三〇話 「皮肉だよ分かれ」
妙中さんは、僕の書いたメッセージを見ると固まってしまった。
僕の予想は当たっていたのだろうか。
妙中さんの目に光が戻るが、やはり現状を把握出来ていないようだ。
僕が手元の紙を指して読むように促すと、再び彼女は固まってしまう。
申し訳ないことをしていると思う。
全て終わったら、きちんと謝罪する必要がある。
しかし、僕にもこうする必要があるのだ。
どうしても、確かめておかなければならない。
メッセージを見ては固まるという動作を一五回、繰り返した後、様子がというよりも空気が変わった。
「お前」
僕は妙中さんに、ロクちゃんだとか、文蔵氏だとか、文やんだとか呼ばれたことはあるが、「お前」は初めてだ。
「そんな顔してこんなえげつない真似」
目付きは鋭い。
しかしそれ以上に顔つきが、違う。今までの三か月で見たことの無い――
「はじめまして文蔵六穂です。あなたは」
僕は挨拶した。
「――ちっ。知ってるよ、お前のことは。ジブンか。ジブンはイザヤ。妙中十六夜だよ」
僕の知らない、妙中さん。
「お前、どこまで分かってんの。いや、まあ、おかしいもんな、あいつ。変だと思わない方がおかしい。お前みたいな超絶朴念仁にだって気付かれるさ。だけどさ」
妙中十六夜さんはぐいっと身を前に乗り出す。
普段の妙中さんもやらない動作ではないが、やはり、空気が違う。
あの妙中さんはこの動きはしない。
中身が違うということを実感する。
「とりあえず教えてくれよ。こんなえげつない方法使ってまでジブンのこと引きずり出したんだからさ」
「ドーナツです」
「は?」
「ドーナツを食べさせようとしたでしょう。あそこで決心しました」
「お前さ、途中の大事なところ抜かしてないか? ジブンにも分かるように丁寧に説明しろよ。よく言われないか? 過程を省くなって」
「言われます」
「言われてんなら直せよ!」
十六夜さんはいつかの先生のように何故か自分の太ももの辺りを叩き声を張った。
「妙中さんに現れている一連の現象が『解離性同一性障害』所謂、多重人格と呼称されるもの
なのか、記憶障害なのか、類似する何かなのかは、僕には専門知識が無いので分かりませんが、一番近そうなものとして多重人格という仮定で考えました」
十六夜さんは腕を組んで黙って聞いている。
「普段からの不自然なまでの物忘れ。あれは忘れているとか、少しぼうっとしていたとかとは違うのではないかと感じました。どちらかというと記憶が断絶しているといった方が良さそう
でした」
僕は自分が話そうと決めていたことを、一言一句、正確に伝えてゆく。
「何かの拍子に魂でも抜けたかのようになった妙中さんは、その後必ず現状を把握するような動作をするか、ダイアリーを確認するか、ひたすら取り繕うか、黙ってしまいました」
「よく見てんじゃん。まあ――気付くよな」
と言って十六夜さんは自分の後頭部を撫でた。
「多重人格という症例が実際に確認されていること自体は本などでは知っていました。しかしこんな身近にあるのか、僕もずっと懐疑的でした」
「そうだよな。お前、カップルが手を繋ぐことさえフィクションだと思ってたやつだもんな」
「はい」
「皮肉だよ分かれ」
「分かりました。皮肉ですね」
「……。まあいいや。お前そういうやつだもんな。で――」




