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惜しみない愛を、君に  作者: 塔守
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二六話 「ぬっふっふ、間接チューだぁ」

 三日前の日曜日のこと。妙中さんの希望で少し離れたショッピングモールに買い物に行った。


 もうとっくに包帯も湿布も取れて、怪我をしているようには見えなかったのだが、その日も妙中さんはまた僕に寄り添って体重を預けてきた。後遺症だろうか、と心配になった。


 妙中さんは「春っぽい帽子」が欲しかったそうで、モール内のあちこちの店を見て回った。


 頻繁に帽子を被ってはこちらに見せて、「どうかな?」と訊いてきたが、質問が曖昧で僕には答えられなかった。彼女は途中から「似合ってる?」と訊き方を変えてきたのだが、ますます僕には分からないことだったので、答えに窮した。


 所詮僕たちは小遣い制の所得しかない高校生なので、価格で絞り込むことによって、選択肢は分かり易く減っていった。妙中さんは最終的に、ファストファッション系(と言っていた)のお店の天辺が平らなハット二色を持って、「どっちがいいかな」と訊いてきた。


デザインは同じで色だけが違う。オレンジがかった明るい茶色に水色のラインが入ったものと、クリーム色に焦げ茶色のラインが入ったものだ。


「主観によります」


 と答えると、「うう、そうじゃなくて。ええと――どっちが好き? どっちを被ったわたしがいい?」と、顔を赤くして言い、その後小さく「とか、そういうことを訊きたいの……」と、呟いて俯いてしまった。


「ふうむ。帽子を被ると、僕の覚えた妙中さんの印象が変わってしまいます。そうすると僕は妙中さんを見付け難くなってしまうおそれがあります」


 妙中さんは両手で二つの帽子を持ったままぽかんとした表情になって、その視線は僕の方を向いているのかいないのか分からない。


「しかし僕は妙中さんの恋人という立場として、妙中さんがどんな格好をしていても、すぐに見付けられるよう努力しなければなりませんね」


「あ、うん、そ、そだね」


 妙中さんはわたわたとした動きで(うなづ)きつつ両手に持った帽子を見比べている。


 僕はきちんと答えるべく、自分の中に基準を設けようと考えた。


「強いて言えば、こちらの濃い色の方が見付け易いかとは思います」


「あ、うん、分かった。ちょ、ちょっと待ってて」


 妙中さんは一旦帽子を両方置いて、鞄の中からダイアリーを取り出してページをめくった。「お買い物お買い物」と呟きながら、おそらくは何らかの記述を指でなぞっている。


「ええっとぉ――こっちの方がいいって言った? よね?」


 そう言って、茶色の帽子を差し出したので、「そういう解釈で間違いないかと思います」と、誠実に答えた。


それを聞くと妙中さんは「分かった」と言ってレジへ向かった。


 店員さんが商品を詰めている間、妙中さんはダイアリーにしきりに何か書いていた。家計簿も兼ねているのだろうか。


「お待たせぇ! そろそろおやつの時間だねぇ!」


「何か食べますか」


「ん――……何かある?」


「質問が曖昧で答えられません」


「……今食べたいものある?」


 なるほどそういう意味か。少しの省略で意味が分からなくなるものだ。


「特に思い当たりませんが、出されれば大抵のものは食べます」


「……ううー。じゃあ、あたしの食べたいのでいい?」


「問題ありません」


「……うう。何だよう、その答えぇ。いいの? 勝手に決めちゃうよ? じゃ、行こう」


 妙中さんはすいすいと人ごみを()うように進んで行く。見失わないように追いかける。


先程は後遺症を心配したが、あの様子ならば大丈夫そうでなによりだ。


 ニューヨークで大人気のドーナツ屋の数少ない日本での出店があるということで妙中さんが選んだお店には、長蛇の列が出来ていた。


「うえっ。すっごい人」


「中も満席のようですね」


「まあ、最悪そこら中に座るとこはあるしぃ、イートイン出来なくてもいいっしょ」


しかし幸い20分近く並んでようやく会計出来る頃には空席も出ていたので、僕たちは店内で食べることにした。


僕はそれほど間食の必要性を感じていなかったのだが、妙中さんが「今食べておかないと次いつ食べられるか分かんないんだって」と強硬に勧めてくるので、メニュー表を端から端まで確認し最もスタンダードと思われるオリジナルグレーズドを選んだ。


妙中さんは抹茶オールドファッションとクラッシュグラノーラの二種を選んでいた。


飲み物の価格を確認し、これならば外で買った方が良いのではと思ったが、その時には既に妙中さんがアイスコーヒーを一緒に頼んでしまっていた。


 ドーナツはとても甘く、苦いコーヒーが良く合っていたので結果を言えば重畳(ちょうじょう)だった。


 妙中さんは砂糖二本にミルクも入れていたが。


 僕が食べ終わって手を拭いていると、二つ目に取り掛かっていた妙中さんがこちらを見て、「一口食べる?」と、ドーナツの断面を向けてきた。


「ぬっふっふ、間接チューだぁ」


 と嬉しそうに言う。


「遠慮します」


「照れるなよぅ。食べれよぅ」


「いえ、遠慮します」


「なんでそんなに嫌がるのよぅ。あたしら付き合ってんだからいいじゃんかぁ」


「――分かりませんか?」


 決して大きな声を上げたりはしていないのに、まるで店全体の喧騒が一瞬だけ止んだように、僕の声は響いた。




 妙中さんは、おかしい。




 少しの間、ドーナツを構えたままだった妙中さんだが、僕が「どうぞおあがりください」と促すと、素直に残りを平らげた。「美味しかったけど甘かったー。コーヒーまで甘ーい」などと言っていた。




 僕は、だから決めたのだ。

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