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【2】蛍の光、窓の塔

「やあ、みんなおはよう」

「おはようございます」

 入部から数日後、高校生になって初めての日曜日。駅前の待ち合わせ場所に伊藤我さんと鳴楽園さんが一緒にやって来て、これで一人を除いて一年生が全員揃いました。

「あれ? 美鶴ちゃん上着は? 寒くないの?」

 みなもちゃんが尋ねました。今日は割と肌寒いのに伊藤我さんはシンプルなシャツにパンツルック。飾り気が無いのに顔とスタイルが最高なのでとてもカッコイイのですが、確かになんか寒そうです。

「ああ、鳴楽園さんに貸してるんだ。ちょっと事故があって」

「本当に申し訳ございません……」

 シュンとしている鳴楽園さんの上着は、なるほど彼女の清楚ルックとは微妙にマッチしていないジャケットです。なんでもトラックが鳴楽園さんの上着に泥を盛大に撥ねてしまい、たまたま通りがかった伊藤我さんが自分の上着を貸したのだとか。汚れた上着はコインロッカーの中だそうです。

「いいんだよ、私は平気だし、君みたいな綺麗な人に汚れた格好で街を歩かせるわけにはいかないからね。鳴楽園さんこそ災難だよ。あんなに高そうな上着に――」

「いいのです。わたくし、汚れるのは好きなので」

「よ、汚れるのが好き……?」

 どういう意味なんでしょう……エロい意味なんですかね……。

「……ですがわたくし、それよりも好きなものができてしまったかもしれません――」

 そう言って鳴楽園さんは、伊藤我さんに熱い視線を送ります。わーお。

「あの、み、美鶴様!」

「さ、様?」

「そう呼ばせてくださいませ。上着は後日必ず、新しいものを買ってお返しします」

「そんな、そこまでしなくても構わな――」

「いえ! 是非そうさせてください! その代わり……この上着を戴きたいのです……!」

「ええ……そんな安物、君には――」

「わたくしには同体積の黄金よりも価値があるのです! それと是非、わたくしのことは彰子とお呼び捨てください美鶴様……!」

「う、うん、彰子……」

「ああっ……! 美鶴様……!」

 こんな人通りの多いところでそんな宝塚歌劇の一幕みたいなことされても……

 さて、今日は野球もせずになんでこんなところにいるのかといいますと、実は一年生六人だけで遊びに行くことになったのです。こんなに大人数で遊びに行くことなんて初体験なので、なんだかドキドキです。

「ところで今日どこ行くの? 誰か聞いてる?」

 鹿菅井さんが尋ねますが、全員首を横に振りました。

「ったく……言い出しっぺが遅刻してどうすんのよ……」

「やあやあ諸君! 揃ってるねぇ!」

 噂をすれば、今日の集まりの発起人である紋白さんがのんびり手を振りながら歩いてきました。今日も元気に短いデニムパンツですが、下にレギンスを穿いています。

「あんたね、幹事が最後に登場ってどういうことよ」

「だってノノは一秒たりとも待ちたくないから!」

「こいつ……」

「さーて! それでは始めるわよ!」

 鹿菅井さんの冷ややかな目線もなんのその。紋白さんはテンション爆上げでまいります。

「第一回! 野球部一年生大親睦大会―っ! いぇーい!」

「だいしんぼくたいかい……?」

「そう! 今日はただの親睦会じゃないわ! 大親睦大会よ! この中で今日一番すごく親睦だった親睦女王には、このノノが用意した超豪華な賞品があるからみんな張り切って親睦しまくってちょうだい! レッツ親睦!」

「よく分かったわ、あんたってバカなのね」

「こらっ蓬! バカとか言わないっ! マイナス一〇ポインツ!」

「あはは……ところでノノ」

 伊藤我さんが苦笑しながら切り出します。

「今日はどういった予定なんだい? 全部任せろって言ってたけど」

「ふふふのふ……今日の目的地はズバリ! 遊園地よっ!」

「小学生か」

 自信満々のドヤ顔を決めた紋白さんに、鹿菅井さんがすかさずツッコミを入れました。

「あのね、私達もう高校生なのよ? それが休日に集まって遊びに行く場所が遊園地? 髪型だけじゃなくて頭の中もガキのままのようね」

「うっさい! 可愛いでしょこの髪型! さらにマイナス一〇ポインツ! それに遊園地をあんまり舐めない方が良いわよ蓬ぃ。いくつになったって楽しいものは楽しいんだから」

「フッ、馬鹿馬鹿しい」

 鹿菅井さんはやれやれと首を振りました。

「そうね、行きましょうか。遊園地なんて子供騙しで私を楽しませられるかどうか、実際にやってみましょうよ。どうせ大したことないわよ、あんなもの――」


■□   □■


「イィィィーーーーヤッホォォォーーーーゥ! たぁーのぉーしぃー!」

 ジェットコースターの一つ前の席で鹿菅井さんはめっちゃ楽しそうです。

「いやー楽しかったわ……楽しかった……」

 コースターから降りて眼鏡を掛け直しても鹿菅井さんはしみじみ漏らしています。

「どうよ蓬ぃ。ノノの言った通り楽しいでしょ遊園地!」

「うん! 楽しい!」

「お、おう。ちょっと変なテンションになってるわねあんた……まあいいわ、それじゃあ次に行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待って……」

 鹿菅井さんが異様にキラキラしている一方で、伊藤我さんがどんよりしていました。

「どしたの美鶴」

「あの……ちょっと……ぎぼぢわるぐで……ウップ……」

「来て早々!?」

 伊藤我さんは真っ青な顔で目が死んでいました。来園して最初に全員で乗ったジェットコースターで早くもギブアップのようです。

「あんたそんなに三半規管弱かったのね……」

「あ! あそこにベンチがあるよ!」

 みなもちゃんが発見したベンチに、私が肩を貸して伊藤我さんを運びます。

「美鶴様! どうぞこちらへ、わたくしの膝をお使いください」

「ああ……うん……」

 すかさずベンチへ先回りした鳴楽園さんが自分の太ももをぺちぺち。伊藤我さんは素直にそこに頭を乗せて横たわりました。鳴楽園さんは上着を元の持ち主にそっと掛けます。

「水かなんか買ってくる!」

 そう言って駆けだそうとしたみなもちゃんを、伊藤我さんが「まって……」と死にそうな声で呼び止めました。

「私は大丈夫だから……みんな、私を置いて楽しんできてよ……」

「なーに言ってるのよ美鶴!」

 しかし紋白さんは心強く微笑みます。

「今日は大親睦大会よ! これでもかってほど親睦を深めまくるんだからバラバラになるなんて言語道断! 死にそうな美鶴も一緒に楽しめるアトラクションにみんなで行くわよ!」

「死人も一緒って……お化け屋敷とか?」

「しほりん、美鶴ちゃんにトドメ刺す気?」

「ノノンノンノン。座って見てるだけだから美鶴ものんびり休めるやつよ。ちょうどもうすぐ始まるの。ノノのタイムテーブルはバッチリね。さあみんな行くわよ! この――」

 紋白さんはカラフルなチラシを取り出しました。

「プリ〇ュアショーにねっ!」

「幼稚園児か」

 自信満々のドヤ顔を決めた紋白さんに、鹿菅井さんがすかさずツッコミを入れました。

「あのね、私達もう高校生なのよ? 遊園地の楽しさは分かったけど、プリ〇ュアってさすがに……なに、あんたって一〇年間くらい意識不明で最近目覚めた頭脳は子供な人なの?」

「うっさいそこ! いいじゃないプリ〇ュア! 蓬だって昔は好きだったはずでしょ? それにプリ〇ュアをあんまり舐めない方が良いわよ蓬ぃ。いくつになったって楽しいものは楽しいんだから」

「フッ、馬鹿馬鹿しい」

 鹿菅井さんはやれやれと首を振りました。

「そうね、行きましょうか。プリ〇ュアなんて子供騙しで私を楽しませられるかどうか、実際に見てみましょうよ。どうせ大したことないわよ、あんなもの――」


■□   □■


「がんばれーっ!! がんばれプリ〇ュアーっ!! がんばってーっ!!」

 鹿菅井さんは紋白さんや他の小っちゃいおともだちと一緒になって、前の方の席で必死にプリ〇ュアを応援しています。鹿菅井さんはそういうキャラでいくんですか?

 さすがに私はこれに混ざる勇気は無かったので、後ろの方でみなもちゃんと一緒に、鳴楽園さんの太ももを枕に休んでいる伊藤我さんの横に座っています。

「そういえばさー、気になってたんだけど」

 暇そうにしていたみなもちゃんが切り出します。

「彰子ちゃんってすっごい守備上手いけど、どこのチームでやってたの? シニアの大会で会ったことないから部活?」

「いえ、父のチームで」

「ちちのちーむ?」

「はい。わたくし幼い頃よりピアノやヴァイオリン、バレエなどの習い事をたくさんさせていただいていたのですが、ある日テレビで高校野球を見て感銘を受けたのです――あんなに泥だらけになって、なんて楽しそうなんだろう、と――」

 そんな泥んこ遊びみたいな……って『汚れるのが好き』ってそういうことですか。

「その日のうちに野球をやらせてほしいと両親にお願いしました。それまで駄々をこねたこともなかったわたくしの初めての我儘に両親はいたく感涙し、すぐさま社会人チームを持つ会社を買収してわたくしを練習に混ぜてくださったのです」

 ……規模!

「ええっ!? 社会人チームのオーナー!? 社長!? 金持ち!? お嬢様!?」

「みなもちゃん、言い方……」

「うふふっ♪ それから来る日も来る日も、わたくしは内野を転がりまわって泥んこになる毎日……チームの皆様にも良くしていただき、守備も教わり、いつしかわたくしは内野守備なら一通り熟せるようになっておりました」

 社会人選手に毎日付きっ切りで教わってたらそりゃあ上手くなりますよね。

「へー……美鶴ちゃんは? 陸上部だったんだよね?」

「ああ……うん」

 伊藤我さんはまだ顔は青いですが、お話出来るくらいには復活してきたようです。

「高校からはやり投げをやる予定だったけど中学までは……ジャベリックスローって知ってるかな? 中学生まではやりじゃ危ないから、ターボジャブっていう柔らかいロケットみたいなやつを投げるんだ」

「へー、野球の硬球に対する軟球みたいな?」

「そうそう。一応、県中学女子記録を持ってたよ」

「すごっ」

「その……そんなにすごい記録持ってるのに、なんで野球部に?」

 私の問いに、伊藤我さんは少し悩みました。

「うーん……特に明確な理由があったわけじゃないんだ。部長に熱烈に勧誘されたのもあったし……あと、ノノがやけにやる気で、一緒にやろうって引っ張ってこられた感じかな」

 そう言って、顔を傾けてステージ側に目をやります。そこでは客席の女の子を攫いにやって来た敵の怪物の前に「やめなさい! その子を攫おうってんならこのノノが相手よ!」と紋白さんが立ち塞がり、乱闘の結果自分が怪物に連れ去られてステージに上がってます。

「くっ……助けてプリ〇ュア! プリ〇ュアーっ!」

 なにやってんですか本当に。

「あはは……あ……なんかまたぶり返してきた……ウプっ……」

「えっ、大丈夫?」

「美鶴様、さあお水を……」

「うん……あっ、これダメだマズイ彰子ちょっと降ろしオロロロロロ――」


■□   □■


「うふふふっ♪ みっ、美鶴様に、ハァッ、けっ、穢されて、ハァハァ、しまいました……ふふっ、うふふふふふっ♪」

 汚れたブラウスを遊園地のTシャツに着替えた鳴楽園さんは、頬を赤く染め、息を荒げて嬉しそうに身を震わせています。やっぱりエロい意味なんじゃないですか?

「本当に申し訳ございませんでした」

 一方吐くもの吐いて楽になった伊藤我さんは土下座中。

「折角の楽しい日なのに、こんなことで水を差してしまって……」

「水じゃなくてゲロだけどね」

「みなもちゃん」

「いえいえそんな! むしろもう一回ジェットコースターにご一緒したいくらいです!」

 瞳に妖しい光を灯して拳を握る鳴楽園さん。やめてあげてください。

 そんなことをしているうちに、ステージを楽しみ切った大きなお友達が戻ってきました。

「ただいま~。見て見てー、攫われた記念にグッズ貰っちゃった!」

「フッ……まあ、子供向けにしてはそこそこよく出来てたんじゃない?」

「鹿菅井さん……まだそのスタンスを保ててると本気で思ってる……?」

「何のことかしらしほり。そんなことより、なんか客層がガラッと変わってない?」

 鹿菅井さんに言われて辺りを見渡すと、先ほどまで小さな女の子連れの家族ばっかりだった客席が、なんだか気合いの入った男の人達で埋まりつつありました。紋白さんがぐっちゃぐちゃになったチラシを出して確認します。

「えーっと……なんかアイドルのミニライブがあるみたい。名前は……なんて読むんだこれ」

 とか言ってたら突然ハイテンポな曲が流れだし、会場に詰め掛けたファン達が雄たけびとコールを上げ始めました。

「始まった!」

 やがてステージ袖から勢いよく主役が登場し、そのまま舞台の中央へ駆けつけました。

 ブリーチの効いた綺麗に波打つ長髪をツインテールにまとめ、可愛らしいガーリーな衣装に身を包んだアイドルがマイクを握ってポーズをとると、客席からは「うおー! かれんたそー!」「今日も最高に可愛いよー!」「かれんたそー! アバッ! アババーッ!」とファンが咆哮。

「なにこれ凄い人気……でもあんな脇目もふらずに騒いでて恥ずかしくないのかしら」

「少なくとも今日の鹿菅井さんはひとのこと言えないと思うよ」

「みんなー! 来てくれてありがとう! 今日はいっぱい楽しんでってくださいね♪」

 アイドルは輝くスマイルで手を振ると、キレキレのダンスと歌を披露開始。

「――あ、あったあった」

 スマホで検索していた紋白さんが何か見つけたようです。

棗田(なつめだ)楓恋(かれん)ちゃん。今人気急上昇中アイドルの高校二年生だって」

「あー、名前だけはテレビかどっかで聞いたことあるかも」

「あとは……へ~、野球やってて、プロ野球の始球式にも呼ばれてるんだって」

「ふーん。野球経験をウリにするアイドルなんているのね」

 鹿菅井さんは興味なさげに言いました。

「で、これからどうすんの紋白。このままライブ見てくの?」

「それもいいけど、時間が無いから次のアトラクションに行くわよ!」


■□   □■


「さて! 次はここよ!」

 紋白さんに連れられてやってきたのは、いろんな体験型ゲームが並ぶゲームコーナーです。

「あ、ここストラックアウトあるのね」

「そうなのよ!」

 テレビ番組で見たことある方もいるでしょうが、ストラックアウトというのは簡単に言えば的当てゲームです。ボールを投げて、九分割したストライクゾーンに見立てた九枚のパネルに当てていきます。

「これでビリが全員にジュース奢るってのはどう?」

 紋白さんがニンマリと挑戦的な笑みを浮かべます。おやおや、野球賭博ですか?

「ふっふっふ、いいのかなぁ、そんなこと言って」

 これに笑い返したのがみなもちゃんです。

「この中でピッチャーは私だけだよ? 余裕で九枚抜いて勝っちゃうけどいいのかな?」

「ほーん」

 これに鹿菅井さんが乗ります。

「じゃあハンデつけましょ。あんただけ九枚抜けなかったらビリってことで」

「ええっ!? 私だけ九枚抜かなきゃ駄目なんてそんな! 横暴だよ!」

 十秒前の自分の発言を思い出しなさい。

「あっそ、出来ないんだ。一年生エースになるとかなんとか口ばっかり達者で、結局勝負からはそうやって逃げるのね。分かったわ。試合でも怖くなったらいつでも敬遠していいのよ。さてさて、押し出しで何点取られるのかしら。楽しみねー」

「で、出来るよ!」

 みなもちゃんはまんまと挑発に乗っかりました。

「こんなの、距離も近いし、本物のゾーンよりもおっきいし、余裕だよ余裕! オッケーオッケー、私だけ九枚抜けなかったらビリでいいよ! 絶対勝つからね!」

「よーし、じゃあ始めましょう。私からでいい? 玉響は最後ね」

 そんなわけで始まったストラックアウト対決。一人の持ち球は十二球。テレビでは完全制覇が無くなった時点、つまり四球ミスした時点で終了ですが、今回は十二球投げきるまでチャレンジできます。

 最初のチャレンジャー、鹿菅井さんは貫録を見せて七枚。次の紋白さんは四枚。伊藤我さんは三枚。鳴楽園さんは五枚。そして私ですが――

「えーい!」

 気合いを入れて投げますが悉く外れ。一枚も抜けないまま最後の一球。

「がんばれしほりん!」

「倉さん落ち着いて! リラックスリラックス!」

 プリ〇ュアみたいに皆さんに応援していただき、投じた最後の一球――

「――やった! 当たった!」

 しかもボールはちょうど8と9の間に当たり、なんと二枚抜きです!

「やりましたね! おめでとうございます!」

「ちゃんと投げられるようになってるじゃない! 偉いわしほりー!」

「あ、ありがとうみんな……!」

 入部初日はキャッチボールも満足に出来ない有様でしたが、この数日でなんとかちゃんと前に跳ぶようにはなったんです。これは私にとっては大きな一歩なんですよ。

「ふっふっふ、じゃあ私の出番だね」

 満を持して最後のチャレンジャー、みなもちゃんがボールを持ちます。

「分かってるわね。九枚抜けなきゃあんたはビリ」

「ふん! そこで黙って見てればいいよ! ジュースを奢るのはしほりんだよ!」

 あ、そういえば現在のビリは私でした。

「いくよ……これが――次期エースの投球だ!」


■□   □■


「よっ! さっすがエース様、太っ腹っすわ! へっへっへ、ゴチになりや~す!」

「黙って飲め!」

 というわけで私達はみなもちゃんの奢りでジュースを楽しんでいます。へっへっへ。

「ってかさー、九枚抜かなきゃビリって酷くない? そこは公平に、フラットな目線で評価してほしいなーって」

「おう、フラットな目線で評価してやるよ。エース様は何枚抜いたんでしたっけ?」

「……ゼロ」

「ふむふむゼロ枚。ゼロ枚ね。えーっとそうなると順位は……ビリよ!」

 散々煽り倒してから鹿菅井さんはブチ切れました。

「何なのよゼロって! 何がエースよ! せめて七・八枚は抜きなさいよ! ピッチャーのくせに一枚も抜けないって恥ずかしくないの!? ノーコンにも程があるでしょ!」

「し、仕方ないじゃん! カラーボールなんか軽すぎるし! 投げ込みで肩作ってないし!」

「カラーボールに投げ込みって……」

「投げ込みはね、全ての基本なんだよ。むしろ投げ込みだけで十分なんだよ」

「昭和の投手か……あんた、もしかして毎日投げ込みやってんの?」

「うん。毎日三〇〇球だけ」

「…………………………は?」

 鹿菅井さんは言葉を失っています。

「おま……さんびゃ……ちょ……馬鹿にも程が……」

「はいはい! 口喧嘩は後にして! さっさと次のアトラクションに行きましょ!」

 紋白さんが割り込んできました。

「次はなんと……お化け屋敷よ! ここのはめっちゃくちゃ怖いって有名なのよ」

「――はぁ……。あのねえ紋白ぉ」

 鹿菅井さんがうんざりといった様子で言います。

「お化け屋敷て……所詮作り物じゃない。そんなもんでいちいちキャーキャー怖がってられるほど純粋なままの人が羨ましいわ。もう高校生なのよ? いつまでもそんな子供じゃ困るわねまったく」

「あんまりお化け屋敷を舐めない方がいいわよ蓬ぃ。作り物だからこそ人をいかに怖がらせるかっていういろんな工夫が凝らされてるんだから」

「フッ、馬鹿馬鹿しい」

 あ、これ見たことあるやつです。

「そうね、行きましょうか。お化け屋敷なんて子供騙しで私を怖がらせられるかどうか、実際に見てみましょうよ。どうせ大したことないわよ、あんなもの――」

 いや、まさかそう何度も――


■□   □■


「きゃあああああああああ! やだっ! もうやだぁ……! ひぐっ……やぁもぉ……もうホント、やめてやめてやめて……きゃあああああああああああああああっ! ひぅぅ……ぐすっ……こわいぃ……もうでるぅ! かえるぅ!」

「ほんっと期待を裏切らないわねー」

 半狂乱で泣きじゃくる鹿菅井さんに抱きつかれ、紋白さんはケラケラ笑っています。

「ううう……怖いよみなもちゃぁん……」

「うん……分かるんだけどさしほりん。手離してくれない? さっきからしほりんの握力で骨がミシミシいっててそっちの方が怖いんだよね私」

「無理だよぉ……」

 小っちゃいみなもちゃんの背中に隠れている私は人のこと笑えません。めちゃくちゃ怖いんですよこのお化け屋敷。リアルに作りこまれた廃屋のセット、大きな音や噴き出す蒸気でびっくりさせる仕掛け、逆に明らかに怖そうなのに何もしてこない人、そして追っかけてきたり脅かしてくる人などなど、客を雰囲気に引き込んで怖がらせる仕掛けのオンパレード。何も無くても怖いし、ちょっと油断した瞬間にワッときてギャッとなるのです。

 ちなみに残りの二人はといいますと――

「きゃ~っ! 怖いです美鶴様っ♪」

「あっ、あ、ああああそそそそうだね彰子……」

 わざとらしく抱き着く鳴楽園さんと、恐怖に耐えながら大真面目に彼女を守ろうと毅然と振る舞う伊藤我さん。なんやかんやで相性良いのではないでしょうか。

 ……なーんて気を紛らわせても恐怖は薄れてくれません。

「み、みなもちゃん! そこ! その角絶対居るよ! 絶対くるよ! 絶対!」

「分かった……分かったから力抜いて……リラックスリラックス……」

「く、くるっ! くるよぉ……ヒッ、ヒッ、ヒィッ――」

 来ると分かっていても進まないと地獄は終わりません。私達は観念して角の向こうを――

「……あれっ? 何もな――」

「コッチダヨ」

「いッ……!」

 不穏な声が背後から。振り向くとそこには青白く落ち窪んだ顔の男が――

「きゃあああああああああああああああああッ!」

 怖い怖い怖い怖い怖い――敵ッ!

 目の前のお化けの顎を下からカチ上げるように肘を放ちます。

 エルボースマッシュ。通称ヨーロピアン・アッパーカットです。

「ウゲッ!?」

「悪霊退散んんんん!」

 斜め後ろに跳ね飛んだ反動で前に伸びたお化けの両腕を外側から両脇で巻くように極め、しっかりロックしたまま手前に引き付け背筋を使って引っこ抜くように持ち上げてブリッジするように反り返り、捻りを加えてお化けを背後の地面に背中から激突させます。

 かんぬき式フロントスープレックスです。

「ガハッ……!」

 振り返ると仰向けに倒れた敵がフラフラと上半身を起こしたので、背後から左肩越しに身を乗り出し左腕で敵の左腕、右腕で敵の頭をクラッチ。右の腋で敵の首関節を締め上げます。

 ドラゴンスリーパーです。

「ガガッ、ガガガ……ッ!」

「ごわいよおおおおおお!」

「しほりんの方がよっぽど怖いよ!」

 みなもちゃんが私をぺちぺち叩いてきます。

「ほら離して! 早く!」

「だ、だって……お化け――」

「職員の人だから! 死んじゃうから! ホントのお化けになっちゃうから!」


■□   □■


 そういえばお化けならプロレス技が通じるわけがありませんでしたね。

 私は泣きながら遊園地の人に謝ってなんとか事なきを得ました。

 売店でポップコーンを買って一休みしつつ、私への質問攻めが始まりました。

「さっきのあれ何だったの? プロレス技? というか、前から気になってたんだけど」

 伊藤我さんが前のめりで訊いてきます。

「君のそのパワーは一体何なんだい? 今までどんなトレーニングを?」

「は、はあ……その――」

 ふと周りを見ると、大体事情を知っているみなもちゃん以外のみんなが私を注視しています。そ、そんなに注目されると緊張します……。

「あの……倉義和って知ってます?」

「くらよしかず?」

「知らないなー」

 まあ普通の女子高生は知りませんよね。

「……あ、出てきた」

 紋白さんがスマホで検索して見つけたようです。

「えーっと、第一三代WSWAヘビー級チャンピオン……ってこれプロレスラー?」

「はい、その……父です」

「えええええ!? この肉食ゴリラみたいなのが!?」

 まあゴリゴリのヒールレスラーなのでそう言われても仕方ありません。

「なるほど、それで小さい頃から血反吐を吐くような鍛錬を積まされたわけね……」

 紋白さんがゴクリと喉を鳴らしますが、私は首を振ります。

「あ、ぜんぜんそういうんじゃなくって……あくまで年齢ごとの健全な成長に適した基礎的な体作りのトレーニングだから……まあ護身術程度の技は習ったけど――」

「あれが護身術程度……?」

 文句あるんですか鹿菅井さん。護身できてるんだから護身術です。

「あとお母さんが団体の管理栄養士さんで、私もお父さんと同じメニュー食べてたから……」

「そういうことか」

 伊藤我さんが深く頷きます。

「丈夫な身体を作る土台となる運動としっかりプランニングされた食事。体作りの基礎の基礎を小さい頃からじっくり続けてきたからこそのその素晴らしいボディなわけだ」

 あう……舐め回すように見ながら素晴らしいボディとか言わないでください……。

「あの、でも……中二の時にちょっとお父さんと喧嘩っていうか……体鍛えること押し付けられるのが厭になって仲悪くなっちゃって……それ以来トレーニングどころか会話もなくなっちゃってて……あっ、ごめんなさい! 空気悪くなるような話……」

「大丈夫だよしほりん。結果的にしほりんのパワーは私達の武器になったんだから」

 みなもちゃんが肩にポンと手を置いてくれました。さらに紋白さんもポン。

「そうそう。もし乱闘になったら、しほりが先陣をお願いね」

「う、うん! 頑張る……!」

「高校生の試合で乱闘なんてそうそうないよしほりん」


■□   □■


 一日遊園地を満喫し、最後は観覧車でフィナーレです。

「なにも全員で同じゴンドラに乗ること無かったんじゃ……」

「大親睦大会なのよ!? 今日はずっと一緒に行動するの!」

「でも座席キツいよー。ギッチギチじゃん!」

「一応六人乗りのはずですが……」

「ほら、みんな鍛えててお尻と太ももが太いから……」

「紋白と玉響はちっこいんだから誰かの膝に座ればいいのよ」

「じゃあ私しほりんの膝にすーわる!」

「ええ……ホントに座るの……?」

「んーこれもまた親睦……じゃあノノは美鶴の膝に――」

「で、でしたらわたくしが美鶴様の膝をいただきます!」

「ちょっ、彰子!? なんで向かい合わせに!?」

「あんたら暴れないで! 揺れるから!」

「うっ……まだぎぼぢわるぐ……」

「やめてよこんな密閉空間で!」

「美鶴様の汚物はわたくしが全て受け止めます!」

「だから暴れんなっての!」

 今日一日いろんな話をして、随分仲良く、というか遠慮が無くなってきた私達六人です。なるほど、これが親睦……。

「――そういえば、大親睦大会の結果はどうなったの?」

「……っあー」

 尋ねると、紋白さんは明らかに今思い出したという反応でした。

「えーっとね、うん、まあ、今日はみんなとっても楽しんでたみたいだし、みんな優勝! 全員が親睦女王! うんうん、ナイス親睦!」

「そんなぬるい運動会みたいな……」

「いいの! じゃあ賞品を贈呈しちゃうわよー」

 紋白さんは鞄をゴソゴソして、派手な色の小物を六つ取り出しました。

「何それ、リストバンド?」

「そう! このノノ特製『THE☆親睦リストバンド』よ!」

 頭の悪い派手なピンク地に蛍光グリーンで『SINBOKU』と刺繍されています。何と言いますか、色彩がうるさいです。これつけるんですか……?

「こんなこともあろうかと、ちゃーんと全員分作ってきたのよ」

「作ってきたって……まさか手作り?」

「そうよー。ノノが一針一針心を込めて刺繍したんだから」

「意外な特技……」

 ああ……ちゃんとつけないと心苦しいやつです……。

「嬉しいです♪ さっそく明日の練習からつけますね」

 鳴楽園さんが笑顔でそう言うと、紋白さんは得意げに微笑みます。

「そうしてくれると嬉しいわ! ノノね、ずっと個人競技の短距離走やってたじゃない? でもリレーに出るのがホント楽しくて。前の子が遅れても『ノノが全員ごぼう抜きしてやるわー!』って。なんて言うの? お互いにカバーしあうって感じ? 大好きだったんだー。でも――」

 どこか悲しげに一息つきます。

「大事な大会でノノのバトンミスで負けちゃってね。それでみんなと喧嘩になっちゃって……一応仲直りはしたけど、結局どっかギスギスしたまま卒業しちゃった」

 紋白さんは重苦しい空気を払うようにググっと背伸び。

「それでこうやって野球部に入って、ああこのメンバーで三年間一緒にやってくんだなーって思ったら、なんか居てもたってもいられなくなって。どんなチームになってどんな結果になるか分かんないけど、『仲の良さなら日本一だ!』って胸を張って言えるような六人になれたらいいなーって、そう思ったの。というわけで、これからもちょいちょい大親睦大会はやってくからよろよろーっ!」

 ちょっと気恥ずかしかったのか、紋白さんは「あー見て見てスカイツリー!」と再びはしゃぎ始めました。

「紋白さん、あれ電話の基地局だよ」

「いいのっ!」

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