二八話 文蔵六穂という人間にとって自分とはなんなのだろう
駅で待っていてくれた彼は、普段と至って変わらなかった。
普段通りの、全く動かない表情筋。
この人は年をとってもしわが出来ないのではないだろうかとさえ思う。
それでも、自分ときちんと対話してくれる。
時々……結構……割と頻繁に、予想外過ぎる反応をするけれど、誠意も優しさも、たくさん込められているのを感じる。
わたしは、ロクちゃんに好かれたいと常々思いながらも、彼に好かれるには一体どうしたら良いのかがずっと分からなかった。
彼に好きなものや好きなこと自体が存在するのは分かっている。しかし、共有出来ていないという問題がのしかかる。何だか修行みたいな趣味だとか入り口の分からない趣味ばかりで、自分には簡単についていけそうにない。そんなすぐにどうにかいかないのは理解出来たので、ここは要努力だ。
だったら――せめて、彼好みの女の子になりたいのだが、これだけはさっぱり分からない。
彼とのことは覚えている限り書き連ねているダイアリーを読み直しても、手掛かりが無い。
食べ物の好みから近付けないか考えた。
見た目の好みから近付けないか考えた。
同じ趣味を持てないか考えた。
甘えてみた。
頼ってみた。
ヴァレンタインには気合を入れてメッセージを伝えてみた――けれど、これは忘れたい。
恋人らしい振る舞いを増やしていった。
そのうちに彼もその気になってくれるかもしれないと思いながら。
彼は――変わらなかった。
細かいところでは話が合わせやすくなったりしたところもある。
けれどそれは――日常会話がスムーズにいく、というのは恋人同士のそれではない。
ただの人間関係だ。
自分は――嫌われても仕方ないことをきっとたくさんしている。
それでもこうして接していてくれる彼に感謝こそしても、これ以上何か望むなんて傲慢ではないだろうか。
色々考えてしまう。悩んでしまう。ダイアリーは埋まってゆくが答えは出ない。
「どうぞ」
家まで歩くのに、手を繋いでくれた。求めれば、必ず繋いでくれる。ただ、ロクちゃんから言い出すことは無い。
どう考えたらいいのだろう。
いつかの橋に差し掛かる。
初めて訪れる文蔵家は一二階建てのセキュリティゲート付きマンションの十階だった。
もしかして結構お金持ちなのだろうか。ちょっと緊張してしまう。
開けてくれた玄関のドアをくぐると、余計なもののあまり無い居間が広がっていた。
その奥の洗面所で彼がうがいと手洗いを念入りにしているので、わたしもそれに倣う。
「かけてください」
普段食卓に使っているであろう椅子を勧められて座る。
目の前に何も載っていないテーブルの平面が広がる。
「何か飲みますか」
わたしは違和感を抱いた。
なんだろうと思ったが、すぐにその正体に気が付いた。
ロクちゃんが自発的に動いている。
自分に要求を出してくる。
希望を訊いてくる。
改めて認識する。
二人で居る時の彼が、基本的には自分に対する反応でしか行動していないということに。
文蔵六穂という人間にとって自分とはなんなのだろう。
そして、今の彼は――なんなのだろう。




