一二話 「この間、ステップアップの話したじゃん」
三学期も終わり、春休みが始まって、僕たちは困った。
妙中さんに勉強を教えるには場所が要る。
一人で黙々とやるには図書館は適しているのだけれど、教える、つまり声を出せる環境ではないので図書館以外の場所を選ぶ必要があった。
妙中さんはファミリーレストランやファーストフード店の使用を提案したが、互いに一か月の可処分所得を考えると毎回そうするには少々きついというか勿体無いという結論に達した。
「せっかく春休みで、毎日のようにロクちゃんに会えるのになあ」
「うちに来ますか」
問題解決のためにどちらかの家を勉強場所として使用するというのは話の流れ上当然の帰結だと思ったのだが、妙中さんは随分とびっくりしたような顔をして、「いや、そのう……」と、口ごもる。
「問題がありますか」
「まだ早いかなー……って」
「何時になれば大丈夫でしょう」
「……そうではなくて」
妙中さんは「ううん」と唸りながら僕にどう説明しようか思案しているようで、妙中さんを悩ませてしまっている僕は不甲斐ない思いでいっぱいであった。
「そう!」
彼女は勢いよく顔を上げ、僕に人差し指を向ける。
「この間、ステップアップの話したじゃん」
「掛け算を飛ばすのは問題があるという話ですね」
鮮明に記憶している。
「……うん、まあ、そのこと。ええと、付き合っている男女の多くにとって、相手のお母さんとかお父さんに会うというのは、少し先のステップになるのよ」
「夜景の見えるレストランよりも?」
「それはもう忘れていいよ……」
夜景がどの段階に相当するのか分からないと全体像が見えないので困ってしまうのだけれど、ことこういう面に関しては妙中さんは僕よりずっと詳しいので、素直に従うことにした。
「夜景は忘れます」
「よく出来ました。少なくともわたしは……ロクちゃんのママやパパに今会うのはかなり勇気がいるよ」
「そうなのですか。では居ない時に来ますか。文蔵家は共働きなので、家に誰も居ない時間も多いですよ」
「それももう少し先のステップなんだよ……」
女性とお付き合いするのは大変難しい。




