二九話 要求をして、全部受け止めて貰って。それでいて愛する男の簡単な要求に答えられないで、なにが恋人か
テーブルを挟んで向かいに座った彼が差し出したのは封筒だった。
葉書がそのまま入るようなサイズで、表面には何も書かれていない。
「開けて、中の便箋を読んで貰えますか。お願いします」
心臓が、直接殴られたように大きく跳ねた。
なんだろう、これは。
いつも、訊けばなんでもほぼ即答してくれる彼が、自分から、しかも間接的に伝えたいこと――心に悪い想像が広がる。
直接言いたくないことを、書いたのだろうか。
例えば。
別れようだとか。――いや、そんなはずは。
でも。
さっきも自分で思ったばかりだ。
自分は彼に嫌われても仕方の無いことをきっとたくさんしてきている。
だから、有り得る。
有り得るけど――それだけは絶対あって欲しくない。
どうして。
どうして、何が書いてあるか言ってくれないのか。
どうしてわたしに開けさせるのか。
怖い。
中を見るのが怖い。
でも。
でも。
そんな内容じゃない可能性だってある。どうして彼は今日に限って自宅に自分を招いたのか。別れたい相手をわざわざその日初めて家に上げるだろうか。
だから、きっと、違う。違うと信じたい。
ロクちゃん、これは何なの。
安心させて欲しくてわたしは視線を上げてロクちゃんを見る。冷たいわけではない。しかしその顔に感情を表す動きはやはり無く、正にも負にも読み取れる情報は何も無かった。
でも。
彼は言ったのだ。「お願いします」と。
考えてみれば自分たちが付き合い始めて、初めて、彼の方から何かを乞われたのではないか。いつも、自分の方が希望を出して、要求をして、全部受け止めて貰って。それでいて愛する男の簡単な要求に答えられないで、なにが恋人か。
告白を決行した日を思い出した。あの日のために、なけなしの勇気を絞り出して溜め込んで一気に吐き出したあの感覚を。生憎、最近ストックしていなかったけれど。
わたしは、封筒を開けた




