瞬、意識が何処かへ行ってしまったような様子を見せた後、妙中さん自身の質問に対する僕の返答の意味も捉えかねていたようですし、ダイアリーを急いで確認してもいました。その後、口調も明らかに変わっていました」


「口調だけじゃなんとも言えないだろ。そんなんジブンだって変えようと思えばいくらでもぉ変えられるしぃ、そんな程度では根拠としては薄弱ではなくって? おほほ……」


 十六夜さんはおどけた様子で言う。


「ですからドーナツです」


「ドーナツがなんだって?」


「あの時、妙中さんが僕に食べさせようとした『クラッシュグラノーラ』は、商品名から直接分かりませんが、チョコレートがけのドーナツでした。あのことを知っている妙中さんが僕にチョコレートを食べさせようとするはずは無いんですよ」


「……あれか。ジブンもマズイかと思ってた。あんな公衆の面前で吐かれちゃたまんないし」


「ダイアリーの中身が以前一度だけ、垣間見えたことがあります」


「これか」


 十六夜さんは隣の椅子に置いた鞄からダイアリーを取り出してテーブルの上に置く。


「妙中さんはいつも六色のボールペンを使ってダイアリーにメモをしていました。垣間見えた中身は、黒だけで一段落、赤だけで一段落、という風に、ひとかたまりごとに色を変えているようでした」


「よく覚えてるな」


「ありがとうございます。ところが、妙中さんは僕と勉強する時は、重要そうな単語だけ色を変えたり、黒で書かれた分のアンダーラインとして赤を使用したり、明らかにダイアリーとは違う書き方をしていました。これは何故か考えました」


「こいつは日記帳だ。日によって色を変えたっていいだろ。それこそ、いい気分の日には赤で書くって決めてあっても不思議じゃない」


「いいえ。僕が見えたのは、見開きの二ページのその一部だけです。それでも、何色もの色が使われているのが分かりました。それにそのダイアリー、一日一ページ式ですよね。つまり、見開きで二日分です。僕は書店で同じものを確認してきました。日ごとに色を使い分けているという説は説得力がありません」


「いつになく強情じゃねえか」


 十六夜さんの眉根に力が入っているのが分かる。


「僕の仮説では、ダイアリーは、連絡帳です。自分の中の他の人格への。書く人によって色を使い分けているのでしょう。そして二色で済まないということは、妙中さんの中には三人以上いる、ということが推測出来ます。更に、チョコレートの件です。あの時の――僕が妙中さんに頂いたチョコレートを食べて嘔吐した件ですが、妙中さんは調書を取るように僕のアレルギーについてはメモしていました。その後話題にしたこともあります。しかし帽子を選びに行った日の妙中さんは、そのことを知らなかった」


「……」


「人格間では記憶は共有されていないと推測されます。そのためのダイアリーです」


「ジブンだけ別だけどな」


「おそらくそうだろうとは思います」


 明らかに初めて会うのに、僕のことも知っていたことからもそれは分かる。


「しかしあの日、アレルギーのことを知らなかった妙中さんがいたのは何故なのか。何故彼女には情報共有がされなかったのか」


「気にすんなよ、そういうもんだ」


「そういうものなのですね。要は、連絡の付きにくい人――つまり滅多に出てこない人格も居る、


ということではありませんか?」


「ちっ。アタリ。なにせ全部で一六人だからな。ほとんど出番の無いやつも居るんだよ。ほれ」


 そう言って十六夜さんはテーブルの上を滑らせてダイアリーをこちらに寄こした。


「開けてみろよ」


「いいのですか」


「いいんだよ。このことがバレちまってるのに隠し続ける意味は無えよ」


「では拝見します」

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